284. 浮かれんじゃねえぞ
セレクションの全工程が終了。
グラウンドの中央に集まり、オミがセレクション生に向けて何やら話をしている。聞くところによると、結果は合格した選手だけに連絡が行くようだ。まぁここで発表されてもな。
解散後フットサル部総出でクールダウンをしていると、オミと茂木がこちらへ歩み寄って来る。
「お疲れさま。ありがとな、色々と」
「いや、ホンマ悪い。むっちゃ荒らしてもうた」
「むしろ良い経験だったんじゃない?」
「ならええけどな」
茂木の気だるげな茶化しに肩を撫で下ろす。
途中から半ばフットサル部のワンマンショーと化していたからな。主役じゃなくて道化を貫けと、この日を迎えるまでに散々口を酸っぱくして言っていたのに。結局コレである。
半分。いや八割は登場の仕方が悪かった。
つまりノノが悪い。個人的に説教してやる。
「で、どうですかっ? 愛莉センパイの……」
「そりゃ合格だろ。Bに混じっても全然やれる」
「わぁっ! 良かったねえっ」
「う、うんっ……そうね……っ」
手放しで喜ぶ比奈とは対照的に、愛莉の反応は今一つ釈然としない。この期に及んでまだ気になることでもあるのか。試合中はあんな嬉しそうにしていたのに。
「なんだよ。目標達成じゃないん?」
「まぁ……それはそうなんだけど、その……」
「あぁん? ならもっと喜べばよくね?」
「うーん……まぁ、それは、うん……」
同じく納得いかなそうな瑞希が眉をへの字に曲げているが、やはり場を濁すような返答に留まる愛莉であった。
いったいどうしたのだろうかと、似たようなフレーズを繰り返す直前であった。同じ中学のサッカー部員たちと言葉を交わしていた真琴がこちらへと駆け寄って来る。
「あの、葛西先輩。ちょっとお話が……」
「お、おお。どうした?」
自前のハンドタオルで汗を拭き取りながら、僅かに息を乱す真琴。その場にいた全員の注目が彼へ集まる。
……なんか、妙に色っぽいな。
愛莉の弟だけあって、容姿も相当ではあるが。
分かりやすくスポーツマンらしい運動着であることで、なんとなく許されている感はあるけど……顔だけ見れば女と言われても不思議じゃないくらいには整っているからな。
オミがちょっとだけドキマギしている気持ちも分からんでもない。事実、さっき手を取ったときも、メチャクチャ肌柔らかかったんだよな。スキンケアだけでああなるものなのか。
「結果は良いので、意志表明だけというか」
「意志表明?」
「はい…………すいません。セレクション受けておいて、烏滸がましいのは分かってるんですけど……自分、サッカー部には入りません」
「……えっ?」
オミ茂木コンビのみならず、フットサル部も揃って驚きから素っ頓狂な声を挙げてしまう。
唯一、愛莉だけは「やっぱりそうか」みたいな顔をしていたけれど。それも含めて良く分からない。
「ずっと意地を張ってたんです。山嵜のサッカー部が悪いってわけでもないですし…………ただ、自分が本当にやりたいことを見つけたというか。自分が一番輝ける場所が、他にあったというか」
「…………あー……なるほど、そういうことか」
どうにも要領を得ない説明だと思ったが、どうやらオミはおおよそ理解しているようで。ウンウンと頷きながら、こちらへ振り向いた。
「つまり、サッカーよりフットサルってわけだな」
「はいっ…………本当に、申し訳ないんですけど」
「いや、いいよ。なんとなくそんな気してたし」
「……そうなんですか?」
「そりゃまぁ、あれだけ実力あんだから、ウチに来て欲しいのは山々だけどさ。俺も一緒にプレーしたいって思ったし……でも、コイツとやってる方が楽しそうだったからさ。うん」
力無く肩に腕を回してくるオミ。
え。なに。俺のこと? うん?
「あーあ。廣瀬が素直にサッカー部入ってたらこうはならないんだけどねえ。まっ、それも運命ってやつか。うん、それに違いない」
「いや、なんだよ茂木まで」
「つうわけで、フットサル部に入部希望だとよ」
オミに促されるまま、真琴へ視線を移す。
少し照れくさそうに頬を掻いていた。
「あの……全然、嫌なら構わないというか。自分としては、そうしたいっていうだけで……一応、希望はしているってだけですから。その……」
随分と言葉を選んでいるが、これはもう曲げられないだろう。え、なに。お前、ここまでやっといてフットサル部入るの? マジで?
「うん、いーんじゃない?」
「そうだねえ。愛莉ちゃんのお墨付きなんだから」
「戦力アップとしては申し分ないのでは?」
「知らない子が入るより全然良いですよねっ!」
という感じで、残る面々は歓迎ムードである。
そりゃノノの言う通り、よく分からない男子部員が増えるよりかは、勝手知ったる愛莉の弟の方がやり易さもあるだろうけど……。
「……ホンマにそれでええんか、お前」
「先輩と一緒にやりたいです。ダメですか?」
「いやっ、駄目ってわけじゃ……」
勝ち馬に乗るとか、近いうちにとかって、そういうことなのかよ。いや、まぁ、それはあくまで照れ隠しというか、言葉の綾であることは分かっているけれど。
ただ、俺としては惜しい気持ちもあるのだ。
お前なら、全国区のサッカー部でも全然やれる。
それこそ山嵜でもトップを目指せるだろう。
「おい、愛莉。なんか言ってやれよ」
「わたしっ? 別に、なにもないけど。良いんじゃない? 私だってフットサル部誘ってた身の上だし、真琴なら大歓迎っていうか、むしろ嬉しいくらいよ」
「そりゃそうかもしれねえけど……」
「だいたい、サッカー部で試合に出れるかも分からないしさ」
いや、その。だから、それについてもうちょっと詳しく説明が欲しいんだけど。あれだけのプレーを見せて、まさか愛莉も実力的な話をしているわけじゃないんだろう。
なら他に最もな理由があるんだろうけど、それが分からないのだ俺には。中学のチームメイトと揉めていた原因もそうだし、全然しっくり来てないんですけど。どういうこと??
「改めて、長瀬真琴です。宜しくお願いします」
「おうおうっ! 可愛がってやんぜっ!」
「うん、よろしくねえ」
「こちらこそ、宜しくどうぞ」
「やぽぽぽーい! ノノにも早速後輩が出来ちゃいましたっ!」
真琴を囲い歓迎の装いを見せる総勢。
愛莉もホッとしたように皆の様子を眺めている。
……まぁ、なんだ。
取りあえず、これでいいのか。
納得いってないの俺だけだし。
……いやしかし、うーん。
「羨ましいのか?」
「は? なんだよ急に」
「これでお前のハーレムも崩壊ってわけさね」
「…………嫉妬してるとか言うつもりか?」
「あれ、違った?」
「馬鹿言うな。んなんちゃうわ」
ニヤニヤと笑う峯岸に、強気に返してしまうが。
実際のところ、どうなんだろう。
俺だって、大して仲良くもない男が加入するよりは、愛莉の弟の方がよっぽどマシな筈だ。念願の同性のチームメイトが加わって、どちらかと言えば嬉しい気持ちが強い。
なのに、どうして。
このモヤモヤとして感情は、いったいどこから。
まさか、本当に嫉妬しているのか。オレ。
そんな。そんなはず。
いやでも、なんだろう。真琴も真琴で、みんなの輪の中にスルスルと入っていくんだよな。距離も近い。瑞希やノノなんて今にも抱き着きそうな勢いだ。クソ、ベタベタしやがって。なんなん本当に。
「へぇー。廣瀬もそんな顔するんだねえ」
「……………アァ?」
「口惜しいって、顔に書いてあるぜ」
ヘラヘラと笑う茂木に、小馬鹿にしたようなオミ。思わず顔に手を当て、目頭に指を添える。
鏡で確認しなくとも、険しい表情をしてしまっていることに今更ながら気付いた。恐らくこの顔は、よほど不機嫌なときでないと出て来ないソレであろう。
まさか、本当に嫉妬しているのか。
だとしたら…………お、大人げねえ……。
「先輩。よろしくお願いしますねっ」
「うるせえ。話し掛けんな。浮かれんじゃねえぞ」
「ええっ!? き、急になんですか!?」
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