262. 舐め腐りやがって
「センパーーイ!! 一緒に帰りましょーーッ!!」
「うっせえ声デケえんだよ」
その翌日。
試験前でだいぶストレスが溜まっていたのか、みんな揃いも揃って「気分転換したい」という言葉を合図に、俺たちはいつものテニスコートへ集まったのだった。
前回同様、赤点とギリギリの攻防を繰り広げるであろう愛莉と瑞希が率先してこういうことを言い出すのだから、果たして真っ当な気分転換として機能するのか甚だ疑問ではあったが。
絶望的な点数を叩き出した五限の小テストのことなど微塵も覚えていないであろう、爽やかに冷たい汗を流す彼女たちを眺めていると割とどうでもいいことのように思えて来て、改めて自身を顧みる今日この頃である。
「ノンノンノンッ! ハルはあたしと用事があるんだよっ! サ○ゼで死ぬほどミラノ風ドリア奢って貰うっつう大事な約束がなっ!」
「あっ、じゃあノノも着いて行きますっ! せっかくなので勉強教えてくださいっ! 瑞希センパイはしっかり集中して食べててもらって大丈夫なのでっ!」
「アアァァンッ!? 調子乗んな後輩ゴラぁっ!」
「センパイこそ、陽翔センパイの貴重な時間を奪おうったってそうはいきませんよっ! 老兵は去るのみなのですっ!」
「だぁぁれが衰えてるってェェッッ!?」
「いだだだ゛だだダダ゛ダダッッ!!!!」
練習終わり。更衣室から談話スペースへ戻って来たノノと瑞希がキャットファイトをおっ始める。ここ数日ですっかり見慣れてしまった、ノノがちょっかい掛けて始まるお約束の流れである。
文化祭を境に、ノノは4人のことを名前で呼ぶようになった。彼女なりに距離を縮めようと努力しているのは認めるが、やり方ってモンがあるだろ。
良い傾向とは呼ばない。
これを良しとしてはいけない。
「もうっ、いい加減にしなさいって」
「愛莉センパイもサイ○行きましょうよっ! ノノに教えてもらうぐらいお馬鹿さんなんですからっ!!」
「…………ハルト、コイツ殺していい?」
「許可しよう」
「うえぇぇっ!? 暴力はんたぁいっっ!!」
「自業自得や」
……愛莉も加わり、プロレスラーも真っ青の関節技を二人して決め込む。制服姿でようやるわ、ホンマに。あ、マジで関節外しに行ってる。めっちゃタップしてる。痛そう。
「本当に瑞希ちゃんが二人になったみたいだねえ」
「うるさいですね、市川さん」
遅れてやって来た比奈と琴音も、呆れ顔で三人のプロレスを遠目に眺めている。サラサラ止める気が無い辺り、加わる自信が無いのか、それとも諦めているのか。タッチの差で前者やな。たぶん。
「でも本当にテスト近いし、勉強はしないとね」
「無理して付き合わんでもええで。足引っ張るだけやろ」
「しかし、陽翔さんだけに責務を負わせるのも良心が痛みます。ここはサイ○リヤではなく、ガ○トということでしたら、一つ手を打ちましょう」
「行きたいだけやろお前」
理由は分からんが、ガ○ト好き好きくんの琴音である。最近しょっちゅう六人で飯食ってるけど、一人無言でハンバーグずっと食ってるからなコイツ。
栄養全部おっぱいに詰まってんだろうな。
半分くらい瑞希に分けてやれよ。
「おら、スクールバス無くなるぞ。遊んでねえで」
「うむっ。余は満足じゃ」
「今日はバイトも無いし、私も付き合うわ」
「死んでしまウゥゥゥ゛ゥ……ッ!!」
颯爽と立ち上がる愛莉と瑞希に対し、廊下に倒れ悶絶するノノ。
派手にやられたな。まぁお前が撒いた種だ。
助けはしない。強く生きろ。
ただ、なるべく早く立て。
パンツめっちゃ見えてるから。
「…………なにジロジロ見てんのよ、変態っ」
「愛莉に言われてもな」
「…………へっ?」
「スカートで暴れたら見えるに決まっとんやろ」
「――――――――死ねッッ!!」
軽やかに伸びる右ストレート。
強く生きよう。
例え理不尽な世の中でも。
* * * *
「くすみーんここなんだけどー」
「あぁ、複素数の除去ですね。これは……」
「比奈ちゃん、ここの最後ってhisだけでいいの?」
「うーん。彼の家の庭、だからhis gardenの方が安パイかなあ」
「…………ひぇんぱいっ、らいりょうぶれふか(センパイ、大丈夫ですか)?」
「へふおあひがふる(鉄の味がする)」
「はんばーぶらいなひれふね(ハンバーグ台無しですね)」
二階窓近のテーブル席。未だに頬が張れたままの俺と、琴音のおっぱいにちょっかいを掛けて肘打ちを喰らったノノの、事足りない会話が続いていた。
ファミレスで試験勉強もすっかりいつもの流れだが、成績優秀で教え方も上手い比奈と琴音が、愛莉の瑞希の面倒を見るのも定番と化している。それなりに出来てしまう俺とノノはこうして暇を持て余すわけだ。
事実、ノノの成績はかなり良いらしい。前回の試験も大して勉強していなかったようだが、余裕で学年トップ10に入れてしまったとのこと。要領の良さはこんなところにも現れる。
俺も俺で特に躓いている教科や単元も無いので、わざわざ自宅以外で勉強するほど切羽詰まってもいない状況。
「センパイが頭良いの、ノノ的に結構意外なんですよねぇ。だって、昔っからサッカー一筋だったんですよねっ? 勉強とかしてる暇なかったんじゃないですかっ?」
「逆や、逆。試験の結果、全部提出させられっからな。赤点取ると練習させてもらえねえんだよ。寝ながら机向かってたわ」
「へぇー。センパイ努力とか出来るんですねぇ」
「舐め腐りやがって……」
どいつもコイツも俺をなんだと思っていやがる。生まれた瞬間から勉強も球蹴りも万能じゃねえぞ。
これでも真っ当な努力は重ねてきたつもりだ。
すべての起点は「滞りなくサッカーに打ち込むため」ではあったが、自分の理想とする姿を手に入れるためなら、何にしたって惜しみはしなかった。
放課後に机へ向かえない分、授業はそこまで真面目に受けてなかったけど、自分なりに苦手な教科を洗い出して自主的に勉強はしていたし。
サッカーにしたって同じことで、他の誰よりも練習は積んで来た自負がある。ピッチに立つため、俺自身のためなら、何でもやって来たのだ。
だからこそ、人との交流が一切無かったんだけど。何故かそれだけは出来なかった。何故か。
いや、理由は知っている。
俺、馬鹿コミュ障やねん。
ホント人のこと言えねえんだよなぁ……昨日も偉そうなことほざいたけど、根本的な問題は長瀬弟とさほど変わらないだろうに。サッカーのこととなると我を忘れてしまうのもいい加減改善しないと。
「英コミュのバードン先生知ってますか?」
「あぁ、あの金髪テンパのオッサンか」
「二年ですっごい流暢に喋る男子がいるって、めっちゃ褒めてましたよ。あれですか? ネイティブなんですかっ?」
「いや、全然。普通に勉強した」
「はえぇぇ~~。すっごいですねぇ……っ」
「初めて海外遠征行ったとき、露骨に地元贔屓されてムカついてん、審判に文句言いたいが為だけに死ぬ気で覚えた」
「動機が不純過ぎる……っ」
「まぁ俺ほど喋れた奴はおらへんかったけど、みんな同じようなもんやで。スラングばっか先に覚えるから海外じゃ評判悪かったらしいな」
「なら改善しましょうよっ……」
一時期、練習中も英語縛りでコミュニケーション取る遊びが流行っていたな。俺はまったく参加してなかったけど。
今じゃ当時のチームメイトのなかで、本当に海外移籍した奴もいる。まだ向こうのU-18チームらしいけど、中々上手いことやっているようだ。
……別に、元気にしてるかとか、思わないけど。なんなら忘れていて欲しい。
「うーん……結構良い時間になっちゃったわね。今日はこれくらいにしておきましょっか。二人も自分の勉強したいだろうし」
「なんで教えられとるお前が仕切ってんだよ」
「アッ? なんか文句あんの?」
「あ、いや、なんでもないっス」
未だに敵意剥き出しの愛莉さんである。
たかがパンツ一枚で何を大袈裟な。
とは口が裂けても言えない。
「あっ、じゃあ最後になんか飲も」
「わたし持ってくるよ。みんなどれ飲む?」
「じゃあ、ウーロン茶お願いしていい?」
「私は紅茶で」
「ノノはコーラでお願いしますっ!」
「はいよー。ちょっち待っててな」
「率先してやれや後輩」
何だかんだノノを甘やかす上級生である。
まぁ割と助けられている節はある。実際。
瑞希と比奈が飲み物を取りに行っている間、勉強道具を片付けていた愛莉。すると、何か思い出したのかアッと口を小さく開いて、こちらを覗き込む。
「そうだハルト。アンタ、真琴と会ったの?」
「マコト? どなたですか?」
「確か、ご姉弟でしたよね」
「へぇ~。センパイ、お姉さんなんですねっ」
「あんまり姉扱いしてくれないけどね」
姉扱いっつうか、そういう域を超えている気はする。拗らせも良いところの思春期らしい思春期だ。
「公園でちょっとな」
「帰って来てすっごい怒ってたんだけど……なんかしたの?」
「別に。下手くそ扱いしただけ」
「うわっ。性格悪いですねぇーっ」
「まぁ、言い過ぎたとは思ってるけど……」
技術どうこうというよりは、内面的な話なんだけどな。ここで話してもどうしようもないが。
「いや、それは良いんだけどさ。むしろあの子、ちょっと最近捻くれ過ぎっていうか……なんか悩んでそうで、見てて心配してたのよ。だから、カッカしてた方がまだマシっていうか」
「……悩んでる?」
「私もなんとなくしか聞けてないんだけどさ。ちょっと、サッカー部で浮いてるっていうか。虐められてるってことは無いだろうけど……っ」
…………虐め?
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