305. 日頃の行いだね


 電車に揺られるのも僅か数分。

 流れで行き着いたコスモパークへ到着。


 規模やアトラクションのクオリティーそのものはそれほどでもないが、市内有数の観光名所が点在する繁栄エリアのド真ん中に位置するだけあって、知名度と集客力は中々のものがある。


 海へ流れる大きな川を両断するよう二分割されており、片方は少し子供向け。もう一方にはジェットコースターや、この辺りではどうしたって目立つ、デジタル時計が印象的な巨大な観覧車。



「流石に海が近いと、ちょっと寒いね」

「上着持っとるけど着るか」

「いいの? 陽翔くんあとで寒くならない?」

「子どもは風の子言うやろ、問題無いわ」

「子どもっていう自覚はあったんだねえ」

「つべこべ言ってっと貸さねえぞ」

「ごめんごめんっ」


 鞄に忍ばせておいた薄手のパーカーを羽織らせると、せっかくのコスチュームが隠れてしまい勿体なさも否めないところ。


 お洒落は我慢というが、これだけ肌寒くては致し方ない。コスプレがお洒落の領域に侵入して良いものか判断は付かないが。



 橋を渡り、観覧車側のエリアへ。

 手を繋いだままなのはもう言及しない。


 繁華街と比べれば人の数は少ないが、やはりハロウィンに託けて派手めな衣装に身を纏った若者が多い。


 けれど、どちらかというと俺たちと似たような二人組というか、カップルが目立つ気がする。


 遊園地としてのレベルはともかく、アクセスも良く見た目も映えるこの場所はデートスポットにはほど丁度良いのだろう。

 悪くない選択だったと断言するにも、色々と事足りない気はするけど。



「陽翔くん、遊園地とか楽しめるタイプなの?」

「まぁ、人並みにはな」

「一人だけベンチでスマホ弄ってそう」

「勝手にネガティブなイメージ作り上げんな」

「だとしたら、日頃の行いだねえ」


 愉快げに肩を揺らすと共に、猫耳がぴょこんと動く。どういうシステムなんだろう。あとで触ろ。



 瑞希とシーワールドに行って以来だな。遊園地。一応、有希と夏祭りでも敷地内には入ったけど、あれはノーカンか。


 比奈の言う通り、アトラクションとか馬鹿馬鹿しくて微塵の興味も無い……と公言したところで、俺という人間を証するのになんら不利益は無いのだろうが。


言い切ろうにも、あのときだって割かし楽しんでいる自分が居て、明確な回答は出せなかった。



 極端な話、場所は関係無いのだ。

 ただ、比奈然り誰かが居てくれれば。


 故に何が問題なのかと言えば、今日隣に居るのは瑞希でなく比奈だということ。勿論、相手に不足があるということでもない。不足であるとすればよっぽど俺の方だ。


 愛莉に嘘を吐いてまで二人でやって来たデートスポット。これが意味するものの一片を、俺だって理解していない筈が無かった。そうでなければ、コスモパークの名前を出すことも無かっただろう。


 ひたすらに手を繋いでいる相手が、比奈だから困ってしまうのだ。


 わざわざ口に出さずとも、当然分かっているだろうと。無言の圧力のようなものをヒシヒシと感じていた。



 それはそれで心地良いというのも。

 まぁ、嘘ではない。


 比奈は比奈で、それ以上でも以下でもないけれど。どこまで行っても比奈であるからこそ。


 彼女とこの時間をどう過ごすべきか。

 たった今でさえも分からない。



「尻尾着けてジェットコースターは駄目かなあ」

「外せばええやろ、んなもん」

「取り外せないの、これ」

「メンドくさ」

「あっ。またそーゆーこと言うっ」

「制服持っとんやろ、素直に着ろよ」

「それは無しで」

「分っかんねえなぁ……」


 今日中は黒猫コスを辞める気が無い様子。


 本当に気に入ってるんだな。その恰好というか、コスプレ。大抵ニコニコしている比奈だけど、普段と比べて笑顔も三割増しと言ったところ。



「そーいう趣味、いつからやねん」

「んー? もう、ずっと小さい頃からだよ。ほら、文化祭でもちょっと話したでしょ? わたし、お芝居とか観に行くの好きだから、役者さんが来てる衣装とか、そういうの昔から好きなんだ。あと、アニメに出て来るお姫様とか」

「ディ○ニープリンセスとか似合いそうやな」

「……はっ、陽翔くんの口からデ○ズニーなんて言葉が出て来た……ッ!?」

「んな驚かれても困るんすけど」


 一応には現代雑学の部類だろ。なんでこう、みんなして俺が一般常識を知らないみたいな風潮で当たって来るんだよ。映画だって観たこと無いってわけでもないんだぞ。


 いや、まぁ、好きか嫌いかは取りあえず置いておくけど。だってああいうの、ほとんど恋愛モノだろ。それが興味無い言うとんねん。


 俺が好きなのはプ○さんだけ。

 生活の怠惰ぶりに親近感を覚えるから。



「冬休みにみんなで行ってみよっか?」

「別にええけど……二人じゃなくてええんか」

「だって陽翔くん、途中で飽きそうだし」

「それな」


 あまりの待ち時間の長さに疲弊して、実は男女二人向きじゃないとか聞いたこともあるし。それくらいなら、いつもの面々でワイワイ騒ぎながら遊んだほうがまだ良いか。


 …………地味にすっごいこと言った気がする。

 まるで比奈と二人きりを望んでいるみたいな。



 駄目だ、ペースに飲まれている。これだから油断ならないのだ、この倉畑比奈という人間は。


 気付いたらパーソナルスペースにグイグイ侵入されてしまう。瑞希と違って、ゆっくりと、したたかに現れるから対処のしようが無いのだ。


 それでいて、長く一緒に居れば居るほど、そんな空間を心地良く感じて来てしまうのだから。フットサル部において、彼女だけが持つ唯一の特性。



「んー、どうしよっかなー。観覧車は絶対に乗りたいけど、まだちょっと混んでるし、あとでいっか。陽翔くん、気になるところとかある?」

「言うほど惹かれるもんもねえな」

「乗り物系多いからねえ」


 園内をグルっと一周する大きなジェットコースターに、水のなかへ飛び込むびしょ濡れ必須のアトラクション。この二つがコスモパークの目玉らしい。


 別に興味が無いってわけじゃないけれど、ただでさえ頬を掠める海風が身体を冷やしているというのに、わざわざ水に濡れたり突風の最中へ丸腰で飛び込むのも躊躇われる。


 加えて比奈も、言ってしまえば無防備なミニスカートなわけだから。先ほどの件もあるし、人目を呼び込むような環境へ彼女を連れ出したくないというのも理由としては大きい。



 気にしないようにしてるけど。

 どうしても目が行く。


 制服着てるときと見えてる部分はそう変わらない筈なのに。チラリと覗く生足が、どうにも扇情的で落ち着かない。



「…………目がいやらしいなー」

「あぁっ? うるせえな。分かって見せとんやろ」

「わっ。開き直った」

「嫌なら着替えろ。さもなくばガン見してやる」

「こーいうとこ隠さないの、陽翔くん変だよねえ」

「普段どんだけ見とる思っとんねん。慣れるわ」

「あー、みんなに言っちゃお」

「琴音にだけ内緒な」

「他のみんなには良いんだ……っ」


 照れ隠しにしては下手くそ過ぎるが、この際気にしない。


 本気で恥ずかしがってくる琴音を除いて、愛莉や瑞希、ノノはセクハラでもコミュニケーションが成立してしまうからまた困りもの。まぁ愛莉はもう諦めてる感あるけど。


 俺だって決して本意ではない。ただ、比奈もこうやってあまり咎めもせずスルーしてしまうから。


 調子着いているというのは、多分ある。

 お前のせいだ、だいたい。



「そういうのは一人だけって、言ったのにな」

「え、なんて?」

「ううん。なんでも。寒いし建物入ろっか」

「あ、あん。なんかあんの?」

「アミューズメントとか、いろいろ。琴音ちゃんにお土産だね」

「こんなとこにも置いてあんのかよ、ドゲザねこ」

「今度アニメになるらしいよ?」

「ブームになってんじゃねえよドゲザねこの癖に」

「わたしに言われてもなあ」



 何かを誤魔化すように繋げた言葉たちが、風に舞い宙に浮いて行く。余計なことを考え出しているのは、きっと俺だけじゃない。


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