292. 良い事を教えてやろう


 翌週のこと。


 編入組である俺はまったく知らなかったのだが、この時期になると入学希望の中学三年生を対象とした部活体験会という催しがあるらしく、我らがフットサル部にも希望者が現れた。


 今のうちから入りたい部活を見せておいて、入試を受けさせる動機付けをさせたいのだろうか。まぁ私学の宿命として学生集めからは逃れられない手前、悲しい現実が透けて見えるようである。



 もっとも、人気を集めていたのはある程度実力が無いと入部もままならないサッカー部を除いて、初心者からでもスタートできるテニス部や吹奏楽、チアダンス、軽音部辺りだったらしい。


 あれだけSNSで注目を集めていたのにも拘わらず、フットサルのフの字も聞こえてこなかったのはなんとも悲しいところであるが。


 せっかく更新頑張ってるのに! と一人ブー垂れていた瑞希を外せば、ある程度は予想出来た現状だ。



「よろしくお願いしますっ!」

「ど、どーも。姉がお世話になってます」

「わぁーっ! いよいよって感じだねえ」

「良いモンですねえ後輩って。急に偉くなった気がしますっ」

「アンタのポジションは変わらないけどね」

「なんですとぉッ!?」


 おニューのピンキーなトレーニングウェアに身を包んだ有希と、もはや見慣れてしまった西中サッカー部のジャージで現れた真琴を、愛莉、比奈、ノノが取り囲んでいる。


 こうしてフットサル部の練習場所である新館裏テニスコートに二人がやって来たのは初めてのことだ。


 なのに、既視感が凄い。

 まったく新鮮味を感じない。何故か。



「賑やかになったねー」

「これで8人は確保っつうわけや」

「ねっ。良かったじゃん」

「え、なんでまた」

「だってロリコンじゃんハル」

「俺から言わせりゃ瑞希もロリの類や」

「どこ見て言ったんだぁいハルくぅん?」

「身長とおっぱい」

「面と向かってそーゆーこと言うかてめー」

「お前だけや、安心しろ」

「ぜんっぜん嬉しくねー」


 ウォームアップにも足りない瑞希のジャブを交わしたところで、すっかりだらけてしまった空気を入れ替えるべく音頭を取る。仮にも練習だ、目前に試合が無いとはいえ。一応。



「じゃ、始めるぞ。まぁ新入りもおるし、最初は軽めにな」

「いやいやセンパイっ! マコちんの実力はもう知ってますからノノっ! さっさとゲームやっちゃいましょうよ!」

「マコちんってお前」


 何とも言えない微妙なラインだが、女子が授かって嬉しい渾名でないことはなんとなく分かる。自分をノートルダム呼ばせるのは構わんが、人に雑なあだ名付けんな。



 ……あ、そう。真琴についてなんだけど。部のみんなに聞いてみると、どうやら真琴のことを男だと勘違いしていたのは、俺とノノだけだったようで。


 比奈と琴音は、高校年代では女子が男子のサッカー部で試合に出場できないことをそもそも知らなかったらしく、セレクションも普通に応援していただけで他意も無いと。


 瑞希は瑞希で「言われてみれば女の子だけどまぁどっちでも構わん」みたいなよう分からんリアクションだった。らしいっちゃらしいかもしれないが。


 最後にノノ。


 めちゃくちゃ男だと思ってたらしい。

 なんならタイプだったとまで言っていた。

 別に掛ける言葉も無い。以上。 



「有希もいるだろ。いきなりゲームは可哀そうや、まずは2対2のフリーマン付きで適当にやってろ。俺と琴音で有希を見るから」

「……私もですか?」

「うってつけやろ。同じ位置からのスタートやし」

「まぁ、構いませんが」


 さっさと試合を始めたい早漏な連中をコートに追い出し、三人で端へ移動。俺たちのことなどすぐさま忘れ、ボールを追い掛け始める。ジャンキー共め。



「ボールもロクに蹴ったこと無いんだろ?」

「そうですねっ。体育の授業でも経験無いです」

「ん、了解。で、コイツが……」

「楠美琴音です。どうも」

「はいっ、お久しぶりですっ」

「コイツもドの付く素人から始めたけど、今じゃウチの立派な守護神や。同じスタートラインからって意味でも、琴音に教わるのが一番ええと思ってな」

「……素直に誉め言葉と受け取るのも難儀ですね」

「事実なんやからしゃーないやろ」

「そうですけど」


 一応には夏の大会で顔を合わせている二人だが、真琴繋がりで交友のある愛莉や人付き合いに長ける比奈、これといって理由も無く受け入れ態勢万全の瑞希やノノと違い、琴音はほとんど交流が無い。


 余計なお世話かもしれないが、これをきっかけにもう少し打ち解けてくれると嬉しいという、そんな意味合いも込めた配役である。


 最も、なんだかんだでノノともすっかり仲良くなった今の琴音なら心配は要らないだろうが。ただそのケースに関してはノノが積極的過ぎるだけで、有希も有希で結構緊張しいだからな。



「適当に口挟むけど、基本は琴音が教えてやれ」

「分かりました。では、よろしくお願いします」

「はいっ、よろしくお願いします琴音さんっ!」


 すると何を思ったのか、彼女の目は一瞬かっ開きどうにも落ち着かない様子。そんな変なやり取りでも無かったのに、いったいどうしたのか。



「……琴音さん、ですか」

「あのっ、嫌なら別の呼び方で……」

「いえ、構いません。それで結構です」


 なんの疑いも無い無垢な視線に、琴音は妙に居心地悪そうにしていた。だが、俺には分かる。コイツめちゃくちゃ照れてるぞ。



「……不思議ですね。市川さんに先輩と呼ばれても、こうはなりませんでした。やはり人間性の違いというものは侮れませんね」

「クッソ悪口やないけ」

「いいんです。それはそれで、彼女とコミュニケーションを取れている要因でもあるのですから」

「あ、はい、そっすか」


 自分は同級生相手にさん付けの敬語な癖に、逆に下手に出られると困ってしまう可愛い琴音さんであった。最初のインパクトは中々悪くなさそう。むしろスタートダッシュ決まってる。



「で、では始めましょう。まずはボールの蹴り方ですね。いくつか種類があるのですが、基本となるインサイドキックを」

「はいっ! よろしくお願いしますっ」


 フンスと鼻息荒く琴音の説明に耳を傾ける有希。根は真面目な二人のことだ、結構いいコンビになるかもな。


 しかし、あの琴音がフットサルについて誰かに教えを説く日がやって来るのは。人間成長するものだ。もしかしなくても、取り越し苦労だったかもしれない。



「おー、やってるねフットサル部部員共」

「やっと練習中に顔出したなテメー」

「顧問らしいだろ?」

「自分から言い出さなきゃな」


 ここで峯岸もコートに合流。


 肩を並べてフリーゲームに没頭する連中と、初心者講習中の二人を眺める。こうして見ると、中々に壮観な構図だ。夏前には想像も出来なかった。


 あの日からずっと夢見て来たチームが、今こうして完成を迎えようとしている。まっ、あくまで人数が揃ったってだけで、まだまだこれからだけど。



「で、やっぱり妹だったのか」

「らしいな」

「なーんでまた女ばっかり集まるかねえ」

「俺が知るかよ、そんなこと」

「実際のところ、分かってんだろ?」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」

「まだあの二人には手ェ出すなよ?」

「馬鹿言うな。まだもクソもあっか」


 隣でニヤニヤと笑う背丈の似た峯岸に、思わず視線を逸らす。世話好きなのかお節介なのか、気付いたらこういう話に持って行きたがるのだ。やってられん。



 しかし、その言葉に同意しないわけにも。


 気付けばフットサル部、男一人に女子7人。

 あり触れたフレーズを当てはめれば、所謂ハーレム状態。



 にも拘らず、そんな気がして来ないのは……やはりどうしても、俺自身の問題であった。こうやって眺めている分にはただの仲の良い集団で、チームメイト以外の何者でも無いのだが。


 これが一対一になった途端、余計なことを考えさせられるのだから、身の置き方もいい加減考慮しなければならない。

 揃いも揃って美人ばっかり集まりやがって。気が触れる。



「ポジション争いも大変だねえこりゃ」

「まぁ、ノノと真琴は即戦力やしな」

「ばーか。そういう意味じゃねえよ」

「……はぁ? なら、なんやねん」

「すぐ分かるさね。お前の地位は不動だけどな」


 言わんとしていることは、微妙に分かるようで分からない。そりゃあ、男女混合の大会を目指しているわけだから、俺がスターター五人のうちの一人であることは確定的なのだが。


 多分、峯岸が言いたいことはそうじゃない。

 もっと言えば、フットサルはあまり関係ない。


 分かっちゃいるんだけど。一応には。

 口に出すと、俺が俺でなくなってしまいそうで。



「大いに悩め、少年よ。私は応援するぞ」

「なら教師らしいことの一つでもしてみろ」

「今まさに、してるじゃねえか。ええん?」

「…………貸しは作らねえからな」

「はいはい。そういうことにしておくよ」


 見透かしたような綻びに、思わず悪態を付いた。


 フリーゲームだって、入りたきゃ入れば良かった。有希に教えるのも、俺の役目だって良かったのだ。ただ、色々とバランスを考えた結果、俺はこうして外から皆を眺めている。


 なんというか、入れる気がしなかった。どこかに肩入れする勇気が無かった、とも言える。



 気付いている。


 ボールが動いていないとき。プレーが止まっているとき。皆がチラチラとこちらを見て、俺がどこにやって来るのか。今か今かと待っていることに。


 いやホンマ、どうすりゃいいんだよ。

 あみだくじでさえ味方になってはくれなさそうだ。



「良い事を教えてやろう、廣瀬。人生にハーフタイムは存在するが、アディショナルタイムはほとんどねえ。今だってお前はインプレーの最中で、ゴールを目指す途中にいる。そうだろ?」

「…………かもな」


 否定も肯定もしない。

 けれど、納得はしている。


 今も走り続けている彼女たちを見つめていれば。教えられることなく、自ずと分かることだからだ。

 


 秋晴れの空に、少女たちの声が木霊する。


 他人事のようだが、今に限っては他人だ。

 そうでなければ、大切なモノを見失いそうで。


 怖くはない。怖くなんて無い。

 ただ、楽しいだけと言い切るにも、勇気が必要だ。


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