273. 女誑しめ
「……どういうことだよ」
「真琴がサッカー始めたのも、私に影響受けたからなんだけど……まぁ、年の差はあるって言ってもさ。やっぱり、私が通って来た道を、真琴も通ってるから。ずっと劣等感みたいなものもあるんじゃないかなって……」
「それこそ愛莉にはどうしようも出来ねえだろ」
「でも、真琴には辛い現実だったんだじゃないかな……だって、どんなに頑張っても私と比較されて来たんだもの。これでも、昔はまぁまぁ有望株だったし……肩身狭かったと思う」
「…………まぁ、な」
「真琴だって、そうなることが分かってなかったわけじゃないと思うよ。でも、分かってたからって、全部飲み込めるほど人って強くないし……ああ見えて、結構泣き虫だからさ」
……そうか。俺には経験が無いから分からない範囲だけど。言われてみれば自分より上手い人間が自分の一番近くにいるって、結構辛いことなのかもしれないな。
恐らく弟氏が愛莉と同じ常盤森に進学しなかったのは……愛莉の厳しい状況にビビったからでも、金銭的な事情を顧みて遠慮してしまったからでもない。
愛莉とは違うところで。
自分一人の力で、実力を証明したかったからなのではないか。
だからこそ、いま置かれている状況に腹が立って仕方無いし、悶々とした思いを消化することも出来ない。そして、ここまで話が拗れてしまっている。
だとしたら、愛莉。
姉としてやれることは、一つしか無いだろ。
「……ええ加減、姉離れの時期かもな」
「…………姉離れ?」
「もう中三やろ。心配なのは分かるけどよ。アイツもアイツなりに自分がどうしていきたいか、どうなりたいかくらい、本当は分かってるし結論も付いとる。そろそろお前の姉弟やなくて、長瀬真琴っつう、一人の自立した人間になりたいんだよ」
甘やかし過ぎたとは思わないけれども。
それがアイツにとって弊害なら。
手を貸さないのも、一つの解決策かもしれない。
「お前に出したパス、あれがアイツの答えや。姉に花持たせたいだけなら、あんなキッツいパス出すわけねえやろ。俺に勝つために、必要なことだけやったんだよ。それは、お前とアイツの間に元々あったものが産み出した結果じゃねえ。アイツが、自分自身のために出したパスや」
「…………真琴が……っ」
「愛莉。お前も、アイツと対等にならなアカンわ」
そうだ。アイツに必要なのは、何もピンチのときに手を貸してくれる、都合の良い味方ではない。自身の持つ力を活かし、そして自分自身を昇華させてくれる、対等な存在なのだ。
ならば、俺たちの仕事は最低限でいい。
ただ、見守るだけ。それで十分だ。
きっとそれが、アイツにとっての理想の
「…………出来るかな」
「出来ねえわけねえだろ。兄貴役はともかく、本物の姉はお前しかおらん。そもそも前提が違うんだよ。出来るかなじゃねえ、やれ」
「……たまーに厳しいこと言うわよね、ハルト」
「俺が優しかったときが何時あったってんだよ」
「…………ううん。ハルトは、いつも優しいよ」
「…………えっ?」
お前こそ、急にそんな優しい顔をするな。今のやり取りのどこに微笑ましい要素があるんだよ。
「ありがとね、ハルト。真琴のこと、真剣に考えてくれて。あの子もあの子で、感情表現下手くそだけど…………でも、伝わってると思う。ハルトの優しいところ。だから、大丈夫」
「…………お、おう。ならええけどな」
「でも、もうちょっと優しくしてあげて? 結構撃たれ弱いんだから…………もし土曜日、上手く行かなくても……それを受け止めてあげるのも、私たちの役目でしょ?」
「…………そうだな」
まぁ、まだ何も決まっちゃいないんだよな。
アイツがどうするか。
どうなるかは、週末に掛かっている。
そう悪くない結末を迎えるんじゃないかとは思っている。だって、最後のプレー。俺、結構本気で取りに行ったんだぜ。なのに追い付けなかったんだから。
やっぱりお前は、愛莉の弟だよ。
何も心配は要らない。
この程度の小さな、低くて脆い壁。何度だって打ち破るほどの力も、知恵も。そして、勇気も。ちゃんと持ち合わせている。そう信じている。
「……ここまででええ。ありがとな」
「うんっ。じゃあ、明日ね」
「集まって、もっかい作戦会議な」
「分かった。楽しみにしてる」
「あぁ、それと、愛莉」
「うん? なにっ?」
一応、これも伝えておかなければいけないことか。俺がここまで顔を突っ込んだ説明が付かない。
「…………一人で抱え込むなよ、お前も。前も言うたけどな。愛莉の問題は、俺たちの問題や。別に、責任丸ごと預けろとは言わねえけどよ。半分くらい一緒に考えさせろ。ええな」
「…………うんっ。ありがとっ」
「お前のシケた面なん、もう見たかねえし」
「…………う、うんっ。分かった……」
「じゃあな。風邪引くなよ」
適当な気遣いを残し、その場を去る。
暫く歩き進めると、彼女の姿は見えなくなった。
満天の夜空には、見頃に入ったオリオン座の星々が浮かんでいる。出来るなら、あれくらいが丁度いい。大きさや形は違えど、その一つでも欠ければ、星座は成り立たない。
何か一つに依存するわけでもなく。それぞれが輝きを放ち続けることで、一つのモノとして初めて存在し得る。
俺たちが目指すべき場所は、きっとそんな姿だと、柄でもなくキザなことを思いながら、駅への短い道のりを進んだ。
…………にしても、寒いな。
長瀬家、すっげえ快適だったなぁ。
帰るの怠いし、やっぱり泊めてもらおうかな。
「…………あん」
不意に振動するポケットのスマートフォン。
差出人は…………愛莉?
『この、女誑しめ』
「…………はぁ……っ?」
意味不明な文言に、思わず頭を捻った。
が、真っ当な返事が思い浮かぶはずも無く。
適当なスタンプを添えてしまい直す。
無論、そう長くも無い時間のうちに、彼女がどこへ走り去っていったのか。俺みたいな事足りない人間には知る由もない今日この頃である。
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