253. 唯一の懸念材料がむしろ強み


 固く結ばれた左腕に伝う、仄かな体温に心地良さとも居心地の悪さとも、区別の付き難い微妙な感覚を覚えていた。同時に前後左右からやって来る、絡み付くような周囲の視線も嫌に辛辣で。


 しかし、そんなことなど気にも留めないご満悦の表情で隣を歩く比奈を眺めていると、まぁ悪い気はしないというか、気にしている自分が馬鹿らしくも感じて来て、不思議な気持ちだった。


 親友への不甲斐ない後悔の念を晴らすのに、彼女の喜びに満ちた笑顔は、日照りを横切る雨にも劣らぬ有難さを全身に伴う。



「文化部の出し物って、まだ回ってないな」

「文芸部にもわたしの友達がいるの」

「居るんやな、友達」

「陽翔くんとは違うからねえ」

「言うじゃねえか」

「えぇ~? でも、ほんとのことだもーん」


 悪戯に微笑み軽快な足取りで進む彼女。見た目に違わず、このデートを引っ張っているのは比奈の方で間違いなさそうだ。


 まったく、お前もお前で、単純な造りしてるよ。苦労無いな。



 サッカー部を筆頭に運動部の活躍が目立つ山嵜高校において、文化部の実績はそれほど著しいものでは無い。強いて挙げれば吹奏楽部が少しだけ強いくらい。あの人たちも運動部っちゃ運動部か。


 それ故に、文化部にとって最大の晴れ舞台となるのは、この年に一度の文化祭ということになる。

 比奈のお目当てである、漫画部と文芸部が合同で行っている展示会は、催し物のなかでも結構な人気ぶりだそうだ。



「そういうの好きだったな、そーいや」

「販売もしてて、欲しいのがあるんだよねえ。そのお友達が書いた、小説? なのかな。うん。あと、普通に漫画も見てみたい」

「…………一応聞いとくけど、ジャンルは?」

「んー? 聞きたいの?」

「いや、やっぱええわ……」


 なるべく思い出さないようにしている。

 俺しか知らない、比奈の隠れた趣味。


 こないだ漸く借りていた本を読み終わって、感想を土産に彼女へ返却したのだけれど、同時にまた似たようなものを貸し出され感想を求められているのだ。暫く忙しくって、当人も忘れている節はあるが。


 新たに貸して貰ったのは、比奈が特にお気に入りだという恋愛要素の強い小説であった。


 といっても、貧乏な主人公がご令嬢の家に引き取られて、身の回りの世話をしながらなんやかんや……という分かりやすい展開。正直、読む前からだいぶ億劫ではある。



「でも、そんなにキツイやつじゃないから、大丈夫だよ。流石に年齢制限のある作品は文化祭じゃ出せないからね」

「だと良いけどな……」


 目的地へ到着。


 一年の教室を使って展示を行っているようだ。ドアを開けると、賑わいを見せているとまでは行かないまでも、それなりの来場者がテーブルに置かれた冊子を手に取り、中身を吟味している。



「いらっしゃいませー、あっ、比奈ちゃーん!」

「久しぶり~~。元気にしてた~~?」

「元気げんきー!」


 友達と思わしき女子生徒を見つけるや否や、腕を離してその子の傍へと駆け寄る比奈。


 流石に知り合いの前で腕組みはしないか。この辺の常識だけは妙に弁えてるから、一番扱いづらいのだ。



「もしかしてその人が、噂の廣瀬くんっ!?」

「噂? 陽翔くん、何か変なことしたの?」

「わぁ! 名前で呼んでるんだぁー! あっ、私、去年比奈ちゃんと同じクラスだった、奥野っていいます! はじめましてっ!」


 テンション爆上げで絡んで来る比奈のお友達、奥野さん。

 

 噂ってなんだよ別になんもしてねえよ。

 比奈も当然のようにマイナス方面で考えんな。



「それで、噂って?」

「B組の写真館のことに決まってるでしょっ! もうっ、すっごいイケメンのモデルがいるって聞いて、昨日なんてみんな全然集中できなかったんだから! 知ってたら絶対デッサンお願いしに行ったのに!」

「あははっ。やっぱり広まってるんだねえ」

「だって、そのイケメンの正体がまさかの廣瀬くんだよっ!? 裏四天王の一角の!」


 …………裏四天王? なにそれ?


「うわぁぁ廣瀬さんって実在したんだぁ……!」

「いや、別に隠れてもなんもねえけど……」

「ウワッ!! めっちゃイケボッ! 唯一の懸念材料がむしろ強みですとなっ!? あぁ~~賭けといて良かった~~!!」


 話が通じない。なにこの人。なんで興奮してるのか全く見えて来ないんですが。



「わたしも良く知らないんだけど、学年に四天王っていう、まぁ、なんていうのかな。カッコイイ人を四人一纏めでそういう風に言うらしいんだよね。ハナ○ンのF4みたいな?」

「その例えが分からん」

「で、その四人よりは目立たないけど、カッコいいよねーって人たちが裏四天王らしいよ。わたしも最近、奥野さんに言われて知ったんだけど」


 つまり知らん間に良く分からん連中と比較されてて、良く分からんグループに入れられていると。怖い。俺の知らんところで勝手に評価するな。キモい。


 おかしいってこの学校。何度も言うようでアレだけど、俺、名前だけはこれでも全国区の筈なのに。なんでそっち方面フォーカスされないで、全然関係ないところで目立ってんの。おかしいでしょ。



「ちなみに葛西くんも裏四天王の一人らしいよ」

「あ、そっすか……」


 オミと同列に扱われているのか。釈然としない。

 性格込みならアイツの方がよっぽどマシか。



「あーー、なんかでも、ちょっと口惜しさというか、残念な気持ちが少々……廣瀬くんには表舞台に出て来ずに、夏前までの不良モードのままで居て欲しかったかもしれない……っ!」

「不良って……」

「文化祭であれだけ目立っちゃったし、これから四天王じゃなくてMK5かもしれないなー。マジでカッコいい五人。MK5。うん、これは流行るっ!」


 こうして、知らんうちに結成された謎グループのほか、要らない新たな称号が加わるのであった。メチャクチャ困る。辞めて欲しい普通に。


 奥野さん、普段からこんなタイプなのかな。比奈と全然合わなさそうな気がするんだけど……共通の趣味ってそれだけ重要なんかなぁ……。



「そうそうっ。比奈ちゃん、例のやつはこっち」

「ありがと~。でも、本当に書いたんだねえ」

「実際爆売れなんだよねー。やっぱりモデルがいると違うんだよなぁ~」


 奥野さんに案内され、テーブルに平積みされた書籍のコーナーへ。と言っても、残り数冊程度か。その辺のあれこれ知らないけど、一応売れてるってことなのか。分からんけど。



「ちゃんと取り置きしておいたよ~」

「助かりまーす。陽翔くん。これなんだけど」

「…………え、なんこれ」


 手渡された薄目の冊子。

 タイトルを読んでみると。


「学園恋物語vol.18……?」

「毎年ウチと漫研の合作で作ってるんですけど、実際に在籍してる男の子をモデルに小説とか、漫画とか描いてるんですよ! 今年は四天王の四人と、廣瀬さんがモデルなんですっ!」

「…………エッ!? オレッ!?」

「ご本人に許可が取れなかったし、名前は偽名にしてあるから、へーきへーき! 大目に見てくれると助かりますなぁ~~」


 なにそれ? えっ?


 許可無しに創作物のモデルにされてんのオレ? ヤバくない? モラルとか無いの? せめて一言言って? 言われても嫌なんだけど?



「……おい、比奈。お前まさか……ッ」

「わたしがお願いしました♪」

「お前な」


 真犯人が一番近くにいるタイプのやつ。なんでこう、よう分からんところで謎の行動力発揮すんの? もっと頻繁に出してって良いから、こんなところで爆発させないで? 対応に困るんですけど?



「お顔のイメージがもっとハッキリしてたら漫研にお願いしてたんだけど、今回は文章だけで許してくださいね?」

「いやっ、もう許すもなんも、販売済みなんやろ」

「そーいうことです☆」


 冊子のラストを飾る20ページほどの短編。

 表題は「私だけが知っている」だそうで。


 クソ、それっぽいタイトル付けやがって。なんとなく奥野さんが俺へ抱いているイメージから察して、どんな内容かだいたい分かるじゃねえか。粋なことすんな。センス出すな。



「じゃあ、ちょっと見ていくねっ」

「はーい、ごゆっくりね~!」

「陽翔くん、こっちこっち。漫画もあるんだよっ」



 助けて。


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