303. アタック、アタックですよっ!


 電車に揺られること20分弱。

 またもやって来た市内最大のターミナル駅。


 夏休みの頃と比べて厚着の格好をした老若男女が増えたという点以外は、相変わらずいつ終わるか分からない工事に横文字の店名が立ち並ぶコンコースと、それほど見違えもしない不慣れな世界だ。



 ……いや、どうだろう。厚着ってわけでもないか。明らかに浮ついた格好の若者がそこそこ出歩いている。


 完璧に演出されたデートコーデは間違いなく周囲から浮いていたが、今日に限ればあれさえも地味な部類に入るのではないか。

 そう感じるくらいには、派手なメイクや衣装に身を包んだ若者がわんさかと溢れ返っているのだ。



「わぁー。凄いことになってるねえ」

「……こういうのって、渋谷とかあの辺の専売特許じゃねえのか? よう分からへんけど」

「最近は場所に限らずって感じなのかなぁ」


 コンコースを抜け駅周辺の大通りに出ると、予想の範疇というか受け入れたくない現実というか。

 妙ちくりんなコスプレ集団が道を塞いでしまっている。現代の百鬼夜行とはこのことか。


 学校指定の制服では相応しくない気さえ。

 いや、あれに混ざるのは嫌すぎるけど。

 空気なんて読みたくない。



「はぐれちゃいそうだから、手、繋いでいい?」

「断ってもやんだろ」

「その通りであるっ♪」

「調子乗りやがって」


 と言いつつ、離さないようしっかり掴んでいる。

 目的としては真っ当な部類だ。他意は無い。



「わぁ、見て見てっ。みんな白塗りだよっ」

「ジョ○カーの真似でもしてんのかね」

「えっ? 陽翔くん、映画とか分かるの?」

「ちょっとだけな。多少の知識はあるで」

「へー、意外ー……全然興味無いと思ってた」

「俺やって普通の高校生やぞ、馬鹿にすんな」

「そうは見えないから言ってるんだけどなぁ」


 趣味ってわけでもないけれど、映画は結構見る。

 主な理由は退屈凌ぎだけど。


 これも昔話になってしまうが、海外や地方へ遠征に出向くと夜のミーティングが終わってしまえば暇していることが多いので、予め借りておいたDVDを見て過ごすことが多かったのだ。


 チームメイトはゲームなんかで遊んでいたりしたけれど、そういうのにちっとも興味が無い俺は輪に混ざることも出来ず。


 一人寂しく、詳しくもない映画を見て暇を潰していた。それを辛いとは思わなかったし、なんなら割と楽しんでいた記憶がある。でも、最近はすっかり見なくなったな。



「でもまぁ、ああいうのは興味無いよねえ」

「役者がやっから面白いんであって、一般人が真似したところでただの痛い奴やろ。ハロウィンやからって許されるモンとそうじゃねえモンがある。ヒース・レジャー馬鹿にすんな」

「謎なこだわりだなぁ……」


 離れないように身体を密着させ、喧騒の最中を突き進む。出店らしきものも多少は確認出来るが、それらしい催し物があるわけではなさそうだ。


 本当にコスプレして集まって写真撮ったりしているだけ。何が面白いのかサッパリ分からん。



 が、比奈は比奈で周囲を見渡しながらニコニコしているもんで、正直に口にするのも惜しい気がしてきている。


 雰囲気を楽しむことに関して言えば、比奈は天才的だ。なんでも面白がってくれる。それが良いことなのかは分からないが。



「で、またあの店か」

「ぴんぽーんっ」

「稼ぎ時なんやろうな、こういう日って」

「90パーセントオフで貸し出ししてるらしいよ」

「たぶんそれ暴落っちゅうやつや」


 当然の流れでレイさんの働いているコスプレ写真館の目の前へとやって来た。


 あれだけの白痴騒ぎに囲まれて、比奈の変身欲が収まるはずも無かろう。ある程度予想していたからもう驚かん。



 比奈はどうしても俺にコスプレをさせたかったようだが、夏休みの一件や文化祭でのマネキン扱いでだいぶ懲りてしまった手前、少し強引に断ってしまう。ブー垂れていたが、こればかりは譲れない。


 良いんだ。俺は本当に。

 お前が楽しそうにしているなら。

 もうそれだけで十分過ぎて。



「じゃーんっ。黒猫ちゃんだよ~♪」

「…………おー。エロいな」

「えろっ……! さっ、最初の反応がそれっ!?」

「なんやねんそのしっぽ。どっから生えとんねん」

「衣装に着いてるのっ! 変なこと言わないでっ!」


 少し顔を赤らめ声を荒げる比奈。

 お互い照れ隠しなのは、言わなくとも分かっている。



 およそ15分が経った頃。

 店舗から比奈が戻って来た。


 真っ黒なトップスを中心に、やたら分厚いコルセットみたいな装飾。ヒラヒラの面積広めなスカートに網タイツ。おまけに猫耳。


 控えめに言って、扇情的である。

 なんなんお前。あざとさの権化かよ。



 文化祭でもそれらしい姿を見ているから、もう動揺もしないものだと勝手に決め込んでいたが……これはちょっと、想像以上の破壊力だ。


 夏休み以降も定期的に染め直しているというミルクティーベージュの髪色は、黒を基調とした大人しい色合いの衣装にピッタリ合っているし、陽が落ち始めた影響による街路の怪しい蛍光も、丁度良い具合にシルエットを演出している…………なに言ってるか分かんなくなって来た。


 とにかく、めちゃくちゃ似合ってて、クソ可愛いという。それ以上でも以下でもない。語彙力が足りな過ぎる。



「お久しぶりですひろぽんさーん!」

「あ、レイさん……こないだはどうも」

「いえいえこちらこそ~っ! 文化祭の写真、倉畑さんに見せて貰いましたよぉ~! もう完璧に「ヴァージン・ブレイカーズ」の黒咲トキヤ様そのものじゃないですかぁ~~っ!」

「それは知らないっす」


 比奈の後に続いて店員であるレイさんが現れた。


 こうやって直接会うのは二回目だが、文化祭では衣装の提供からデザインの提案まで、何かと世話になっている間柄である。


 相変わらず年齢が分からない。俺たちより年上なのは確かだろうが。



 あと、ヴァージン・ブレイカーズってなんですかレイさん。たぶんアニメなんだろうけど、また俺は勝手に知らんアニメの知らん奴のコスプレをさせられていたのか。ついでに愛莉も。


 いやそもそもヴァージン・ブレイカーズってなんだよ。直訳したら処女食い集団じゃねえか。上京したての新入生狙うヤリサーかよ、どんなアニメやねん。ちょっと気になるわ。



「ひろぽんさんのも見たかったなぁ~~! 今日はハロウィンなのでっ、たったの500円で一日レンタルしてるんですよっ!? お二人との仲ですし、なんなら無料でもっ!」

「いや、比奈見てるだけでお腹いっぱいなんで」

「はっはぁー……え、まだ付き合ってないと?」

「まだもなんもないっす」

「えぇ~っ! せっかくこんな日なんですから、勇気出してアタック、アタックですよっ!」

「はぁ……っ」


 どちらかと言うとアタックされているのは……いや、これ以上は辞めておこう。ただでさえいつもと違う比奈が隣に居るのだから、余計なこと考え出したらもう止まらん。


 あの日みたいにいきなりスイッチ入っちゃったら、何されるか分かったものでは無い。ヴァージンをブレイクされそうなのはこっちの方だ。



「じゃあ、レイさんっ。行って来るねっ」

「はいは~~い! あっ、倉畑さんまたすぐにお店来ますよねっ? 衣装は次に来られた時に返却で大丈夫なので、思いっきり楽しんできてくださいっ!」

「ありがと~。レイさんは店番なのっ?」

「あはは…………もう実質店長なのでっ……おっかしいなぁこれでも時給働きなのにっ……」


 アルバイトなんだ、知らんかった。この人を雇ってる店長が居るんだなぁ。恐ろしい世界だ……。



「つうかお前、なんでレイさんにタメ口なんだよ」

「そっちのほうがいいって最初に言われちゃって」

「分からん人だ……」

「年齢聞いてもはぐらかされるんだよねえ~」



 レイさんに別れを告げ、再び大通りの混雑へと足を進める。猫耳コスの女子高生と手を繋いで歩くという、一歩間違えれば犯罪スレスレの絵面が見事に完成した。


 ……やっぱり、着替えれば良かったかも。

 このなかで平常心保つ自信が無さ過ぎる……。



「陽翔くんっ。合宿のときのアレ、覚えてる?」

「…………合宿?」

「わたしが罰ゲームで語尾ににゃーって付いたの」

「ああ、あれか。それがどしたん」

「言ったでしょ? 次は二人きりのときにって……」



 そう言って、彼女は手を離し少しだけ先に進んでこちらへ振り返り。


 作り物か、本物なのか。

 区別の付きようもない完璧な笑顔を浮かべて。



「今日はわたしがっ、陽翔くんの可愛い飼い猫になってあげるにゃっ♪」

「……………………すっごいなお前、色々と」



 持たない。メンタルが。


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