246. あたしが横にいるんだけど
観衆の騒ぎに巻き込まれた瑞希は、次々と押し寄せて来る「写真お願いします!」の嵐に抗えず、若い男性の来場客と何枚も写真を撮っている。
要するに、やり過ぎてしまったのだ。
SNSで立ち上げたフットサル部のアカウントは、俺たちが想像していたより多くの人の目に留まっていたようで。当然アカウントには「山嵜高校」の名前も載っているわけで、ウチに金髪のメンバーは一人しかいないとなれば。
観衆の一人が「動画の人ですよね!?」と声を掛けたことがきっかけとなり、ちょっとした撮影会みたいなものが始まってしまったのである。
一応、俺も顔を隠しているとはいえ動画に載ってるんだけどな。誰も話し掛けて来ないんだけど。おかしくないこの扱いの差。いや別にええけど。
これでも向こうでプレーしていた頃は、雑誌のインタビューは勿論、テレビで小さな特集が組まれる程度には名前売ってたんだけどな……取材拒否してばっかだった俺が今更言えた口じゃないが。
「まさかこんなに知名度があったとは……」
「言うて満更でもねえだろ」
「んふふふっ。まーなっ」
早くも景品のゲーム機をカチャカチャと弄って、初期設定を済ませていく瑞希。歩きながら画面見るなと何度も注目しているのだが、一向に辞める気配が無い。調子乗りよって。
改めて自身のスマートフォンで開いたSNSのアカウントには、フォロワー3000人との表示が。先月から1000人も増えている。リツイート数も更に伸びていた。って、俺も歩きスマホだな。やめよ。
しかし、元々は部員集めのために、新入生へのアピールで作ったアカウントなのだが……思わぬ方向に知名度が伸びているな。果たして良いことなのかこれは。
「どーしよー。あたし有名人じゃん」
「そのまま動画クリエイターにでもなれば」
「あっ、それイイかも。もうフットサル部みんなでY○uTuberデビューしよ。で、こーこくしゅーにゅー? だけで暮らしてこ。うん、それが良いな」
「やだよ一人でやれよ……」
「えぇーっ!? 面白そうでいいじゃんっ!」
どこまで本気なのか冗談なのかサッパリ分からない。ただ瑞希のバイタリティーなら、その道でも成功はしそうだな……いや、やらないけど。全力で止めるけど。
「あー。でもそっか。ハルは元々有名だもんね」
「アホ言うな。誰にも声掛けられてへんぞ」
「でもっ、ハルの昔のプレー動画とかすっごい再生されてるよ? あたしもたまに見たりするけど、未だにコメントとか増えてるもん」
「んなもん見てどうすんねん……」
「良いんだよ、個人的な趣味だからなっ」
「だとしたら歪んでるよお前は」
数年前の試合の映像なんて今じゃ動画サイトでいつでも確認出来るからなぁ……俺はあまり詳しくないけど、確かユース時代の映像も、世代別ワールドカップのハイライトもそのまま投稿されてるんだっけ。
顔はともかく、俺の名前はその界隈においてはそれなりに有名なのだ。今はどちらかというと「あんなに才能があったのに大成しなかった選手」の代表格みたいな扱いだろうけど。
別にそれ自体は構わないのだけれど、名前だけが独り歩きしている現状、あまり気分の良いものでは無い。瑞希のSNSアカウントで顔を隠そうとするのも、それが理由だったりする。
「ハルの動画だったら、あれが好きかなー。準々決勝の4人抜きゴールと、グループリーグのナイジェリア戦のフリーキック。点取ったあとの顔含めてクソ笑える」
「言わんでええ、んなこと」
「いや、だってさ。いっつも死ぬほどつまんなそうな顔してんのに、ベロぶわぁーって出しながらサポーター煽ってんだよ? よりによってあのハルが」
「頼むから穿り返すな……黒歴史やねん……」
ヘラヘラした顔で笑う瑞希。
準々決勝のゴールって、確か前に有希からも似たようなこと話されたな。皆と距離を置いていたあの時期だったか。確かにファインゴールだったけど、人を惹き付ける何かでもあるのか。
しかし、当時の話は聞きたくない。
人生において一番調子に乗っていた頃なのだ。
本気で世界一サッカー上手いと思い込んでた時期。いや、そりゃ一つ上の世代のチームに混ざって活躍してんだから、そう思うのも自然な流れかもしれないが。
それにしたって酷いものであった。大会中もチームメイトとは喧嘩ばっかりだったし、試合後のインタビューは素通りするし、終いには三位決定戦なんて肘打ちで退場してるし。
特にマスコミ関連への対応の悪さと言ったら。練習後に飽き足らず、自宅まで追い掛けて来る連中も悪いっちゃ悪いんだけど。
ただ真っ当なスポーツメディアも一纏めにして最終的に取材NGにまでしてしまったのは、一応には反省している。本当に、ボールの扱い以外は全てが未熟で、子どもだったのだ。ほんの二年前の話。
「でね。たまに、偶になんだけどさ? みんなボール蹴ってるときと、動画のなかで動いてるハルが、ちょっとだけダブって見えるんよね」
「ダブるもなんも、同一人物やろ。一応」
「そーじゃないんだよなー。なんかこう、笑い方が同じっていうか? 昔のハルと今のハルが全然違うのはなんとなく知ってるんだけどさ。なんか、動画でしか知らないハルが急に飛び出て来たみたいで、ドキッとするんだ。よく分からんけど」
「分からんのかい」
要領を得ない感想である。不思議な話でもないだろう。俺が心の底から笑うときなんて、数える程度なんだから。
「それがあたしてきには、結構嬉しかったりするっていうか……だって、昔と同じくらいフットサル部でも楽しくボール蹴れてるってことでしょ?」
「…………まぁ、むしろ今の方が、な」
「うんっ。なら全然オッケー。ほら、あたしは長瀬っていうまぁまぁレベル近い相手がいるけど……いや、あたしの方が上手いんだけどな。それはぜってー譲らないけど!」
ゲーム機から目を離し、愉快気にクシシと歯を見せ笑う。なんでお前はいっつもそう、なんてことない理由で楽しく笑えるんだろうな。才能だよ。尊敬するわ。
「ハルは、やっぱりハルなわけでさ。どうしたってあたしたちと同じ立ち位置にはならないわけじゃん? 練習だっていっつも手加減してるし、満足できてないところとかもあるっしょ?」
「…………多少は」
「てゆーか、そーゆー風にさせてるあたしたちが悪いんだけどね。あれだよ? ひーにゃんとか、くすみんを責めてるわけじゃないんよ。逆にあたしと長瀬が悪い。長瀬は知らんけどさ。あたし、本気のハルと一緒にプレーしたくて、フットサル部入ったんだから。それを引き出せてないってことは、あたしに問題があるってことじゃん?」
……そんな理由だったのか。
そう言えば個サルで初めて一緒にプレーしたとき、俺、めちゃくちゃ手ェ抜いてたんだよな。正確には、本気を出す余裕さえ無かったといったところだけど。
今でこそ思えることだが、こんなことなら当時から自身の状態など気にせず、全力でやれば良かった。あれだけ多幸感に溢れる瑞希とのプレーを、一つ無駄にしてしまったのだから。
「だから、さ。ハルが楽しくなきゃ、ダメだよ」
「心配無用。その点については一切問題無い」
「…………そっか。なら、良かった」
「むしろ俺が足引っ張ってねえか」
「んーん。ハルと一緒なら、あたしも楽しいよ」
コートの上で。という前置きが本来なら必要だったのかもしれない。けれどこんな風に制服姿で二人並んで歩いている手前、わざわざ訂正するのも野暮に思えた。
それに、偽りというわけでも無いのだ。
今のお前は、コートに立っているときだけに限らない。
俺の人生に必要不可欠な、大事な存在なのだから。
瑞希も、そう思ってくれているだろうか。
「あーあ。もうお昼になっちゃうのかー……なんか、いっぱい遊んだようでなんもしてねー気もする。ハルと一緒だと、いっつもこんなんだな」
「でも、嫌いじゃねえだろ」
「…………んっ」
満足そうに頷いた彼女は、ゲーム機の代わりにスマホを取り出して何やら画面を確認している。同様に、俺のスマホへもメッセージが届いた。
「くすみん、D組の前にいるって」
「なんや、知っとんのか」
「知ってるっていうか、尋問? した」
「可哀そうに……」
個人トークでも一方的に弄られる彼女の姿が目に浮かんだ。この手の話で瑞希に敵う相手は早々居ない。若しくはアイツがザコ過ぎるというのもある。
比奈は遅めの時間が良いと言っていたから、次は琴音の番か。瑞希一人でこんな調子だというのに、今日一日、身体が持つのだろうか。
「むっ。ハル、こっち向いて」
「あっ?」
「まだ、あたしが横にいるんだけどっ!」
「いだだだだだだだだッッ!!」
どういうわけか膨れっ面の瑞希は、俺の頬を両手で力いっぱい抓って引っ張り上げる。いや、普通にめっちゃ痛い。なにしてくれてんねん。貧相な容姿でも顔は顔やぞ。
「ハルはそれでいいのかもしんねーけどさっ。あたしは、そーじゃねーんだからなっ! こんなときくらい、あたしのことだけ考えてりゃいーんだよっ!」
「ふっ、ふぁい、ふみまふぇんっ」
「ヘラヘラすんなっ! おらっ!」
笑ってんじゃない。
強制的に口角広げられてんだよ。
「あぁー、もうっ! これだからくすみんの前は分が悪くてヤなんだよなぁっ! ぜったい全部持ってかれるしっ! 可愛けりゃなんでもええんかっ! このっ、このっ!」
「わはったはらっ、はなへ、いひゃい」
「てめーも反省すんだよッ! ばーかっ!」
ようやく解放された両頬。
痛みは暫く取れそうにない。
でも、俺が悪かったのは、本当のことか。瑞希が柄でもなく怒っている理由も……分かってはいるつもりなんだ。一応はな。一応。全部が全部気付いてしまうと、俺も怖いけど。
「……心配すんなって。忘れたりしねえから」
「…………へ?」
「だからっ……琴音は琴音で、瑞希は瑞希だろ。優劣も、なんもねえよ……お前と今日、この時間に居ったこた変わらねえんだから」
「…………うん。まぁ、分かってんならいいし」
一転、抓られた俺よりもよっぽど頬を赤く染めて、居心地悪そうにグラウンドを見つめる。思っていたより効いたようだ。
瑞希のこういう顔、結構嫌いじゃない。
それこそ俺にだけ向けられているなら、尚更。
「…………ほんと、ズルいんだよ……っ」
「え、なんて」
「……なっ、なんでもないっ! ほらっ、もう怒ってないしっ! つうか、くすみん待ってるから、早く行きなって! あたしがあとで怒られんだからなっ!」
「お、おぉ……じ、じゃあ。楽しかったわ」
「あたしもだよ、ばーか!」
「やっぱ怒ってんじゃねえか」
「うるせぇーーーーっ! 早く行けっ!」
急かされるような叫びに後押しされ、校舎内へと駆け足で向かう。振り返った先には、やはり少しちょっとだけ怒ったような面持ちの彼女が居るのだが。
そんな俺へ対し「振り向くなさっさと行け」と言わんばかりのアクションに、歩幅を広げ群衆のなかへと飛び込む。もう一度振り返ると、彼女の姿は見えなくなっていた。
…………あとで謝った方が良いのか、これ。
「あ、もしもしひーにゃん。今どこ? え、メイドカフェ? そんなのあるの? テニス部の出し物? まじか。うん、今からそっち行くわ。うん、そうそう。え、違う違う。愚痴とかそんなんじゃないけど。あー、あれだよ。普通に、うん。聞いて欲しいっていうか。うん」
「あのね。ニヤニヤ止まんない。どーしよ」
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