299. 煩悩
「ひーにゃんのパンチラが見たい……ッッ!!」
「…………は?」
「また変なこと言い出しましたね……」
ある日の昼休み。
愛莉と比奈がクラスの女子に連れ去れてしまい、ノノも移動教室だなんだと忙しそうにしていたので、瑞希と琴音の三人で中庭のベンチへ赴き昼食を取っていた。少し肌寒いけど、まぁ多少は。
当人が居ないのに今日も当然の如く愛莉の手作り弁当を平らげると、瑞希はスマホを取り出しニュッフッフと気味悪く笑い出す。
珍しく琴音にトークポジション預けて黙りこくっているなと思っていたら、また変なことを考えていた。相変わらず脳内に男子中学生が同居している。
「なに急に。キモいんやけど」
「気付いてしまったのだ。いや、正確には出会った頃にはもう知っていた、とでも言うべきか……あたしはひーにゃんのパンツを見たことが無い……!」
「本気で気持ち悪いんですけどこの人……」
流石の琴音もドン引きしていた。
仮にも親友の前で辞めてやれよ。
「……まぁ、話だけは聞いてやろう」
「はっはーん。ハルも実は乗り気なんだろ?」
「陽翔さん?」
「黙秘権を行使する」
ノーコメントだ。聞くだけ聞く。
そこに俺の意思はない。そうだとも。
「いや、前にも言ったことある気がするんだけどさ。ひーにゃんめっちゃガード堅いじゃん? 着替えも秒で終わらせちゃうから覗く隙が無いんだよね」
「普段からそんなこと考えてるんですか貴方」
「だっておかしいと思わん? ほらくすみんなら」
そう言い掛けて、瑞希は俺の頬の辺りをグッと押し込み無理やりそっぽを向かせる。その間に、隣から可愛らしさ全開の甲高い叫び声が。
「ひゃぁぁっ!?」
「こうやってスカート摘まめばいくらでも見れるわけよ。しかしくすみんも色気ないねえ。まぁ白は白で王道っちゅうからしいっちゅうか」
「口で説明するの辞めてくれませんかッ!?」
「ハルには見せてねえから大丈夫だって。なっ」
「そういう問題じゃないんですっ!!」
どうやら俺が見ていない間に琴音のスカートを吊り上げたらしい。俺ら以外に誰も居ないからってようやるわホンマに。クッソ、無理やりにでも抗えば良かった。
「ところが、ひーにゃんに限ってはたったこれだけの隙も無い。それどころか、あたしが狙おうとするたびにひーにゃんはあたしの背後を取って来る。まさに異次元の危機察知能力……っ!」
「……まぁ、分からんでもねえけど」
フットサル部の連中は普段からガードが甘いというか、ヒラヒラの制服着ている割に警戒心が薄いところが若干ある。三日に一回は余計なモノ見せられてる気がするし。
断トツで多いのは愛莉……だったんだけど、ここ最近はノノが一気に捲って来てるな。次点で琴音、その次に瑞希。
大して動き回らない愛莉が一番多いのは今世紀最大の謎。たぶん、シンプルにおっちょこちょい。
で、肝心の比奈であるが。言われてみれば、比奈のそういった場面には俺も遭遇したことが無い。いや、普通に生活してれば早々パンチラなん発生しないんだけど。アイツらの頻度がおかしい。
唯一それらしい場面と言えば、夏合宿のときに水着が流されてしまったアレくらいか……言うてそのときもちゃんとガードはしてたし、致命傷というほどでも。
「つうわけで、今日は三人でひーにゃんのパンチラ拝むために協力していこう。写真はあたしが撮るから二人はゆーどー係な」
「私を数に入れないでください……」
「現物に抑えるのはもう犯罪やろ……」
言っても効かない瑞希に抗う気力などとうに残されていない手前、もうどうすることも出来ない俺と琴音であった。
菓子パンの袋をゴミ箱に投げ飛ばし、ウキウキで校舎へと戻る瑞希を後から追い掛ける。
「…………陽翔さん」
「あん、どした」
「気のせいと思いますが、顔がニヤけています」
「まさか。そんなわけねえだろ」
「そうであることを切に願います」
「お前が想像しとるもんちゃうから」
「ならなんだというんですか」
「琴音はそのまま真っ白なままでいてくれ」
「控えめに言って死んでください」
【放課後だよ~~ζ*'ヮ')ζ】
そんなわけで、瑞希を筆頭にやや乗り気な俺とドン引き状態の琴音、計三名で構成された「ひーにゃんのパンチラ拝み隊(瑞希命名)」であった。
今日もフットサル部の活動があるので、まず最初のチャンスは更衣室でトレーニングウェアに着替えるタイミングということになる。ここで完遂すれば俺の出番は来なくて済むのだが。
「…………だめだった……ッ!!」
「なに普通に出遅れとんねん」
「五限書道だったんだよぉ~ッ!」
「二人ともー、早く行こー?」
すっかり見慣れたピンクのウェアに山嵜規定のジャージを羽織った比奈が、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを溢し俺たちへ問い掛ける。
今日ばかりは煌びやかな笑顔も憎たらしく思えてしまう。ああ、どうしよう。瑞希の気持ちがちょっと分かる自分が不甲斐ない。
あの余裕に溢れた表情をどうにか辱めたい。
この感情、不埒とは言い切れない筈だ……ッ!
「……陽翔センパイどうしたんですか?」
「さぁ……前世の記憶でも蘇ったんじゃない?」
「見た感じもうちょっと前って感じですね」
「前前前世くらいかしら」
「ラ○ドの歌詞って普通にキモいですよね」
「息を吐くように敵を作るの辞めなさいって」
【練習中だよ~~ζ*'ヮ')ζ】
「ひーにゃんパース!!」
「はいはーい!」
「あ、ごめんごめーん! 強かったかもっ!」
「大丈夫だよー、つぎつぎ~」
……三対三に分かれてミニゲームの最中である。
比奈と同じチームに入った瑞希だが……彼女にしては先ほどから妙にパスミスが多い。というか、瑞希の技量を持ってすればあり得ないというか、わざととしか思えない回数だ。
それも決まって浮き球をパスをスペースに向けて蹴り込んでいる。もはやスカートでもない手前、どうやってもそれを拝むのは不可能に近い気がするのだが……何か意図があるのだろうか。
「……うーん、だめだな……っ」
「まだ狙っとんのお前」
「思いっきりボールに飛び付けば転んだひょーしに短パンズレるかもしれねーじゃん? ローライズ的な?」
「性癖にしても狭いとこ突き過ぎやろ」
テンプレートに収まらずとも見えさえすればなんでもいい瑞希さんであった。その集中力、普通に練習でも生かして欲しいんだけど。
「あー、見たい……クッソぉー……!」
「瑞希ちゃんっ! 前、まえっ!」
「へ――――ブホェァァ゛アア゛ッッ!!」
「あ、すみませーん。大丈夫ですかー?」
「お、お腹に思いっきり……」
「なんで試合中に他黄昏てんのよアイツ」
「そういう時期なんだよ」
「アンタもアンタでシャキッとしなさいよね」
「すまんすまん。愛莉のスポブラに見惚れてたわ」
「えっ!? あ、うそっ、透け……っ!?」
「ことねー、パース」
「あっ、ちょ、待ちなさい馬鹿ッッ!!」
【練習後だよ~~ζ*'ヮ')ζ】
ボールが腹に直撃したせいでまともに動けなくなってしまった瑞希は、グロッキー状態のまま練習終了を告げるチャイムを待つこととなった。
すっかり意気消沈してしまったのか、帰りの着替えでもチャンスがあるのではないかとコッソリ俺が耳打ちしようにも、聞く耳持たず右から左へと抜けて行ってしまっている。
ここまで来ると躍起になってるのが俺だけみたいですっごい嫌なんだけど。せめて最後まで意志は持ってくれよ。あながち否定し切れない俺も俺で辛いんだよ。分かれ。
「瑞希センパーイ元気出してくださいよー」
「……あ、うん。めっちゃげんき……いえーい」
「お、おぉ……まるで別人のようだ……」
死の淵まで燃え尽きた瑞希をノノが労わっていると、ソファーに座りお喋りに講じていた比奈が何か思い出したようにぴょこんと立ち上がる。
「あっ。更衣室にお財布忘れちゃった」
「珍しいですね比奈にしては」
「最近新しくしたから目に入らなかったのかなあ」
制服姿に戻っている比奈は、そのまま更衣室へ向かおうと階段の方へと歩いて行く。するとなにをやっても反応の悪かった瑞希が、突然ガバっと顔を上げポツリと呟いた。
「…………そうだ。階段……っ!」
「あん?」
「そうだよ……これこそが王道だろっ!」
「なんや急に」
「あたしも忘れ物した! ハルもだよなっ!!」
皆の反応も待たず無理やり腕を引っ張られ、そのまま比奈を後を追い掛けることとなる。目に生気が戻った。どんなタイミングやねん。怖いなお前。
まぁ、絶好の機会ではあると思う。なんせ更衣室は新館の二階にあり、談話スペースからはそこそこ角度のある階段を上り下りしなければならない。
人影の消えた放課後。残っている他部の生徒もほとんど見当たらないこの状況なら、多少強引な手を使ってでも目的のモノを狙ってもいい。なにを冷静に分析してるんだ俺は。
「絶対バレんなよ……慎重にな……ッ!」
「だから俺を巻き込むなって……!」
「正直になれよ……見たいんだろパンツ……!」
「この状況で咎められないのなんで……ッ!?」
とは言いつつもしっかり屈んでいる。
逆らえないものがある。
三大欲求のうちの一つなら尚更。
焦る様子も無いが、皆が待っていることを考慮してかやや早足で階段を上がる比奈。足取りは気持ち軽々しく小刻みにリズムを取りながらステップを踏んでいる。
その姿を背後から前屈みになって窺う俺と瑞希。
誰かに見られても死。
振り返られても死あるのみ。
だが、比奈が犯罪者二人に気付く様子は無い。
いつの間にか肩を組んでいた俺たち。
そのまま更に腰を落とし…………。
「「イケる……ッ!!!!」」
短いスカートとハイソックスの僅かな隙間。
誰の手も届かぬ絶対領域。
俺たちは、いま、確実に近付いている――――!
「――――――――へ?」
ふと、瑞希が声にもならぬ小さな息を漏らした。
唖然とした表情のまま、頭上を見上げている。
「クソ、駄目だ角度が…………瑞希?」
「…………い、いやいや。そんな……え……っ?」
「おい、瑞希。なんだよ。見えたのかっ?」
「いやっ……見えたっていうか……えーっと……」
「んだよハッキリしねえな。どっちや」
「…………見えた…………けど…………っ」
「……けど?」
「無い……面積が…………無い…………ッ!」
は?
「はっ、ハルぅぅぅぅ……っ!!」
「ううぉ、ちょっ、なんだよ」
「だめだっ……こっ、これはだめだって……うん、そうだっ。無かった、無かったことにしよう……っ! あたしたちはなにもっ、なにも見てない。見てないんだよぉ……!」
「いや、だから見えたのお前だけっ」
「…………ひーにゃんが……ひーにゃんが悪い子になっちゃったぁぁぁぁーーーーっっ!!!!」
「おい、ちょっ、瑞希ッ!?」
突然泣き出して、元来た階段を駆け下りていく瑞希。一人その場に取り残されるオレ…………い、いったいなにを見たんだアイツは。
「…………面積……って、どういう意……」
「はーるーとーくんっ♪」
あっ。
「…………お、おはようございます……っ」
「そんなところに座ってどうしたの?」
「い、いや……ちょっと休憩……」
「そんなわけ、ないでしょ?」
手すりに身体を預けて、頭上からこちらを見下ろす比奈。
西日に照らされた眩しい笑顔の裏に、なにが隠れているか。分からない筈もない。これから行われるのは――――死刑宣告だ。
「ちょっとお話があるんだけど、いいかな♪」
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