280. 主役になる気満々
2-0のスコアを保ったまま、真琴たちの初陣は終了の笛を迎えることとなった。つい10分ほど前まであれだけ険悪だった五人が、はち切れんばかりの笑みを浮かべハイタッチを交わす。
一方、為す術なく敗れてしまった相手チームはすっかり意気消沈。真琴を中心とした質の高いポゼッションに、2点目を失ってからは全く着いて行けなかった。
個々のクオリティーにそれほど大きな差は無かったように見えたが……やはりこの短い時間の間で、どれだけチームとしての完成度を高められたか。これが勝敗を分けることになったと言えよう。
グラウンドの脇で試合を見つめていた愛莉の姿を見つけ、こちらへ駆け寄ろうとした真琴だったが。
俺を含めまぁまぁ大所帯の人間に見られている手前、少し恥ずかしそうに右手を小さく上げるのみに留まる。こんなところはまだまだ年齢相応。
「……良かった……っ」
「まっ、あれくらいやってもらわんとな」
再び五人固まって次の試合へと作戦会議を始めた彼らを見つめ、愛莉は安堵のため息を漏らす。この調子で行けば、このあとも心配は要らないだろう。
全部で六チームに分けられたことで総当たりというわけにもいかず、各チーム三試合までということになったらしい。
すぐにやって来た真琴たちのチームの次の試合。
これも3-1と見事に快勝。
同じく最後方からゲームを組み立て、チャンスと見れば巧みに持ち上がりパスを散らす。最後は零れ球に詰め、自らもゴールを決めて見せた。
さて。こうなってしまえば、フットサル部の出番はもはや必要無いような気もするが。真琴たちの躍動ぶりを見て、どうにも血が滾っているというか。
ウズウズして仕方ない瑞希やノノを筆頭に、グラウンドへと飛び出して行く5人の精鋭。もとい、偽プリ○ュア共。
「比奈センパーイっ!」
「ノノちゃんっ!」
右サイドでボールを受け、中へと切り込んでいくノノ。逆サイドから走り込んで来た瑞希とスイッチし、彼女はそのままスルスルと相手選手二人の間を突破する。
最後はキーパーも躱し楽々とゴールイン。いえーい、と気の抜けた声と共に満点のダブルピース。
……簡単なプレーじゃないからな。手を使って止めに来るキーパー相手に、さも当然かのように逆を突いて一瞬で振り切るんだから。愛莉が愛莉なら瑞希も瑞希だ。
「……何点目だこれ」
「4点」
「年下とはいえ男相手にここまで圧倒するかぁ……?」
感心しているのか、呆れているのかも分からないオミの途方に暮れた呟きが力無く響いた。真琴たちの活躍で俄かに活気付き出したグラウンドは、再び静寂に包まれ始める。
二試合目もほとんど相手チームに主導権を渡さず、圧倒的な差を見せ付ける結果となった。普段より広いコート、異なるボールの影響など微塵も感じさせない。
それどころか、軽い質感のボールは彼女たちのイマジネーションを更に向上させているようにさえ思う。
今の4点目こそ華麗な連携からゴールを奪ったが、先制点は愛莉のミドルレンジからの一発。
2点目、3点目は最後まで崩し切らずに、瑞希とノノがそこそこの距離から放ったシュートがそのままネットに収まっている。
「……強いな、フットサル部。普通に」
「ぶっちゃけここまでとは思っとらんかった」
「女子だけの大会でも勝ち抜けるだろ、あれ」
「あるなら出てもええけどな」
もはや驚きもせず淡々と呟く隣の峯岸。
かく言う自分も、もう見慣れてきた節はある。
正直に言えば、ちょっと苦戦する予定だった。
いくらアイツらがそんじょそこらの女性プレーヤーよりか抜けている存在だとはいえ、相手は男子オンリー。
現役サッカー部の彼らが相手なら、フィジカル的に劣勢を強いられてもおかしくない。
にも拘らず、性差によるハンデを全く感じないのは。やはり夏休みの間、重点的に鍛え上げた流暢なパスワークが大きな要因となっている。
身体を寄せられる前にボールを手放し、すぐ次のポジションに動き直す。サッカーでも必要不可欠だが、コートの狭いフットサルではより大切な要素だ。
「くすみーんっ、こっちこっち!」
「はいっ、瑞希さんっ。比奈っ!」
「おっけーっ!」
瑞希からのバックパスを処理し、冷静に反対サイドの比奈へと展開する。チャンスと見てプレッシャーを掛けていた相手チームの少年が、面食らったようにパスの行先を眺めていた。
付け加えるのであれば、琴音が不慣れなグラウンドにも拘らず、こうして無難にパス回しへ参加しているのもかなり大きい。
あの5人のなかではゴレイロの練習を重点的に行って来たこともあり、足元の技術はそれほどな琴音。
だが、ドの付く初心者から始めた彼女は余計なキックの癖や、経験者特有のながら作業的なニュアンスで出してしまうパスがほとんど見受けられない。
決して上手くは無いが、一つひとつのプレーを極めて丁寧にこなしている。度胸も勇気も人一倍の彼女だ。プレッシャーに見舞われても、しっかり顔を上げて冷静に周りが見えている。
「しっかし、市川も上手いな……」
「マネージャーに置いとくにゃ勿体ねえだろ」
「いや、ホントそれ」
オミが見つめる先には、コート中央を起点にあちこち動き回り何度もボールへ触り、次々と位置取りを変えるノノの姿。
夏の大会で見せたステルス性能は今もなお健在だ。豊富な運動量と、巧みなポジショニング。留まること無く走り続け、守備のポイントを作らせない。
今までは俺と瑞希が担っていた役割を、ほぼ一身に引き受けている状態だ。だからこそ、比奈も落ち着いてボールを捌けるし、瑞希も縦への仕掛けに集中することが出来る。
先日届いたばかりの、真新しい99番のユニフォームがピッチの至るところへ現れる。これで守備もしっかりこなしてくれるんだから、凄まじい。
――――凄いチームだ。掛け値なしに。
持ち味が完璧に調和する、見事なハーモニー。
「おっしゃ、行けノートルダムッ!」
「試合中にそのあだ名なんとかなりませんッ!?」
鋭いツッコミと同時に、裏のスペースへと一気に走り出す。瑞希がマーカーを一人外し、斜め前方へのスルーパス。足も意外と速い。その代わり、胸元がゆっさゆっさと揺れているけど。
タッチラインギリギリのところで追いつき、そのまま中へと切り込む。
対峙する相手選手もどうにかコースを切ろうと身体を寄せるが、食らい付いたところを見計らって、中央の愛莉へラストパス。
「ドりゃああああアアッッっっ!!!!」
えげつない声出すなお前。
仮にも美少女で売ってんだろ。控えろや。
右足でトラップし、反転して左脚を豪快に振り切る。強烈な一撃が、再びゴールネットに突き刺さった。
いや、本当に尊敬するよ。今のトラップだって、ワンタッチで撃ちやすいところへしっかり置いているし、右腕で相手の寄せを抑えながらのシュートだもん。エディンソン・カバーニもビックリやわ。
ゴールを差し示すホイッスルと共に、試合終了。
たった7分で5点も決めたか。それも無失点と。
いや、だからお前ら。
これ、中学生たちのセレクションだから。
忘れんな。主役はお前らじゃ駄目だろ。
「さーて、どうしよっかね」
「言うてもう決まっとんやろ、次の組み合わせ」
「まぁな………C組、交代! D組入って!」
というわけで、真琴のチームとフットサル部の対決だ。
オミ、お前もな。あんまり調子乗るなよ。仮にも試験官の立場だろ。普通に強いチーム同士の対戦楽しみにしてんじゃねえよ。
なんて、言ってる傍から俺もワクワクしている。
今の二チームなら、良い勝負になるだろう。
「あ、あのー……すいません」
「ん? どうした?」
真琴のチームが少々困ったようにオミのもとへ。
うちの一人は、やや足を引き摺っている。
「すいません、さっきの試合でちょっと痛めちゃって……すっげえ悔しいんですけど、でも、来週大会もあるんで、ちょっと休ませてもらおうかなって……」
「おいおい、大丈夫か?」
「ただの打撲なんで、たぶん……っ」
どうやら怪我をしてしまったらしい。
まぁ、このセレクションもあくまでサッカー部の面々が見ているだけの、そこまで本格的なモノでは無いからな。中学最後の大会が迫っているだけに、無理をする必要も無いだろう。
だが、困ったな。他のチームから一人借りればなんてことないだろうが。この状況で次の試合に飛び込む勇気がある奴も、早々居ないだろう。このセレクションでは少し抜けた二チームだし。
「…………廣瀬、出るか?」
「……え、オレ?」
「一応動ける格好してんじゃん」
「そりゃあ、やれんこともねえけど……」
オミからの唐突なご指名。
すると、真琴のチームに入れと?
「いいねえいいねえ。滅多に無い機会じゃねえか」
「おまっ……軽く言うなよな」
「あ、それ俺もフツーに見たいわ」
分かりやすくニヤ付いている峯岸に、遠目から様子を見ていた茂木まで賛同してくる。いや、だから、セレクションだろ。俺が出るより他のチームの子にチャンスあげろって。
「あれっ、センパイが代役ですかっ!? わおっ! ノノ的にちょっと、いや、なんともアツイ展開なんですけどッ!」
「今ならハルがいても勝てる気すんなー」
「別に逃げてもいいのよー?」
…………アイツら、調子乗り寄って。
分かった。そこまで言うなら、出てやるよ。
覚悟しろ。ボッコボコにしてやる。
「……そういうわけで、宜しく」
「あ、はっ、はい……お願いします」
「長瀬、この人、上手いのか?」
先の少年が真琴へそんな風に問い掛ける。
するとコイツは、少し含みのある笑みを浮かべ。
「……敵には回したくないね。でも、味方だったら、凄いよ。勝てる気がする。この人がいるなら」
なるほど。そう来なくっちゃ。
せっかく躍り出た主役の座。
簡単には渡せないよな?
「…………勝つぞ、真琴」
「……はいっ、やってやりましょうっ!」
力強いハイタッチと、四つの瞳が重なる。
まさか、こんな展開になるとはな。仕方ない。このグラウンドでも、味方になってやるよ。
取りあえずな、取りあえず。
俺も俺で、主役になる気満々だから。
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