281. セクハラですよセクハラ!


 ビブスを覆い、グラウンドへと赴く。


 作戦会議はほんの少しだけ。真琴を中心としたスタイルは変えないが、俺にも信頼してパスを預けろ。そして、ゴールだけを見てプレーしろ。ただそれだけ。


 グラウンドを囲う全員の注目が俺へ集まっていることも気付いていた。審査役のサッカー部Bチームからすれば、Aチームを破ったフットサル部のエースもとい元凶。既に実力の一端を目の当たりにしているオミや茂木を含めても。


 そして、今日の間セレクションをずっと眺めていた俺を、いったい何者なんだろうと不思議そうな目で見つめる中学生たち。


 最後に、飛び切り自信に満ちた表情のアイツら。

 まぁ、見てろ。すぐに絶望させてやる。



「始めまーすっ!」


 審判役の茂木がホイッスルを放ちD組プラス俺のセレクション組で試合開始。まず落ち着いて自陣でボールキープ……と思っていたのだが、そうは問屋が卸さない。


 最前線の愛莉、サイドの瑞希、ノノが一気に走り込んで来て、パスコースを制限しに掛かる。



 なるほど。美少女がこうも揃って一目散に駆け寄って来ると、中々に恐ろしいというか、身悶える絵面だな。


 真琴と並んで最後方に立つ俺は、ボールを受けそのまま左サイドへと流れていく。対峙するは、フットサル部の暴走機関車ことスーパールーキー、市川ノノ。



「カチコミじゃああああアアッッ!!!!」

「うっせえなお前……っ」


 アホらしい絶叫を伴えば、それほど困難な相手ではないと錯覚してしまいそうになるが。足を伸ばすタイミング、素早い身体の寄せ。どれをとっても一級品。


 並大抵の人間。それこそ、例えばコイツらが先ほどフルボッコにしたセレクションチームの中学生たちならば、強烈なプレッシャーにコントロールを失うのも、分からんことも無い。


 でもな、ノノ。

 お前はまだ、知らないだろう。

 似たようで違う、クレーのピッチに立つ俺を。


 お前たちがこうして立ち向かうのであれば。

 俺はただ、ひたすらに一プレーヤーとして。

 このチームを勝利へ導くまでだ。



「ポストッ!!」


 二本の右脚が交錯する直前。

 最前線へ鋭いくさびのパス。


 受け止めた例の少年は、あまりのパススピードに面食らった様子でややコントロールを乱すも、なんとかトラップし切る。そして、バックアップに入っていた真琴へ。


 中へ絞っていた瑞希が潰しに掛かるが、僅かに真琴の判断が上回った。逆サイドに張っていたビブス3番のチームメイトへ、ダイナミックな鋭いロングフィード。



 サイドでの攻防。そのまま流れて行った比奈がディフェンスに入る。しかし、3番の思い切った縦への仕掛けに比奈の出足は遅れる。


 そのまま折り返しのセンタリング。中で競り合うのは、元喧嘩相手の少年と、守備に戻った愛莉。身長でやや上回る愛莉が、ヘディングでのクリアに成功する。



「落ち着いてっ! コースはあるっ!」

「わ、分かっ――――うわっ!?」

「はいはーい、ごめんねーっ!」


 真琴のアドバイス通り、一旦トラップしてからシュート体勢へ移行しようとした、D組のビブス6番。ところが、寸前のところで瑞希の寄せに遭い、ボールを奪われる。


 一気にハーフウェーラインまで押し上げ、攻め残っていたノノへ展開。ゴールを目指すというよりは、俺に向かっておもっくそ突き進んで来る。


 傍から見れば、普通にピンチ。

 俺の後ろに味方居らんし。


 琴音を専任のゴレイロに置いているフットサル部と違い、ここまで明確なキーパー役を作っていないD組。ノノの技術を持ってすれば、ロングシュートを狙ってくる可能性も十分ある。


 抜け目ない彼女のことだ。

 間違いなく選択肢には入っているだろう。



 本当に選択肢があるのなら、な。

 さて、ノノ。お前には、なにが見えている?



「こっ、コースが……っ!?」

「ハッ。威勢の良さはどこ行ったよ?」

「……つまり、ブチ抜けばいいんですねッ!!」


 意を決してサイドラインへボールを蹴り出し、スピード勝負を仕掛けて来る。さながら徒競走、よーいドンのタイミングでお互い一斉に走り出す。


 戻りながらのディフェンスであるが、それほど苦労は無い。こればかりは性差の問題だ。お前の全速力が俺に敵うものか。舐めるなよ、コーハイ。



「クぅッ……!?」

「はいっ、お疲れさんッ!」


 どうにか中央へ走り込む愛莉へラストパスを送ろうと、腰を入れて粘り強さを見せたノノであったが……ここはフィジカルで強引に押し切り、ボールを奪う。


 それでもなお奪い返そうとチャージを掛けて来るノノだが、左腕一本でブロックし、自由を与えない。ぶつかった反動で、身体をよろけさせる。



「当たってますッ! セクハラですよセクハラ!」

「知るかボケッ!!」


 そうだな、ノノ。お前の数少ない弱点は、狭いエリアでボールを持ったときの個人で打開するアイデアと、それを実現させるパワー。


 夏の大会では比奈とのマッチアップで優位に立っていたが、あくまでそれは、言っちゃ悪いが比奈が相手だったからであり。愛莉や瑞希、俺との一対一は徹底的に避けていたお前だ。


 胸元のボリュームはさておき、体格は比奈や琴音とそう変わらず小柄なノノ。フィジカルの劣勢を運動量でカバーしている側面はやはり否定できない。



「6番ッ!」

「はっ、はいっ!」


 中央のビブス6番へ斜め前方のパス。

 同時に左サイドを駆け上がる。


 彼の元には、そのまま瑞希がマークに着いていたが……うん、悪くないワンツーだ。さしもの瑞希でも、これだけの短い間隔でボールを出し入れされては反応し切れない。



「あーんもう、マジかよおおおおオオッッ!!」

「掛かってこいや瑞希ッ!」

「たりめえだろッ! ブッ殺す!!!!」


 今度は瑞希との一対一。


 お前にも教えてやろう。

 腰が高い。攻め込むときとは段違いだ。



 フットサル部随一のトリックスターである彼女も同様。シンプルに、守備が覚束ないという話。


 球際やゴール前での攻防こそ強かさを見せるが、リトリートの場面で一人晒されると、途端にその弱点が露呈する。

 生粋のボールプレーヤーであるが故、自身の足元にソレが無いときに限って、彼女はどうもボールウォッチャーになりがちだ。


 特に連動したパスワークと対峙すると、欠点はより浮き彫りとなる。背後のスペースを気にしながら走るのが苦手なのか、縦を切るのか、中を切るのか。どっちつかずのポジショニングに終始してしまう。


 もし立場が逆だったとしたら、もうちょっと楽しそうにボール追っ掛けてるんだろうけどな。


 俺が相手では分が悪い。

 これでもドリブラーで名前売ってたんだぜ。



「ギャっ!?」

「股がお留守になっとるわッ!」

「むにゃああああアアッッ!!」


 足を伸ばして来たと同時に、右足つま先でボールをつっ突き股下を通す。一気に縦へ抜け出し、瑞希のつんざくような絶叫を背に中へと切り込む。



「9番ッ! やり切れッ!」


 例の少年、9番のビブスを纏った少年へグラウンダー性のセンタリング。今度は比奈がシュートコースを塞ぎに掛かるが、先に触れたのは彼の方だ。


 目前に迫った比奈のディフェンスに一瞬困惑の色を浮かべたが、トラップと同時に前へ蹴り出し、彼女を置き去りに掛かる。


 必死に比奈も食らい付くが……追い付けない。

 先ほどのサイドでの攻防と同様、遅れを取る。



 成長著しい比奈だが、まだまだ隙は多い。

 特に一対一のディフェンス。


 技術の問題を巧みなポジショニングでカバーしている彼女は、ノノと似たような強みを持っているが……状況を把握する戦術眼に優れる一方で、対人でのプレーにやや迫力を欠く。


 これも小柄な彼女にしてはどうにもならない問題なのだが、アスリートとしての能力も女子のなかでは平凡な比奈では、男子のスピードに着いて行くことも極めて困難だ。


 それが為に、フィクソへのコンバートであったり、司令塔としての役割を課していたのは俺なんだけれど。この辺りで、一度直面しなければならない課題だろう。



「撃てっ!!」


 真琴の言葉を待たず、シュートが繰り出された。

 しかし、黙ってやられるフットサル部でもない。


 比奈もどうにか足を伸ばしコースを制限したことで、シュートは琴音の正面やや左寄りに飛んで行く。中々の反射神経を見せ、見事に弾いてみせた。


 零れ球に反応した3番。ゴール前へ戻って来たノノと、激しいセカンドボールの争い。交錯の末、フォローに入っていた真琴の足元へと転がっていく。



「姉さんっ……!!」

「やらせないわよっ!!」


 すぐさま愛莉が身体を寄せ、前へ立ち塞がる。


 ここに来て姉弟対決か。

 アツイ展開だ。さて、どう転がるか。


 まっ、一人に任せるほど俺も鬼じゃない。

 言っただろ。お前だけじゃない。

 このチーム、俺たちで勝つんだよ。



 手本を見せてやる。



「上だっ、真琴ッ!!」

「――――先輩っっ!!」


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