302. 捻じれてんのは世界の方


 長袖のカーデガンが手放せなくなったのも数週間は前のことだが、四季の彩りを声高らかに主張するにも憚れる程度には、秋の存在感が無くなりつつあるのは気のせいだろうか。



 秋という季節には、なんとなく赦しの雰囲気があるように思う。忙しく過ぎ去る春は俺みたいな人間にとって天敵と言っても良いし、夏は夏で知らぬ間に人間のキャパシティーの許容を超えてしまう。


 着々と迫り来る一年の総決算を前にして、人々はどこか居場所みたいなものを見つけて腰を降ろしてしまいがちだ。


 どこか気怠くも感じる秒針の進み具合が、きっと俺の生活リズムにも合っているのだろう。



「なーに黄昏てんのよ」

「……ん。ちょっと眠くってな」

「なら、いつもと一緒じゃない」

「馬鹿言え。誰が糸目や」

「言ってないわよ」



 授業終わり。ノートを見返すだけの気力もとうに失われ、ボンヤリと外の景色を眺めていた。


 座席の背もたれに寄り掛かる愛莉の穏やかな笑みは、青春の一ページを顧みるに十分な代物だろう。


 ただその一方で、こちらからは窺うことの出来ない突き出された臀部が嫌でも扇情さを煽るようで。どうにも事足りなさというか、余計な情報量に溢れている気が、しないでもない。



「陽翔くんには睡眠の秋が似合うねえ」

「スポーツの秋って柄でもちゃうしな」

「仮にも運動部の発言とは思えないなあ」

「なんで体育の日やなくなったんやろな」

「スポーツの日だとスマートな響きだよね」

「ええやん体育で。変えてもメリット無いやろ」

「変えなくてもメリットが無いって可能性は?」

「それ言っちゃあおしまいや」


「会話のレベルが一段と下がっている……」



 呆れ顔で呟く愛莉であった。


 しかし、この生温い季節の境界がなんらかの影響を及ぼしたかと言えば、そういう話でもない。比奈と会話を重ねれば、こんな流れになるのも致し方ない部分ではある。



 文化祭、サッカー部のセレクションとそこそこのイベントを終えた我らがフットサル部の学校生活は、ここのところすっかり堕落する一方であった。


 せっかくノノが加わり、真琴と有希も僅かな時間を縫って練習に参加してくれるようになった手前、セレクションで出た課題を洗い流すためにも実践的な練習……というか、何かしらの大会に出て経験値を溜めておきたいのだが。


 いくら調べても、来夏の全国選手権を前に高校年代のフットサルの大会が行われるという情報は入ってこないし、他校のフットサル部と連携が取れるわけでもない現状。


 あまり口には出したくないが、中弛みの時期を迎えていることは確かだ。夏前から突っ走り続けて来たことを考えれば、多少の休息も悪くはないだろうが。



 あれだけ部活動としての体裁にこだわっていた愛莉でさえ、最近は「そろそろ次の大会探さないと」とかすっかり言わなくなってしまった。


 こんな中身の無い時間が案外馬鹿に出来ないことをここ数ヶ月でよく知ってしまっただけに、それを咎めるにもやや抵抗がある。事実、こうして寝ぼけているのは俺の方なんだから。



「今日は? どうすんの?」

「私と瑞希はバイトで、琴音ちゃんは模試みたいだし、どうしよっか。ノノも家の用事があるって言ってたし……たまにはお休みでも良いんじゃない?」


 スマートフォンを滑らせ皆の予定を確認する。

 どうにも集まりが悪い。寂しい。言わんけど。



「なんや、暇なん俺と比奈だけか」

「わー。一緒にするんだ」

「するもなんも一緒やろ」


 言ってる傍から練習も出来ないのか。


 せめて年内にもう一回くらい、何かしらの大会でも出場決めないとな。それこそ峯岸に負けず劣らずの名ばかり部活動になってしまっては、サッカー部戦の苦労も水の泡ってもんだ。



「じゃあ、先に帰るわね」

「んっ」

「バイト頑張ってねえ」


 教壇先の時計を確認し席を立った愛莉。そのまま教室を後にするかと思われたが、扉の前でふと立ち止まったかと思うと、こちらへ戻って来て比奈に何やら耳打ち。


 また俺抜きで話してる。最近こういうの多いな。

 悪口か。どうせ悪口なんだろ。拗ねてやる。



「……別に何したっていいけど。あとでちゃんと報告してねっ」

「えー。なにもしないよー?」

「だーめっ。ホント、油断ならないんだからっ」

「わたしのすることに愛莉ちゃんは関係無いと思うけどなあ」

「とにかく、約束っ」

「はいはいっ。もうっ、欲張りさんなんだから」

「……そーゆーのじゃないしっ」


 内緒話は俺に聞こえない声量でお願いしたい。

 フリだけでもしておこう。居心地が悪すぎる。


 不機嫌とまでは行かないまでも、どこか納得の行かなそうな表情で再び教室を離れていく愛莉。その後ろ姿を、比奈はニコニコとしたいつもと変わらぬ面持ちで眺めていた。



「ところで陽翔くん。お出掛けしよっか?」

「裏切り早過ぎやろお前」

「聞いてたの? 駄目だよ盗み聞きしちゃ」

「ならせめて隠せって」

「まぁまぁっ。でもっ、嫌じゃないんでしょ?」

「…………断る理由はありませんが」

「じゃあ、決定♪」


 抜け目ない策士が居たものだ。

 あとで愛莉になんて言われるか。



 文化祭が終わった頃からだろうか。精神的要素ならいざ知らず、身体的にも近かった距離感がこのところグッと縮まっている気がする。主に彼女たちの方から。


 ボディコンタクトが多い瑞希やノノはいつも通りと言えばそうなのだが、特に比奈と琴音は前に増して距離が近いような。愛莉は変わらん。アイツは平常運転。


 それをさも当然のように受け入れる俺もオレ。

 が、当たるものは当たるのだ。

 厚着していようと関係ない。柔らかすぎる。



 今だって隣の席であることを加味しても、顔の位置が近過ぎる。そのままキスでもされるんじゃないかってくらい接近してきているし、偶に指摘しても全然恥ずかしがらないからまた困りもの。


 なんだろう。真琴との一件で、また余計なモノを意識し出しているというか。アイツが男だったら、たぶん今もここまで気恥ずかしさは覚えなかった筈だ。俺も俺で、向き合い方に問題がある。



「で、なに。行きたいところでもあんの」

「うーん。特に無いけど、陽翔くんは?」

「なら一人で行けばええやんけ」

「そういうことじゃないって言わなきゃ分からないのかな、陽翔くん?」

「…………いや、言ってみただけ」

「ならば、よしっ」


 クッソ、分かりやすい顔しやがって。

 普通に可愛いの辞めて欲しい。

 逆にイライラするわ。



「でも、陽翔くんの趣味に付き合うのも良いかもね。夏休みのときもわたしが一方的に連れ回しちゃったから」

「ああ、その件やけど、これ返すわ」


 ブックカバーに包まれた文庫本。中身が官能小説だと知られた日にゃコイツもおしまいだ。



「……教室で渡す? 普通。デリカシー無いなぁ」

「バレなきゃええやろ別に」

「うぅ、いじわるっ…………それで、感想は?」

「実用性があって大変よろしい」

「うわぁ。面と向かって良く言えるねえ」

「お前にペース握らせっぱなしは気に食わん」

「ふーんだっ。ほんと、捻くれやさんなんだから」

「捻じれてんのは世界の方や。俺はいつだって真っ当に生きとる」

「都合の良いときだけ中二病にならないのっ」


 ささやかなカウンターも綺麗に決まったところで、二人揃って教室を抜け出す。数名の男子生徒が俺たちのことを注視していたが、もうなにも言われなかった。


 そのうちの一人は比奈のガチ恋勢だったと思うんだけど、ここ最近の比奈の動向を見てからか、口を挟まれることも無くなった。あぁ、オミが慰めてる。ごめん、変な役押し付けて。



「なら、少し遠くに行ってみよっか」

「遠く?」

「日にちが日にちだからねえ。イベントはいっぱいあるよ?」

「……今日って何の日やったっけ」

「勿論、ハロウィンに決まってるでしょ?」



 なんだ。最初から目的あるなら言っとけ。

 引っ掻き回す気満々じゃねえか。


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