274. もっと性質悪いよ


 来たる土曜日。もはや半袖短パンのユニフォーム姿では立つのもやっとなほどの寒さに落ち着き始め、暖かいピステが手放せない。


 フットサル部の皆との約束の時間より少し早く学校へ到着した俺は、既にグラウンドで準備を始めていた連中の元へと歩み寄り、勝手知ったるクラスメイトへと声を掛ける。



「廣瀬っ。ごめんな、手伝って貰っちゃって」

「おはよ、オミ。こっちこそ無理言って悪いな」


 サッカー部のジャージ姿のオミがマーカーコーンをグラウンドに散りばめている。他にもちょこちょこ見慣れた顔が何人か。俺の姿に気付いたのか、D組の茂木もこちらへ駆け寄って来た。



「あれ、ミスターハーレムじゃん。どしたのこんなとこで」

「その呼び名を改善しない限り口を開かん」

「あははっ。ごめんごめん。で、どったの廣瀬」

「ちと入り用でな」

「もしかしてセレクションにでも混ざる感じ?」

「当たらずも遠からずってとこやな」


 午後から山嵜高校サッカー部の、中学生を対象としたセレクションが開催される。


 林、菊池らAチームの連中はハンチョウ含め大会で出払っているため、Bチームの選手たちが仕切るのが毎年恒例となっているそうだ。なんなら実に都合の良い話でさえあった。


 先日の授業で下克上を果たしたオミを筆頭とするBチームの面々だが、結局チーム内での立ち位置は大して変わっていないらしい。最も、彼ら以上に煽りを喰らった奴らも居るにはいるみたいだが。



「アイツらおるやんけ。牧野とササなんちゃら」

「佐々木な。こないだから調子落としててよ」

「どう考えても廣瀬にボコられたのが原因っしょ」

「俺の所為にすんなよ……」


 一応には他の連中にも話が通っているようだが、話に上がった二人はちょっとばかし気まずそうな面持ちでこちらを眺めている。別に申し訳ないことをしたとか思わんけど。実力やろ普通に。



「で、廣瀬はなんの用事なん? 俺もオミからふんわりとしか聞いてないんだけどさ。え、もしかして中学生相手に無双噛ますの?」

「いや、俺は出ねえよ。ただ、ちょっとな」

「共闘ってところだな。ほら、なんだかんだ言って廣瀬は見る目あるし、俺らもセレクションっつったって誰が上手くて下手とか、詳しく分かんねえだろ?」

「仮にも元代表だからねえ。それもそっか」


 オミの話す通り、峯岸からサッカー部のセレクションについてなんとなく教えられた後、彼にもその話題を振ってみたのだ。すると「目利きを手伝って欲しい」と頼まれ、今こうしてここに立っているというワケ。


 そこまではまぁ、友達の誼としてなんてことはない事情だし、俺も俺で多少は興味があったから良かったのだけれど。今回のアイツの件も重なって、一つ協力して貰った。



 ……あ、そう。結局オミとこの茂木は、俺の素性を調べてしまったみたいで。かつての実績や、サッカー部に入らなかった理由もなんとなく知っている。


 あまり言い触らさないようにと忠告はしてあるが、オミはともかくこの茂木という男はなんとも軽薄というかお喋りな奴で、もうサッカー部には知れ渡ってしまっているようだ。



「まっ、茂木ちゃんにはお楽しみってことで」

「えー? なんなん気になるじゃん」

「最後の試合までには連れて来るから、頼むわ」

「あいよ。その辺で見ててくれ」


 オミの一言を合図にしたかはともかく、新館からゾロゾロと異なったジャージ姿の集団が現れる。


 どことなく顔つきは幼く、けれども野心に満ちた悪くない表情。ただ、緊張感は否めないところ。


 セレクションを受ける中学生たちだ。

 人数にしておよそ30人ほどか。


 集団から少し遅れるような形で、長瀬弟も現れた。元々の性分なのか、誰かと会話を弾ませるようなことも無く、一人キリッとした装いでグラウンドを見つめている。


 オミが集合を掛け、俺はセレクション組と入れ替わるように端のネット脇へと移動した。さてさて、どうなることやら。



「じゃ、セレクション始めます。と言っても、そんなに堅苦しいものじゃないから、あんまり気を張らなくても大丈夫だから、その辺安心してくれ。もうなんとなく聞いてると思うけど、別に合格してもイコール推薦ってわけじゃないからな。Aチームの練習に参加できるってだけだし」


 飄々とした様子で中学生たちへ語り掛けるオミ。口では簡単に言うが、中々厳しい現実を突き付ける。要するに「お前らはスタートラインにも立てていない」と言っているのも同義だからな。



「えーっと、あ、自己紹介な、忘れてた。Bでキャプテンやってる二年の葛西武臣です。こっちは副キャプテンの……」

「茂木哲哉でーす」

「最初は簡単なアップから入って、最後は試合って感じで回していくんで、よろしく。あぁ、それと今日なんだけど、特別ゲスト。あっち見てみな」


 どういうつもりか、オミは俺の立っている方へ手を向けて少し意地悪気に笑った。中学生たちの視線が一気に集まる。なんだ、こっち見んな。集中せえや。



「匿名希望らしいから詳しくは言えねえけど、今日のお前らの運命を半分くらい担ってる実質的な試験官だから、アイツ。色々媚び売っといた方がいいよ」

「Aチームの先輩ですか?」

「もっと性質悪いよ。まっ、頑張れ諸君」


 一人声を挙げたセレクション組に、茂木がニヤニヤと笑いながら返事をする。そんな悪の根源みたいな言い方をするな。余計なイメージ持たれんだろ。


 群衆のなかには、同じくこちらを見つめる長瀬弟。一瞬だけ視線が重なり、小さく親指をグッと立て声にも満たぬエールを送る。少し緊張した様子で、彼もこくりと頷いた。



「じゃ、ボールは出しといたから、まずはアップからな。10分後にもっかい集合掛けるんで、頑張ってください。はい、解散!」




*     *     *     *




 30人近い中学生たちが、所狭しと土のグラウンドを駆け回る。見知った同郷同士でパス交換をしたり、入念に身体を温めたり、リフティングをしている奴など、その準備方法は多種多様様々。


 やがてオミがホイッスルと共に集合を掛け、本格的なセレクションが始まった。

 まずは5人一組となり、鳥かごをやらせるらしい。最近フットサル部でもあんまやってないな。



「ういーっす。調子はどう?」

「始まったばっか」

「いやぁ。若いねえみんな。食べちゃいたいわ」

「お前が言うと洒落にならねえんだよ……」


 今日も今日とてだらしなく着こなしたスーツが印象的な、我らが幽霊顧問、峯岸綾乃のご登場である。


 毎年セレクションは何だかんだ見ているらしく、どこか懐かしそうな顔をしてグラウンドの中学生たちを一瞥する。



「ホント今更だけど、必要あんのかね」

「は? お前が言うんかよそれ」

「いくら私学のそこそこ強いサッカー部っつってもよ。別に、一般入学でも入部は出来るんだぜ? ただ監督の目に留まりにくいってだけで、実力さえあれば上へは行けるんだからさ」


 言わんとすることも分からないでもないが。


 ただ、意外と面倒な仕組みではあるのだ。この辺りユースも部活も変わらない。飛び級なんて下部組織でも早々起こり得ない特例の一つもであるし、どんな選手も各々のカテゴリーを踏んでから昇格していくのが一般的なスタイル。



 どれだけ実力的に抜けていても、いきなり最下層からトップへ昇格するなんてことはまずあり得ない。


 だから彼らも、日の目の当たらない一般入学組やCチームからの合流を避け、こうして今のうちからある程度名前と実力を売っておこうと躍起になっているのだ。


 ……まぁ、俺が語れるような話でもないんだけど。そういう面倒な仕組み、全部スッ飛ばして来たからなぁ。



「長瀬ブラザーはどんなもんよ?」

「まぁ、普通やな。今のところ」


 鳥かごに混ざりボールを追い掛ける長瀬弟。

 素早い身のこなしで、巧みなパスカット。


 たったこれだけのレクリエーションでも、ある程度の上手い下手は見えて来るものだ。やはり当人や愛莉が話していたように、この30人のなかでも長瀬弟の実力はやや抜けている。


 ボールの追い掛け方。パスを受ける姿勢、その後の展開を見ても、他の面々よりだいぶ余裕がある印象だ。

 あちこちボールがズレてしまう周りの中学生たちとは異なり、ほとんどその場から身体を動かさない。



「あれか。確かに動きは悪くないな」

「まぁ、こっからやろ」


 技術的には問題ない。

 弱点が露呈するとすれば……これからだ。


 同世代に混じっても長瀬弟の体格はかなり細く見受けられる。アスリートとしてはかなり華奢な部類に入ると言ってもいい。線の細さは比奈や瑞希と同等だろう。


 その辺り、このあとの試合等でどのようにカバーしていくのか。言うて、そこまで不安には思ってないけどな。


 あとは、お前が持っている力をしっかり出し切れるか。同じジャージの連中に、余計なこと言われなきゃええけど。



 寒空の下、真っ白な肌に滴る汗の粒。長閑に過ぎるこんな時間にも、彼らの運命は少しずつ定まっていく。


 闘いの火蓋はとっくに落とされている。



(…………頑張れよ、真琴…………)


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