317. 腕を上げましたな
「修学旅行?」
「おう。どこ行くか決めたか?」
「決めたかって……選べんのか行先って」
「選択制なんだよ。沖縄と、大阪と、山形」
ある休み時間。体育の授業を終えB組へ戻る最中、オミがクラスメイト数人を引き連れて声を掛けて来た。聞き慣れない言葉に再度疑問符をぶつける。
「なんでそんな分かれとんねん」
「ちょっと前までは京都奈良で固定だったらしいんだけどさ。なんか、メチャクチャ不評で一回沖縄になったんだってよ。でもそれはそれで行きたがらない奴が続出して、二年前から選べるようになったんだってさ」
「ええとこやん沖縄。暖かくて」
「宿がクソボロかったって、先輩に聞いた」
「なら宿変えりゃええ話やろ……」
そう言えば、フットサル部でも似たような話題が出ていたな。めっちゃ聞き流してたけど。言うほど興味無くて全然聞いてなかった。
修学旅行は3月にあるらしい。年内には行き先を決めて各々で計画を立てなければならないようだ。わざわざ三つも用意する必要無かろうに。面倒くさ。
「廣瀬って大阪だろ地元。ユニバとか道頓堀とか行きてえから、案内してくれねえかなって。それに廣瀬が来るなら、長瀬ちゃんと倉畑ちゃんも着いて来るだろ?」
「そっちが目的やろ、どう考えても」
「頼むっ! 一生のお願いッ!」
「やめろや往来で……」
どうしても美少女たちと最後のランデブーを謳歌したい様子の一同であったが、果たして俺を頼ったところで貴様らに春が訪れるのか。保証は無い。俺はお前たちになにも出来ない。
それに、大阪って。
他の場所ならまだしも。
「言うても堺の出身やし、あの辺り詳しないんやわ。あとユニバも興味ねえ。悪いけど、選べんならそっちは行かねえわ」
「あーー……修学旅行で地元帰ってもなぁ……」
「沖縄と山形じゃアカンのか」
「俺らみんな沖縄は行ったことあるんだよ。で、山形って……なにすればいいか分かんなくね?」
「温泉とか、スキースノボとかあるやろ」
「あっ、スノボ! スノボかぁ。それは考えてなかったな……どうする? やっぱそっちにすっか?」
「ちゃんと話纏まってから持ち掛けろよ……」
なんてどうでもいい話を繰り広げながら教室へ戻る一同であった。
行先は今週中に決めて書類に提出しなければいけないらしい。誰か俺にも教えろよ。メッチャ忘れとったわ。
というわけで、教室へ戻りHRが終わってからも、クラスでは修学旅行の話で持ちきりであった。
話を聞くと、教師陣もそれほど介入して来ないとのこと。現地に行ってさえしまえば、ほぼほぼ自由行動とのことだ。
ならば、尚更大阪を選ぶ理由は無い。
沖縄か山形の二択だな。
何が楽しくて、ほとんど逃げるような形で出て行った地元にノコノコと帰らなくてはならないのだ。年末年始だって顔出す予定無いのに。
(……メールくらい返せやボケが……ッ)
数週間前に送ったままのメッセージには、まだ既読が付いていない。
返信が遅いのは俺も同じだけど、仮にも遠くで暮らす血の繋がった人間に、忙しいからと言ってこうも冷淡な態度を取るものか。
仕方ない。冬用のピステが残っていれば送って貰うか、取りに帰るくらいしてやっても良かったけど。新しいものを買おう。
いくら待てども、どうせ返信は来ない。
少し色気を出したら、この仕打ちだ。
「陽翔くん。修学旅行の話なんだけど」
席に戻ると我先に声を掛けて来る比奈。
隣に座っている以上、必然な流れではあるが。
「ああ。オミから聞いた。選べんだってな」
「なんで把握してないのよアンタは」
「逆にいつ言うとったんや」
「担任がこないだのHRで言ってたでしょ」
「なにがHRや。昼寝の邪魔なんだよ」
「真面目か反抗的かどっちかにしなさいよ」
「いつも通りの陽翔くんだねえ」
半笑いでため息を吐く愛莉の横で、比奈もニコニコ笑う。B組を囲う俺たちの日常に、さりとて変わりは無い。
冗談交じりの「元カレ」宣言から、フットサル部の空気は暫くギスギスしたままであった。が、日にちが経つとそんなことも昔話になってしまい、気付けば平穏も戻りつつある。
ただこれまでと全く同じ、なにも変わらないと軽はずみに断言は出来ない。比奈は比奈でボディコンタクトが更に増えているし、隙あらば密着して来るし。
それを間近で見せつけられる愛莉が露骨に苛々している姿を見るのも、もう何度あったか数えるのも億劫だ。似たような反応は他の連中からも見受けられる。
そして、瑞希。
停留所での一方的な言い争いがあった次の日。瑞希から割とケロッとした顔で「昨日ごめんな、言い過ぎたわ」と実に軽々しく謝られて、それ以降目立った軋轢も生まれていないのだが。
明らかに会話の回数が減っている。
しかも俺とだけ。
フットサル部ではこれまでと変わらない姿を見せてくれている以上、俺がどういう言える立場では無いのは百も承知である。しかしそれにしたって、あの態度は。
何が問題かと言えば、瑞希も瑞希で、俺と比奈が所謂交際関係にあるわけではないということを、しっかり話の流れで理解していて、それでも尚、こうして線引きをされている点。
要するに、俺が誰かと付き合っているような状況が問題なのでは無くて、彼女は彼女なりに何かしらの不満を抱いているという、そういう解釈になってしまう。
だから分からないのだ。
今の彼女に、俺が何をするべきか。
何を言ってやるべきか。
何もしなくても構わないと、言うかもしれない。
けれど、それが正しい選択でないことは。
俺は勿論、彼女が指摘するまでもない。
「せっかくだから、フットサル部のみんなで同じところ行きたいよね。クラスごとで分かれなくていいみたいだし」
「んー…………沖縄はちょっと嫌かなぁ……」
「え? どうして?」
「だって、暑いじゃん。3月でも。虫とか嫌いだし。沖縄ってそこら中に蛇とかいるんでしょ? 気になって楽しめないわよ絶対に」
「えー。それが面白いのに~」
「逆になんで比奈ちゃんは虫とか平気なのよ」
「可愛いよ~?」
「分からないなぁそのリアクション……」
愛莉は沖縄へは行きたくないらしい。そういや夏休み中の練習も、コートに沸いて来た虫一匹でギャーギャー騒いでたな。そりゃ蛇なんて以ての外か。
「じゃあ、大阪は?」
「私はいいけど、ハルトはどうなのよ」
「無理。絶対行かねえ」
「地元だもんねえ」
「なら山形かぁ……蔵王温泉だっけ、行くところ」
「温泉! いいねえ~。わたし、そこが良いかも」
どうやら二人も山形がご希望の様子。
良かったなオミ。コイツらと一緒に行けそうで。
恐らく琴音も愛莉と似たような理由で沖縄は嫌がるだろうし、かといって特別行きたいところとかも無さそうだしな。アイツは問題無いだろう。
瑞希も瑞希で、海に入るシーズンでも無いし。スノボとか似合いそうだしな。よほどのことが無い限り賛同するに違いない。
ただ、今の彼女が素直に着いて来るのか。
それだけが悩みのタネだ。
確かに俺に対して、思うところがあるのは分かっている。けれど、それを理由にフットサル部からも距離を置くような、そんな人間じゃないと思っているし、そう信じている。
尤も、過大評価とまではいかないまでも、彼女のことを信用し過ぎているかもしれないと考えれば、その限りではないが。
一度、しっかり話をしないとな。
俺のことなんて、嫌ってくれても構わないけど。
フットサル部には、瑞希が居ないと。
いつも通りのお前が居なきゃ、なにも出来ない。
でも、いつも通りの瑞希って、なんなんだろう。
俺の知ってる瑞希って、本当に瑞希なのか。
「……ハルト?」
「…………ん。なんでもね」
「コート行こ。寒いから早く身体動かしたいし」
「んっ」
席から立ち上がるや否や、少し強引に俺の手を取って教室を出ようとする愛莉。急にどうしたのかと尋ねるまでもなく、先に比奈が口を挟んだ。
「あっ。愛莉ちゃん、ズルい」
「ふんっ。右手狙ってたの、分かってたからね」
「ほほー。腕を上げましたな?」
「好き勝手させないんだから」
「それはわたしも同じだけどねっ」
……なんか、バチバチにやり合ってるんですけど。火花が。目から火花飛んでる。怖い。なにこの空気。
「…………なんでいっつも私からなのよっ……」
「え、なんて?」
「良いからっ! 早く着いて来る!」
「ちょっ、引っ張んなアホっ、いてえから」
「あーん、待ってーふたりともー」
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