298. 凸凹コンビの噛み合わない(或いは噛み合い過ぎな)日常
「あれ、瑞希だけ?」
「おー。なんだ長瀬か。つまんね」
「私で悪かったわね」
ソファーにだらしくもたれ掛かりスマホを弄る瑞希、授業が終わりフットサル部の活動へとやって来た愛莉を出迎える。
と言っても、視線を合わすことも無くスマホを忙しなくスワイプさせる一方で、これといった関心も示さない瑞希であった。
「ハルトと比奈ちゃんは係の仕事で遅れるって」
「ふーん。くすみんとノノノは?」
「分かんない。ラインになんか来てない?」
「くすみんは委員会だって」
「アンタ、同じ委員会じゃなかったっけ?」
「へーきへーき。あたし以外にも出てない人いっぱいいるし」
「ならいいけど」
「野々村もクラスの用事だってさ」
「誰よ野々村」
「しっくりくるあだ名が見つからん。どうしよう」
「知らないわよ……」
鞄をソファーに降ろし、瑞希のちょうど対面の位置に座る愛莉。同じようにスマホを取り出し、それから暫く二人の間に会話らしい会話は出て来なかった。
新たにノノが加わってからというものの、喧しさに猶のこと拍車が掛かるフットサル部であったが、この組み合わせに限っては静かなモノであった。
愛莉と瑞希という部内でも古株である二人の関係性は、当人たちにとっても今一つ定義し難い。
決して仲が悪いというわけでは無いのだが、改めて考えてみるとこの二人には共通の話題というか、それらしい接点が見つからないのもまた事実である。
思い返せばこの二人の間にはいつも比奈か琴音がいて、一対一でトークをする機会にも恵まれない。だからといって、お互い何か話したい話題があるわけでもなく。
「「……………………」」
6人集まれば流れで何かしら軽口を叩き合う両者も、二人きりとなるといつも通りにはいかない。ひたすらに無言の状態が数分ほど続いていた。
元来人見知りである愛莉は、自分から話を振るようなことは中々無い。陽翔が例外過ぎるだけで、基本的には無口というか落ち着いた人間である。
かといって瑞希へ適当にトークを預けるにも憚れる。彼女がこういう場面で案外冷めた反応しか示さないのも、ここ数ヶ月で分かったことだ。
出会った当初の敵対心のようなものはすっかり無くなっているが、根は陰キャの愛莉と脚の先まで陽キャの瑞希では大前提として話がかみ合わないことも、愛莉自身もよく理解している。
一方、瑞希は瑞希で単に明るい性格というわけでもなく、賑やかな場に身を置くことで初めて自分も活きて来るということを本能的に理解している。かといって、腹を割った真面目な話など出来る性分でもない。
勿論、瑞希も愛莉を嫌っているわけでは無いし、それなりに信頼は置いているのだが。何分、元々のポテンシャルを除いて女子高生らしい感性に疎い愛莉相手では、なにを話したらいいかも分からず。
苦手ではないけれど、どうにも噛み合わない。
そんな意識をずっと持っている。
「…………あ。ねー見てこれ」
「…………いつのやつ?」
「こないだゲーセン行ったやつ」
「あー。私がバイトで先帰ったときか」
「意外と上手くて笑えん?」
「まぁ、運動神経は流石にね」
掲げられたスマホには、ゲームセンターのダンスゲームを慣れない足取りで踊る陽翔の姿が映し出されていた。
知らない曲に知らないゲームと来て相当苦戦しているが、中々に華麗なステップを踏んでいる。
「ダンエボ置いてあってさ。ハルにやらせたくて」
「ダンエボってなに?」
「なんかそーゆー踊る系のやつ」
「ふーん……」
「全然興味ねーじゃん」
「まぁ、興味無いし」
「そーゆーところがダメなんだよ長瀬は」
「んなこと言われても」
じゃあ、これなら。
なんて言い残して愛莉もスマホのアルバムを捲り、写真を瑞希に見せつける。映っていたのは、やはり陽翔の姿であった。
「え? 眼鏡?」
「うん。授業中」
「ハルって目ェ悪かったっけ?」
「授業のときはいっつも掛けてるわよ」
「へー。ふつーに知らんかった」
「クラス違うとこういうの分かんないわよね」
「まーなー……ふーん、結構アリかも」
「え、ほんとに? ネタで見せたんだけど」
「全然いいじゃん。なんかあたまよく見える」
「普通にインテリだけどねアイツ」
「見た目だけなら中退してるよなハルって」
「見た目が中退って意味分かんないんだけど」
……という感じで、唯一共通の話題となると、やはり陽翔の話になってしまう。それを意識しているのかは分からないが、ネタに困ると何かと陽翔を頼りにしてしまう二人であった。
すると瑞希は何か思いついたのか。
顔をニヤつかせ、愉快気に身体を左右に揺する。
「なんで授業中にハルの写真なんか撮ってんの?」
「へっ? な、なんでっ?」
「ふつーに盗撮じゃん。きっも長瀬」
「とうさ…………っ!? そっ、そういうのじゃないしっ! ちょっと油断してたから、それだけだっつうのっ!」
「へぇーー。油断してるか分かるくらいハルのことずーっと見てんだー。へぇ~~~~!!」
「だっ、だから違うってばぁっ!」
「ツンデレのツンがなってねえな長瀬さんよ」
「だっ、誰がツンデレよっ!!」
突然の攻勢に慌てふためく愛莉であったが、どうにか反撃材料を探そうと瑞希のスマホを指差し涙目で訴え掛ける。
「あっ、アンタもそうやって、アピールしてんじゃないっ! なにっ!? 私への当てつけ!?」
「えぇ~? だって仲良しだも~~ん」
「そうやってすぐ私のいないところで……!」
「んー? なに長瀬、嫉妬してんの?」
「しっ、嫉妬なんか………! それ言うんだったら、アンタもそうでしょっ!? ふーん、残念だったわねクラス違くって! 私だって、アンタの知らないハルトいっぱい知ってるんだから!」
「…………お、おうっ……そーだな……っ」
めちゃくちゃ自爆してる気がするんだけど、気付いてないのかこの人。とやや呆れた様子で頷くしかない瑞希であった。まぁ、ここまではいつもの展開なのだが。
少しだけ浮かない面持ちの瑞希である。確かにクラスの違う彼女は、愛莉や比奈と違って彼と過ごしている時間は短い。フットサル部に顔を出さなければ、一日顔を合わさずに終わってしまう可能性だって。
そう考えると、愛莉の放った苦し紛れの一言がどうにも引っ掛かる。次に出て来る言葉は、いつもと同じ適当さと、僅かばかりの対抗意識を込めて。
「……でも実際さー。長瀬ってクソコミュ障だし、フットサル部通さないとハルとなに喋っていいか分かんないんじゃない?」
「……はっ、はぁ? 急になによ……っ!?」
「あたし、ハルのことけっこー知ってるよ。ハルって眠くなるとこうやって、ぐるーんって首を揺すってんの。あれ、ちょっと可愛いんだよね。長瀬見たことある?」
「……あ、あるわよっ……! それだったら、ご飯食べてるときなんて凄いんだからっ。ご飯一気に溜めるから、ほっぺたが膨らんでハムスターみたいになるの。アンタ知らないでしょっ」
「えー、それ割と有名っしょ。じゃあじゃあ、首筋に二つホクロがあるのは? こないだヘッドロック掛けたときにたまたま知っちゃったんだぁー」
「えっ…………そ、それは知らない……っ」
「へっへーん! あたしの勝ちぃー♪」
「なっ、ならあれはっ!? アイツ酸っぱいもの苦手で、梅干しだけ絶対に食べられないのっ! お弁当に入れたとき涙目になってたんだからっ!」
「え、マジで? それは……知らんかも」
「はいっ、一対一! 同点っ!」
「なに、ターン制? じゃああたしの番な!」
「掛かってこいやっ!」
「えーっとね、こないだ食堂で……」
「待って、それを知らないっ! いつっ!?」
「はいっ、いってーん!」
「ちょっ、ノーカン! ノーカンだからっ!!」
「…………で、いつ出て行くの?」
「いや、キッツ」
「あははっ。陽翔くん、顔真っ赤♪」
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