283. 近いうちに、是非
「瑞希センパイっ!!」
「まっかせろ!!」
先制ゴールを奪われたことで、フットサル部の勢いは衰えるどころか更に強まる一方であった。終始喧しい瑞希とノノの声量による一端も否定はできないが。
向かって右サイドでボールを受けた瑞希が、ピッチ中央へと一気に切り込んで来る。驚異的な加速に、ビブス3番の少年は着いて行くことが出来ない。
慌ててフォローに入った6番だったが、マークの受け渡しが曖昧になった瞬間を、彼女は見逃さなかった。もう一段階深く身体を沈め、更にギアを上げる。
フローリングのコートでもあるまいに、キュキュッ、という音が聞こえてきそうだ。やはりボールを持たせると危険な存在である。
二人を一気に突き放し、逆サイドへ開いていたノノへ。彼女も彼女で、この数分間全くと言っていいほど足を止めず、D組の守備網をこれでもかというほど混乱に陥れていた。
「どうしますっ!? 勝負しちゃいますっ!?」
「どうぞっ、お好きにっ!」
「なら先延ばしってことで。比奈センパイっ!」
ストップに掛かった真琴へ、人を食ったような可愛らしいウインク。可愛いところなんて、それくらいだけどな。小洒落たヒールパスなん出しやがって。
斜め後方からバックアップに入った比奈。
しっかりと顔を上げ、状況を見据える。
9番の少年がボールを奪おうと距離を縮めていたが、彼女は動じない。中央へと引き付けるようにドリブルし、そのまま愛莉へ縦パス。
愛莉はダイレクトで瑞希へ展開。かと思えば、あのボール離れの悪い瑞希から放たれたとは思えない急転直下のサイドチェンジ。
「つまりっ、こういうことなんですよね!!」
「クッ……っ!」
サイドを駆け上がるノノへとピタリ。
真琴は着いて行けず、背走する形に。
先ほどのお喋りも伏線ってわけか。
(展開速過ぎんだろ……ッ!!)
正直に申し上げれば、少々面食らっている。
ここ数ヶ月の練習は、チーム全体でポゼッションを高めるパスワークの強化に比重を置いたものではあったが……とんでもないスピードと完成度だ。
最後尾、フィクソの比奈を始点に、愛莉と瑞希が少ないタッチで捌き、一気にゴール前へと進撃して行く。いくら俺でも、これだけの速さでボールを繋がれては、流石に追い付けない。
人はボールより速く走れないのだ。
もはや技術やフィジカルで片付く問題じゃない。
妬けちまうな。俺抜きでもここまでやってくれるとは。
構いやしない。
それはそれで守り甲斐があるってモンよ。
「ノノっ!!」
「愛莉センパイッ!!」
「……っ! やらせない!」
マイナス性のセンタリングに愛莉が反応。
ほぼ同タイミングで真琴が身体を寄せる。
ゴール前5メートルも無いだろう。背後から肩をぶつられけると愛莉は一瞬だけ足元をよろめかせるが、力強くステップを踏み直し、右腕で真琴を制しながら強引に前へ振り向く。
しかし、真琴も狼狽えない。
身体を目いっぱい広げ、コースを潰しに掛かる。
「あっ!?」
「まだまだねっ、真琴っ!」
渾身のブロックは徒労に終わる。
大袈裟なまでのモーションから繰り出されたのは、シュートではなく横パスだった。コースの狭さを嫌ったのか、利き足でない左脚でのシュートを避けたのか。
いや、違う。愛莉も愛莉で、周りが見えている。自分で撃つよりも可能性の高い選択肢を選んだだけだ。
どちらにしても、ゴール目前で自由の身となった球体が向かう先は、この一連のプレーを完結させるものであるに等しい。
走り込んで来たのは…………瑞希だ!
「ナイスプレゼントっ!」
「やらせっかボケっ!!」
右足インサイドで流し込むようなフォーム。もっとも、このタイミングでのパスを予想で来ていなかったわけでもない。左脚を伸ばしコースを潰す。
仮にダイレクトで撃ったとしても、俺の身体のどこかに当たるだろう。瑞希ほどの手慣れならボールを持ち直して仕掛けに来ることも有り得るだろうが。如何せん、距離感が悪すぎる。
そのまま身体ごとぶつければ、俺と瑞希の体格差では抗い切れないはずだ。ファール上等の覚悟で瑞希を押し倒しに掛かる。
「――――まっ、あたしは受け取らないけどね♪」
「嘘やろッ!?」
まんまと引っ掛かった。
言われずとも気付いてしまった。
さながらトリックを披露する手品師のような、狡猾さを滲ませる不敵な笑み。すべてお見通しとでも言いたげな彼女に引き寄せられるよう、俺たちは交錯し地面に倒れ込む。
勢い余って覆い被さったその先に、ボールの姿は無い。この局面で、触らずにスルーしやがった……!
まさか、スルーしたところでどうするというんだ。ノノは逆サイド。愛莉はパスを出したばかり。比奈に至っては、最後に確認したときまだピッチの中央にいたはず……。
(比奈……!?)
違う。
その仮定は正しくない。
アイツを起点に攻め始めて、どれだけの時間が経ったと思っているのか。これだけ美味しい状況、彼女が見逃すはずがない。気付いたら、一番良いところを持って行く、アイツなら。
もっと早く気付いていれば。
普段、俺がやっていることじゃねえか。
当たり前だ。俺が仕込んだも同然なんだから。
その半分も体現できれば、そりゃこうもなる。
「2番やっ!! 潰せッ!!」
「残念っ、もう遅いんだよなっ!」
胸元で悪戯に笑う瑞希がそう叫んだ頃には、既に手遅れだった。
完全にフリーとなった比奈が、ノートラップで冷静に流し込み、ゴールネットが揺れる。前線に張っていた9番も守備に戻っていたようだが、間に合わなかった。
彼の目を盗んで、視界に入らないようスルスルとゴール前まで入って来たのだろう。それくらい見ていなくても分かる。
歓声が木霊するグラウンド。
比奈の元へ4人が飛び付き、歓喜の輪を作る。立ち上がるのも忘れ、暫しその光景を見つめていた。
決して比奈の存在を忘れていたわけではない。ただ、自陣深くで組み立てに参加した人間が、まさかフィニッシャーになるとは。
想定できないことは無いにしろ、選択肢からは外しても致し方ないだろう。
思い返せば、愛莉がシュートを撃ちやすい状況ではなく、明確にポスト役としてパスを受けた時点で、この展開は約束されていたも同然だった。
そこまでして、ようやく俺は思い返すのである。
最初から最後まで。
コイツらはずっと、フットサルをやっていた。
身から出た錆、というやつだろうか。久々に立ったクレーのピッチで、いつもなら決して見逃すことの無い不安要素を、ついぞ見出すことが出来なかった。
やはり、まだ足りない。
人にアレコレ言っている場合じゃないな。
俺もいい加減に、サッカー選手は辞めなければ。
このチームで俺が輝くためには、もっともっとやらなければならないことがある。ゴールを奪われたというのに、心持ちは何処か清々しい。
まぁ、単純に羨ましさもある。
あれだけ完璧にデザインされた攻撃されちゃな。
「…………やられましたね……っ」
「ああ、完敗や」
同じく息も絶え絶えに地面へ座り込んだ真琴が、口惜しそうに彼女たちを見つめている。
だが、それほど悔しそうに見えないのは、やはり絶妙に緩んだ口元のおかげだろうか。二人揃って似たような顔をしている。
「すいません。自分が姉さんから奪い切ってたら」
「終わったことや。切り替えろ、次や次」
「いや。もう時間切れですね」
言い終えたと同時に、ホイッスルが吹かれる。
なんだ、もう試合終了か。あっという間やな。
結局同点で終わったか。
デカいこと抜かしといて、煮え切れん。
「決着、付けたかったですね」
「お前ならまた機会もあるだろ」
「自分、勝ち馬に乗るタイプなんで」
「…………は? なんて?」
すると今度は、こちらを向いて年端もいかない少年のように屈託もなく笑う。いや、確かに年齢的には間違ったニュアンスじゃないのだけれど。
真琴にしては、随分と正直に笑うものだなと思った。もしかしたら、こっちの方が素面だったりするのだろうか。あまりにも違和感が無くて、自分でも驚いている。
やっぱり普通にしていると、ただただ小綺麗な可愛らしい奴なんだよな。男なのが勿体ないほどだ。なんなら、俺がちょっと見惚れるくらいには。
「100点じゃなくて良かったです。むしろ。自分に足りないものとか、自分がどうしたいかとか。色々分かった気がします。先輩たちのおかげです」
「……そっか。なら良かったわ」
「ありがとうございます。自分なんかのために」
立ち上がり、俺を右手を取る真琴。
引き上げられた視線の先には、小柄な彼の姿。
初めて会ったときよりも大きく見えるのは、成長期だからってほど単純な話でもないだろう。あのときとは。今までとは違う。
「お前のためじゃねえ。セレクションも、ちょっと荒らしちまったからな。お前がここで見せたプレーは、お前自身の力で叶えたものや。そうだろ」
「…………はい。今なら、言える気がします」
「こんなんで背中押された気になんなよ」
「でも、感謝してるのは本当ですから」
「なら、勝手にそう思っとけ」
「はい。勝手に思ってます」
お前自身の力で、ここに立っている。
あまりに誇らしく。
それ以上に憎たらしい、最高の笑顔。
これ以上無い、何よりの証明だ。
「また、一緒にボール蹴ろうぜ」
「ええ。近いうちに、是非」
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