275. スマイルチャーーーージ!!


 10分ほどの鳥かごと簡単なパス練習、シュート練習を経て、山嵜高校サッカー部のセレクションはいよいよ本題である試合形式のトレーニングへと移行する。


 再びオミを筆頭にBチームの待つ元へと集合し、チーム分けが進む。総勢25人の中学生たちを五人5組に分けるようだ。試合はハーフコートを使って行われるらしい。


 おおよそは同じ中学のジャージを着た面々で固まっている。勝手知ったる仲間との共闘に多くは胸を躍らせているようだが、真琴の表情は冴えない。


 それどころか、チームメイトとは少し距離を置いたところで冷たい視線を放っている。恐らく、先日揉めた奴があのなかに居るのだろう。気持ちは分からんでもないが。



「で? なに計画してたんだよここ最近」

「まぁ、色々とな…………ん、ノノ?」


 ポケットが震え、ノノから電話が掛かって来る。

 こっちもそろそろ準備が出来たみたいだな。



「あいよ。ウォーミングアップは済んだか?」

『バッチリですっ! しっかり用意して来ましたっ! 装備もカンペキですっ! 間違いなく陽翔センパイのご期待に添えるかとっ!!』

「装備……? まぁええけど。すぐにでも来てくれ」

『任されましたぁっ!!』


 スピーカー設定しているわけでもあるまいに、馬鹿みたいによく通る声だ。セレクション組の誰よりも元気だろ。むしろ見習え。


 しかし、装備とはいったい何のことか。俺はただ「相手になってやれ」としか言っていないのだが……なにか余計なこと考えてるなアイツ。



「ボッキボキに折ってやるっつうわけさね」

「どうかね。年下とはいえ男相手じゃ厳しいだろ」

「その相手に勝ったのはどこの誰だっけ?」

「馬鹿言うな。半分は俺のおかげや」

「まっ、楽しませてもらおうかな」


 事の結末をすべて見抜いているかのように、ニヒルな笑みを浮かべる峯岸。


 お前はお前で、フットサル部を過信し過ぎなんだよ。もうちょっと顧問らしい仕事の一つでもしろ。俺以外にも。



「さて。6チームに分かれたところで、これから試合に入るんだけど……各々の実力はだいたい分かったから、こっからはチームとしてどれだけ上手くやれるかってところを見させて欲しいんだ」


 オミの話を真剣に聞いている中学生たち。

 ここまでは真面目な話。そう、ここまでは。



「だから今日は、特別にの精鋭に来てもらった。お前たちがこれから目指すべき存在であり、個人の実力も、チームとしてもずば抜けた完成度を誇る…………廣瀬ー、これでいいんだっけ?」

「馬鹿ッ、聞くな。スッとやれえや」

「あー、はいはい。じゃ、どーぞー」


 我ながらクサイ台詞のオンパレードである。というか、ほとんど瑞希の考えた台本なんだけど。中々に大見切ったな。


 すると、校舎のすぐ脇に隠れていたのか。

 五つの影がグラウンドへ勢いよく飛び出す。






「フットサル部っ、スマイルチャーーーージ!!」



 待って。

 


「キラキラ輝く未来の光! ノノハッピー!!」


「太陽サンサン熱血パワー!! キュア瑞希ッ!!」


「ぴかぴかぴかりん、じゃんけんぽ~~ん! 比奈ピース~!」


「……ゆっ、勇気りんりんっ、直球勝負っ! きっ、キュア愛莉っっ!!」


「しんしんと降り積もる…………えーっと……その…………楠美です……」



 えぇ。



「ちょっ、琴音センパイっ! さっき教えたじゃないですかっ!」

「本当に必要なんですかこの口上は……!」

「もう琴音ちゃ~ん。ここは勇気出してバシッと決めないと駄目だよ~」

「ほらぁやっぱりスベったじゃないっ!! ていうかおかしいでしょっ!! 世代じゃないしっ!!」

「長瀬は長瀬でツッコむとこおかしーから」

「とにかくっ! 皆さんっ、行きますよっ!!」


 謎に綺麗に纏まった決めポーズを披露。あぁ、瑞希とノノのアイデアが混ざるとこうなるのか。酷い。酷過ぎる。



「五つの光が導く未来!! 輝け!!」


『『スマイルフットサル部!!!!』』




 ……………………




「お前らいつからお笑い芸人になったの?」

「俺を一緒くたにすんな」


 苦笑いの峯岸に内心全力で肯定する。


 顔に付けていた仮面をブン投げ、各々好き勝手にポーズを取るフットサル部。もとい、アホ5人衆であった。いや、ホンマなにやってんお前ら。キッツ。



「…………あー……というわけで、その……フットサル部もセレクションに協力してくれるっつうことで……まぁ、実力は折り紙付きだから、宜しく頼むわ……」


 呆気に取られたというよりはシンプルにドン引き状態のオミが、どうにか場を繋いでくれた。


 言うてBチームの面々も中学生たちも似たような顔をしている。ごめん。なんか、本当にごめん。



「…………姉さん……」


 お前に関しては本当にごめん。

 でも何だかんだ付き合っちゃう姉も姉だから。



「センパイっ!! どうでしたかっ!!」

「死んでしまえ貴様」

「アレェェーーッッ!? プリ○ュア好きだって聞いてたのにッ!?」

「存在しねえよそんな事実は」



 全力でドン滑りした連中をどうにか忘れようと、中学生たちは何も起こらなかった世界線をどうにか思い描き、再び気合を入れ直して各チーム同士、作戦を練り始める。


 自信どころか話の腰をボキボキに折ってしまった叱責を代わりにオミを始めBチームの面々に捧げ、いよいよ最初の試合が始まろうとしていた。



「じゃあ、最初はA組と、フットサル部! コート入って!」


 早速お出ましか。

 可哀そうにAチーム。超やり辛そう。


 が、ここらでコイツらがただのおふざけ集団で無いことも、一応には証明しておかないと。その辺りオミなりに気を遣ってくれたのだろうか。だとしたらそれは愛。愛だよきっと。



「頼むから試合は真面目にやれよ……特に瑞希」

「まぁ見とけって。ちゃんと準備して来たからさ」

「おい、なんで琴音がいてこうなんだよ」

「市川さんが楽しそうだったので、つい……」

「結局付き合っとるお前もお前や」


 ユニフォーム姿でこちらも見てくれだけは臨戦態勢である。先発のA組を筆頭に、いったい何なんだあの良く分からない美少女集団はと、あまり聞こえの良くない噂話がここまで伝わって来るようであった。


 そんななか、ちょっとだけ落ち着かない様子で待機中の中学生たちを見つめている奴が一人。愛莉だ。



「ね、ねぇハルト……真琴、どんな感じ?」

「まぁまぁ。この調子なら問題ねえやろ」

「そ、そう……なら良いんだけどさっ」


 心配そうに弟の姿をジッと見つめる愛莉。


 いやしかし、実際そうなんだよな。

 よりによって同じ中学でチーム固まったし。


 本来の動きを見せられれば何の問題も無いだろうが、真琴は今でも同じチームの面々と距離を置いて、一人離れたところに座って試合を待っている。



 だからこそ、もう一度思い出して欲しい。


 俺が課した最大の課題を。

 フットサル部がお前たちの前に立つ意味を。


 余計なことしたせいで忘れそうになってるけど。

 ノノだけは絶対に許さん。あとで殺してやる。



「いつもより広いコートやからな。気を付けろよ」

「はーい。頑張って来るねえ」

「比奈、もうお前だけが頼りや」

「うん、期待してて。ちなみにスマイルを推したのはわたしだよ」

「やっぱ許さねえ」


 期待一割、不安九割を残しコートへと散らばっていく。


 ポジションはほぼいつも通り。ゴレイロに琴音。俺が務めているフィクソに比奈。アラは右にノノ、左に瑞希。頂点に愛莉。



 さて、こっちもこっちの心配をしなければ。


 仮にもフットサル部にとって、一つの試金石でもあるのだ。俺が居ない状態で、どこまで戦えるか。こんな場所をテストに使うのもどうかとは思うが、結構丁度いい相手なんじゃないかと思う。


 男子と女子ではフィジカルの差は否めないし、サッカー部戦にしても夏休みの大会にしても、俺の存在がチームを底上げしたおかげでという側面はどうしても残る。


 強豪山嵜高校サッカー部を目指す野心的な中学生たち。本気でやり合えば、互いにとって良いレッスンになる筈だ。



「7分一本! オフサイドありで!」


 オミの掛け声と共に、ホイッスルが鳴り響く。

 さてさて、どうなることやら。


 ほら、真琴。そんな冷めた目で見んなよ。

 お前が必要としているもの。

 全部このピッチに詰まってるぞ。


 ……多分な、たぶん。


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