245. 相変わらずハゲてんのな


 飲むだけ飲むと話していたタピオカミルクティーは、やはりどうしたって一杯だけで十分な代物であった。高カロリーと噂には聞いていたが、二人分も飲んでしまえば腹は満たされ真っ当に歩みを進めるにも不自由なほどである。



 これといってタピオカ以外に目を引かれるものも無いという手前、人混みのなか彼女と手を重ね歩いている。


 こういった類の雰囲気が好きなのだという瑞希の言葉は本当のようで、何をするわけでもないのに彼女は楽しそうに身体を揺らしながら、口元を綻ばせていた。


 会話の内容は先の題材に始まるなんてことないものばかりだが、ここ最近の忙しない日常をひと時ばかり忘れさせてくれる程度には有能で、どこか居心地の良さを覚えていたのは否めない。



 なんというか、フットサル部がフットサル部たる所以は、やはりこの瑞希の力によるところが大きいのだなと、改めて思い知らされていた。


 勿論、これまでの5人と新たに加わったノノを含めて、6人で構成されている集団であることに違いは無いのだが。何かを始めたり、話を広げる役目は何かと瑞希が担っている節がある。


 内に籠りがちな俺と愛莉。結び付きの強さ故に外への意識が欠けていた比奈と琴音。そんな俺たちをごちゃ混ぜにして、一つのチームとして纏めてくれているのは、他でもない瑞希だ。



 彼女が居ないと始まらない。

 みたいなところ、結構ある気がする。


 そりゃ誰かが欠けてもフットサル部はフットサル部足らないわけだが、彼女がチームにおいて占めているウェイトはあまりに大きい。知らずのうちに覚える安心感を顧みると、そんな風にも思う。

 


「ねーねー。サッカー部じゃねアレ」

「あぁ。アイツらも催し物出してんのか」

「リフティングチャレンジだって!」


 グラウンドの中心地では、サッカー部の催しが開催されていた。どうやらリフティングの回数によって景品が渡される、ゲーム方式のようだ。


 小学生の男の子や、お父さん世代の中年男性が主にチャレンジしている。あまり上手くない層は2、3回でボールを落としてしまうが、経験者は10回20回を優に超え、景品片手に喜んでいる。



「やってみる?」

「馬鹿言え。日が暮れちまうわ」


 フットサル部のなかでも飛び抜けた技術を誇る瑞希だ。ただのリフティングなんて眠っていてもこなせてしまうだろう。

 あんなのは所詮、普段ボールを蹴らない層への催しなのだから、俺たちが出しゃばっても仕方ない。


 が、手を取ったままそちらへとドンドン進んで行く瑞希。いやお前、やめとけって。流石にそれは空気読めてないって。待てって。おい。



「おいっすー! 元気してるかーっ!」

「ゲッ…………お前、フットサル部の……!」

「夏休み前以来だねー。相変わらずハゲてんのな」

「スポーツ刈りだよッ! 馬鹿にしてんのかッ!」


 受付係を担当していたサッカー部の三年生、菊池に声を掛ける。バランスブレイカーの登場に、あからさまに顔を引き攣らせていた。



 サッカー部との試合のとき、菊池と一番揉めていたのって確か瑞希なんだよな。それ以来、特に交友らしい交友があったとは聞いていないが……やっぱり苦手意識残ってるよな。あんだけ大口叩いておいて、あの試合ボッコボコにされてたし。


 ただ俺の場合、キャプテンである林ともそうであったように、夏休みの間で菊池ともそれなりに口を利く機会に恵まれたおかげで、今はそれほど不穏な関係というわけでもない。


 向こうは向こうで俺に思うことが無いこともないだろうが……もうネガティブな感情はほとんど残っていない。


 コイツの実力も、それなりに認めているし。癪だけど。俺の方が上手いから気にせんけど。



「なんだよデートか? いいご身分だな」

「まぁ、ちょっとな」

「あー。市川のこと、林から聞いたわ。悪かったな、迷惑掛けてよ。まぁあれはあれで面白え奴だから、精々可愛がってやってくれよ」

「ん。任せろ」

「ホント女しか集まんねえのな、ウザいわ」

「俺に言うなよそんなこと」


 ……な。悪い奴じゃないだろ。

 いけ好かねえのは否定しないが。


 

「で、なに? 冷やかしにでも来たんか?」

「コイツがやりたいって聞かなくてな」

「んだよっ! あたしが我が儘みたいじゃんっ!」


 だからそう言ってんだよ気付け。


「……お前もやんの?」

「いや、コイツだけ」

「あぁ、なら良かったわ。回数に応じて景品出してんだけどよ。お前がやったら今日分の景品全部持ってかれるわ」


 ホッとしたようにため息をつく菊池。


 一応、試合後に俺の素性について色々調べたらしくて、最近じゃ会う度に「あのチームのアイツってどんな奴なの?」とか「あの選手と知り合いだったりすんの?」とかそんなことばっかり聞かれている。


 意外とミーハーのようだ。まぁ、俺も答えない理由も無いから話に乗ってやると「マジかよ、すげえ!」とかそんな感じで返してくるから、雑な話相手としてはそれなりに有用である。相互利益。



 ……でも、瑞希については知らないみたいだな。


 確かにあの試合も目立ってはいたけど、結果的に俺と愛莉がほとんど見せ場を持って行ってしまったから、もしかしたら瑞希のプレーはあまり印象に残っていないのかも。だとしたら……やっぱ止めた方が良いのかこれ。



「ねーねー、一番スゴイ景品ってなにっ?」

「えっ……100回でswi○chだけど」

「まじっ!? ゲーム機なんてくれんの?」

「ウチの部員が買ってすぐやらなくなったやつだから、一応中古だけど……まぁほとんど新品だな。まさか取る気なのか?」

「んー? そんな簡単で良いのかなってカンジ?」

「はっ? お前、なに言って」

「すいませーん! あたしやりまーす!」


 菊池の話を遮って、ちょうど順番待ちが居なくなったところを見計らい瑞希が前へ出て行く。


 参加者のほとんどが小学生をはじめとする男子なだけに、ゴリゴリ制服姿の見た目イケイケギャルな瑞希の登場は、会場をちょっとばかり賑やかななものにした。


 ていうか、お前、またスカート姿でボール蹴ろうとしてんのかよ。そういうの、ちょっとは気にしろよな。お前は良いかもしれねえけど、俺が気にすんだよ。



「もう始めていいっ?」

「あ、はい。どうぞっ!」


 スタッフを務めているサッカー部のマネージャーらしき女の子からボールを受け取り、颯爽とボールをリフトアップ。


 お前、ローファーでよくそんな簡単にやるよな。

 難しいんだぞあの靴でやるの。



「おおーっ! あの人めっちゃ上手いっ!」

「すげーっ!」

「もう20回超えたっ!」


 瑞希の華麗なボール裁きに、小学生たちが沸き上がる。つってもただリフティングしているだけで、派手な技を繰り出してもいない。まぁ子どもからしたらそれだけでも十分凄いのか。


 気付けば周囲の人だかりも、瑞希のリフティング姿を一心に眺め続けている。恐らく皆、すぐに失敗するだろうと思い込んでいたのか。予想よりもずっと安定したボール捌きに驚いている様子だった。



「んー。こんだけだとつまらんなー」

「やめとけって。パンツ見えっぞ」

「ならっ、脚上げなきゃいいんだよっ!」


 そんなことを言って、頭よりも高く上げそのまま右肩の位置まで持って行って、巧みにボールを弾ませる。場内からは更にどよめきが。


 10回ほど繰り返したところで、今度は反対の左肩へ。全くコントロールを失わないまま、次は頭で数十回。信じ難いバランス感覚だ。やはり、上手過ぎる。俺でもそんな続けられん。


 唖然とした表情で瑞希のパフォーマンスを凝視する菊池と、スタッフのサッカー部員たち。このままでは100回突破も時間の問題だろう。



「…………まっ、マジで……ッ!?」

「お前、つくづく相手が悪いんな」


 さて、そろそろフィニッシュだ。

 彼女の性格上、最後は大技を決めて来るだろう。


 それが成功するか否かなど、割とどうでもいい。

 下着だけは晒さないようにと願うばかりだ。



「よっと!」


 背中に乗せて静止させたボールを、バネのように身体を伸ばして後頭部で押し上げ、一気に弾ませる。空高く舞い上がった球体は、やがて彼女の胸元へピタリと収まる。


 そのままボールをキャッチ。歓声が沸き上がる。

 相変わらずの役者ぶりだ。頭も上がらない。



「いえーいっ♪ ねぇねぇハル、見てた見てたっ?」

「ん。流石やな」

「そーじゃなくてっ。屈んだときハルにだけ分かる角度でパンツ見せようと思ったんだけど、見えてなかった? じゃあ残念だったな!!」

「台無しかよお前」


 屈託の無い満面の笑みで駆け寄る瑞希。


 やはり瑞希はいつだって瑞希だけど……こんな表情が俺にだけ向いているのだとしたら、それって、結構幸せなのかもしれねえなあ。


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