263. コーラカルピスジンジャー抹茶オレ


 ため息交じりに放たれた懸念は姉として真っ当なものであるが、今一つピンと来ない自分もいる。


 あんな生意気な奴が、虐められている?

 想像に絶するな……何がどうしてそうなるんだ。



「詳しい事情は分からないのですか?」

「うーん……真琴も真琴で、自分のことあんまり話そうとしないし、私のこともそんなに信用してないからなぁ……実態は分からないんだよね」


 琴音の何の気ない疑念に明確な答えも示せず、更に息を深める愛莉。まぁ先日のやり取りを眺めていた限り、どちらかと言えば愛莉が妹みたいな扱いはされていたけれど、それもどうだろう。


 ただ、こうして頭を悩ませるにも理由があるはずだ。何だかんだで勘だけは鋭い愛莉のことだし。



「気になることでもあったんか」

「こないだ、肩に痣作って帰って来たの。結構痛そうでさ」

「転んだとか、そういうのじゃないんですかっ?」

「それも思ったけど……いくらサッカー部だからって、練習であんな怪我しないと思うのよ。私だって中学の頃とかしょっちゅう怪我してたけど、張ってるところじゃなくて、内側のところよ? あんなところに痣作った記憶無いし……理由聞いてもはぐらかされるし、ちょっと怪しいっていうか……」


 ノノの疑問をあっさり退ける。


 なるほど。内肩に痣、か。

 確かに接触プレーで出来た傷とは思えないな。


 だが、それだけで肉体的な侵害を受けていると判断するのは早計だろう。もう少し、情報が欲しい。


 個人的にアイツのことは気に食わないが、愛莉の弟である以上、黙って知らないの一言で片付けてしまうほど薄情な中身でも無い。それが解決に繋がるかはまた別の問題だが。



「愛莉から見て、アイツってどうなんだよ」

「どうって?」

「虐められるに値するかっつう意味や」

「うーん……それもピンと来ないのよねぇ……ハルトもなんとなく知ってると思うけど、あの子、滅多に感情的にならないっていうか、結構冷めてるところあるから。虐めなんて馬鹿馬鹿しいって思ってる性質の子よ。私だってそうだけどっ」


 微妙に相違がある。

 むしろ感情だけで動いてるタイプだろアイツ。

 要するに、お前とそっくりって言いたいんだ。



「サッカー部で浮いている、というのは?」

「まぁ、たぶんそれなんだろうけどさっ……」

「レギュラー争いで揉めたとか、そんな感じなんですかねっ?」

「うーん……それもどうだろう……っ」


 愛莉の問題となれば琴音もノノも親身に関心を寄せるのだが、彼女の受け答えはどうにもパッとしない。何か込み入った理由でもあるのだろうか。



「……真琴も普通に、実力はあるのよ。小4からスクールの選抜チームに入ってるくらいだったし、そのままジュニアユースにも上がったし。まぁ、私が常盤森トキワモリに行くって言ったら、着いて来る気満々だったみたいだけど……」

「ジュニアユースも辞めちゃったんですか?」

「辞めたっていうか、チームの下部組織自体が撤退しちゃったのよ。だから、中学のサッカー部に取り合えず籍だけは置いてるって感じなのかな。だからレギュラー取られた妬みとか、そういうのじゃないと思う……たぶん」


 ノノの質問に、やはり曖昧な返事を見せる愛莉。

 しかし、なるほど。そんな事情があったのか。


 今までトップクラスでやっていた人間がいきなり中学レベルに混ざったら、そりゃ立場的にも浮いてしまうのは仕方ない。


 これも部活の面倒なところで、単純に「戦力アップだ!」と手放しで喜ばれるようなものでも無いのだ。大抵の場合、指導者はこれまで苦楽を共に歩んで来た従来のメンバーを重宝しがちで。



 途中で入って来た人間を軽く扱う風潮は、確かにある。というか、具体例を一つ知っている。


 ユースに昇格し間もない頃。俺が怪我でチームを離脱する二月ほど前に、ブラジルからやって来た日系の選手が加わったことがある。


 中々の実力者で、もしかしたら俺に匹敵するレベルなんじゃないかとまで言われていた選手だ。まぁ、それでも俺の方が上手かったとは思うけど。その才能に匹敵するほど駄目なところも沢山あったし。


 それでも、今はユースを退団し、海外の下部組織でプレーしているとのこと。当時のメンバーで誰よりも早く、海外クラブに青田買いされた本物の逸材だ。



 が、それもここ最近のことで。加入してから半年ほど、アイツは全くと言っていいほど試合に絡むことが出来なかった。言葉の壁や戦術云々の問題ではない。


 実に単純な話。ジュニアユースからそのまま俺たちと共にユースへ昇格した当時の監督が「自分の良く知らない選手は使えない」という、しょうもない理由でベンチに追いやっていたのだ。


 それなのにあのクソ監督と来たら「俺がアイツの才能を見出した」みたいな偉そうなことをインタビューでほざいている。



 ……話が逸れたな。


 ともかく、どうやら長瀬弟の通う中学のサッカー部は、あのクソ監督と同様、そこまで柔軟な対応は出来なかったようだ。


 アイツが「努力しても無駄」みたいなことを言っていた理由も、少し分かる気がする。ただ、それを理由に努力を辞めてしまう方が、よっぽど問題あるけどな。



「今からでも他のチームに移ることは出来ないのですか?」

「もう受験生だし……高校まで我慢する気なんじゃないかしら」

「でもっ、勿体ないですよっ! せっかく才能があるのに、余計なしがらみに縛られているなんてっ、可哀そうですっ! 本人のためにならないですよっ!」


 ノノの言うことは最もだが。

 現実問題、そう簡単に行くものでもない。


 受験生……あと半年もしないうちに高校生か。

 なら、早めに引退しちまうってのも手だけどな。



「今月の最後に大きな大会があって、それで引退らしいけどね。でも、試合にはたぶん出れないって。なんか、登録の問題とか色々あるらしくて」

「ほーん…………」


 何はともあれ、長瀬弟を取り巻く環境はどうにも恵まれていない様子だ。当人としては、早く進学さえしてしまえば状況も変わると思っているのだろうか。


 それにしても、あの態度のままでいるのもどうか。同じようなことになりそうな気が、しないでもない。



「ただいまー。なんのはなし?」

「愛莉さんのご姉弟について、少し」

「あぁ~。そう言えば居るって言ってたねえ」


 瑞希と比奈がドリンクバーから帰って来る。


 俺の分は頼んでいなかったのだが、カップに入った抹茶オレらしき飲み物が置かれる。なんだ、飲めってか。好きでも嫌いでもないんだけど。



「なんこれ」

「んー? 趣味の押し付け」

「前から言おう思っとったけど、なんでその風貌で和風好きやねんお前。キャラ統一せえや」

「んなこと言われても困るっす」


 瑞希からの有難くないプレゼントであった。


 まぁ一応貰っておこう。コイツなりに話し出すきっかけ作ろうとしたのは分かるし。



「まぁ、その、あれよ。普通に聞こえてたんだけどさ。だいたいな、だいたい。あんまテキトーなこと言えねえけど、いちおー長瀬の問題でもあるわけじゃん。あ、そっか。姉弟ならどっちも長瀬か。いや、うん、んなことどうでもいいんだけど。ほら、あたしらになんか出来んなら、相談くらいしろよな。かびくせーじゃん」


 水臭い、な。台無しか。


「……なによ、瑞希らしくない……っ」

「あたしだって人の心配くらいしますぅー」

「そうだよ愛莉ちゃん。一人で悩んでてもしょうがないよ。まずは、一回ちゃんとお話ししてあげないと。それでも難しいなら、わたしたちのことも頼ってね?」


 瑞希の分かりにくいデレを取り繕うよう、比奈もにこりと微笑む。

 

 でも、そうだな。長瀬家の問題は長瀬家で解決するのが好ましいが……結果的に彼女の負担となっているのなら、その半分は俺たちが支えてやらないと。


 夏合宿の金銭的な問題にしろ、愛莉が暗そうな顔をしていると、チーム全体に影響が出るのだ。どうしたってお前が、このチームの中心なんだから。


 普段、誰も言わないけど。

 部長の影薄過ぎだけど。



「何か進展があれば、私も協力します」

「勿論ノノもですよっ!」

「…………うんっ。ありがと……っ」


 照れ隠しにも不自由な微々たる頷き。

 素直に受け取っておけ。

 ただでさえ気苦労絶えねえんだから。



「それはそうとして、瑞希。この抹茶オレって」

「んー? コーラカルピスジンジャー抹茶オレ」

「殺すぞテメェ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る