306. 手と手を繋いで


 上大塚駅近くのアミューズメント施設よりかは多少規模が大きいという程度で、それほど新鮮味は無い光景である。


 さして行動範囲の広くない高校生にゲーセンの類は、何かと暇と時間を潰してくれる有難い存在だ。フットサル部連中で遊びに行くことも珍しいことではない。


 比奈とこういうところへ来るのも、なんだかんだで数回目だ。初めて二人で出掛けたときもそうだった。

 もっともあのときは、警戒心マックスの琴音が終始張り付いていたわけだが。日々の経過を実感するようで、なんとも不思議な居心地だった。



「うーん、置いてないねー」

「言うてちょっと安心しとるやろ」

「そんなことないよぉ?」

「どうだか……」


 お目当てというほどでもないが、ドゲザねこのぬいぐるみを探してみたのだけれど。残念ながらここには置いていなかった。これ以上琴音の私物がアレで溢れても困るし。コスモパークの運営者は賢明だ。



「あっ、久々にやっちゃおっかな」

「偏見やけどめっちゃ上手そうやな比奈」

「えー、なんでー?」

「だから偏見やって」


 和太鼓をモチーフとした不動の人気を誇るリズムゲームである。前に瑞希と学校近くのゲーセンでやったことがあるけど、意外とリズムを取るのが難しくて苦労した記憶。


 こういうどうでもいい場所で器用さを発揮するのも、また比奈の謎なところである。硬貨を投入するや否や、説明も聞かずに慣れた手付きで操作を進める。



「え、なんそれ」

「なにって、鬼モードだけど?」

「知らないと絶対出せへんやつやんそれ」

「結構有名だよ~?」


 選択画面でさも当然かのように右側の縁を連打し、一番難しいであろう難易度をチョイスする。何が久々やねんお前。クソ慣れとるやないか。



「上手過ぎやろ普通に」

「声掛けないでっ! 集中してるからッ!」

「ア、ハイ」


 次々と飛んで来る赤玉と青玉に対し、完璧なリズムをキープし得点を伸ばし続ける。曲は知らなかったけど、有名なやつなのだろうか。分からん。


 もっかい言うけど、なにが久々やねん。

 人が集まって来るレベルの熟練度だぞ。



「手と手を繋いで~♪ 未来へ飛ーび出っそう~♪」


 めっちゃ歌ってるし。

 超楽しそう。


 軽快なスナップと共に、臀部から伸びる尻尾がぴょこんと揺れ動く。もう自分がどんな格好しているか完全に忘れている。全体的にシュールが過ぎやしないか。絵面的に。


 中々に集中してプレイしている。こうしているあいだは余計なことを考えないで済むから、ある意味でうってつけのゲームなのかもしれないが……無性に寂しさを覚えるのは何故。



「やった! フルコンボっ!」

「おー」


 しかもノーミスかよ。

 あんな難しそうな譜面。


 大方満足したという様子でバチを置く。リズム感の一言で片付けて良いのか分からないが、身体に染みついているんだろうな。


 フットサル部で見せる軽々な動きというか、滑らかなポジショニングに通ずるところがあるような、無いような。分からんけど。



 不思議な奴だ。お前という人間は。


 毎日のように新しい顔を見せてくれるようで。

 そのどんな部分を切り取っても、彼女らしく映る。



「陽翔くんもやってみる?」

「いや、もうお腹いっぱい」

「そう? じゃあ、他のところ行こっか」

「プリクラでも撮るか」

「おーっ。らしくなくて、良いねえ」

「別にええやろ偶には」

「うんうんっ。偶には、ねっ」


 目に入ったから提案したというだけで、他意は無い。強いて挙げるなら、まだデートを続けるつもりがあるという、それだけだ。




*     *     *     *




 プリクラにしても初めてというわけでもない。瑞希に連れて来られれば必ずやることになるし、財布のなかにはいつ撮ったかも朧げな写真がもう何枚も入っている。


 ただ、その何れにも共通しているのは、ツーショットが一枚も無いということだった。

 遊びに行くときは大抵数人で出掛けているし、そんな状況に陥ることが無いという、それ以外の理由などありやしないのだが。

 

 なんというか、今日一日だけでフットサルの皆と過ごしてきた時間や経験を、比奈一人で丸ごと更新していっているような。そんな感覚を抱いていた。



 俺たちが持ち合わせる思い出や記憶のほとんどが共通したモノだ。それ自体が色褪せるようなことは、これからも決して起こることは無い。


 けれど、美しい思い出を振り返るたびに。そう言えば、比奈とは二人でもこういうことをしたんだよな。なんてことを考えてしまいそうな自分が居て。


 これすらも戦略の一つだったとしたら。

 敵うはずも無い。今日も、これからも。



「陽翔くん、補正入ると全然違う顔になるよねえ」

「ほっそい目ェ無理やりこじ開けられとるし」

「これはこれで悪くないねえ」

「瑞希とか宇宙人になるもんな」

「またそうやって酷いこと言うー」

「事実そうなんだから仕方ねえ」


 写真を撮り終わり隣のエリアでペイント加工を施している比奈を、真横でジッと眺めていた。彼女も彼女で、こういうのによく慣れている。


 今更驚くようなことも無い。フットサル部においてちゃんと女子校生やってるのは断トツで瑞希と比奈なんだから。見た目で判断しようにも、初見の印象などとうの昔に忘れてしまった。



 でも、ちゃんと覚えている。


 クラスでたった一人の話相手だった、あの頃の彼女を。明るく染まった髪色では抗えない、変わらないモノを。


 そんな彼女に、俺がどれだけ救われて来たか。

 恩を返そうにも、適切な方法が見当たらない。


 気付かないフリをしているのも、本当は知っている。言葉にするほど陳腐で無いことも、やはり分かっていた。



「うん、おっけー。完成っ」

「…………ええ時間やな。乗るか、観覧車」

「そうだねえ。景色もイイ感じな頃だと思うし」


 アミューズメントエリアを出て、再び外へ。変わらず冬の訪れを予感させる冷たい風が吹いていたが、大した障害にはならない。


 それどころか、過剰に温まったこのなんとも形容し難い感情を落ち着かせてくれるようで。追い風とは言い切れないが、向かい風でもない。そんな気がしている。



 予め買っておいたチケットを手に、階段を上がり待機列に混じる。10月最終日にしては寒過ぎる気候のせいか、想定よりも客数は少ない。待ち時間も10分程度だという。


 先ほどまでののほほんとした雰囲気が嘘のように、二人の間に会話が無くなってしまった。互いにスマホを弄ったり、どこかを眺めているわけでもなく。


 ただジッと、前の列客の背中を見つめている。繋がれた指先の暖かさが、俺たちを繋ぎ止めていた。



「お待たせしましたーっ。チケット拝見しまーす」


 すぐに順番がやって来た。

 スタッフにチケットを手渡し、ゲートを進む。



 細身の身体、小柄な身長にどこか舌っ足らずな喋り方。なんとなく瑞希に似ている気がするな。このスタッフ。


 ハロウィンの衣装なのか、薄手の茶色いマントみたいなものを被っていて、顔がしっかり見えないから断定はできないけど。奥に覗く金髪も、彼女を彷彿とさせる。


 今日はバイトとか言っていたけど、アイツ、普段どこでなんの仕事してるんだろうな。彼女に限らず、愛莉も、琴音も、ノノも。


 俺の知らないところで、どんな生活を送っているんだろう。それと同様に、アイツらも俺の普段の様子なんて知らないんだろうけど。


 今日のことは、みんなには話さないでおこう。

 なんとなく、そう思った。



「一周15分でーす。ごゆっくりどーぞー」


 バタンと扉が閉まり、冷たい空気が流れ込む。一瞬で世界から締め出されてしまったような、不思議な感覚。



「スタッフさん、瑞希ちゃんっぽかったよね」

「オレも思った」

「バイトって、どこでやってるのかな」

「さぁ……日払いで適当にやってんじゃね」


 互いに向き合うよう席に座る。

 いつも通りを演出する、何気ない会話。


 けれど、何かが違う。

 何かが変わろうとしている。



 このあり触れた15分が、二人を。

 俺たちの世界を変えてしまう。



 誰に言われるまでもなく、もう気付いていた。


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