244. 家帰って絶対シコルスキー


「んふぅ、んんまぁぁ~~っ……♪」


 長蛇の列を30分ほど掛けて攻略し、お目当てであるタピオカミルクティーの購入には成功。至福の面持ちでストローを咥える瑞希は、片手でスマホを取り出しカメラアプリを起動する。


 自撮りでもしているのだろうか。傍から見ると中々に滑稽な絵面ではあるが、瑞希だから許されている感はある。黙ってりゃ真っ当な美人やしな。黙ってれば。



「映えってやつか」

「んー、まーそんなカンジ。ハルも撮ってみる?」

「男がやってもしゃーないやろ」

「あたしのフォロワーにもいっぱいるよ?」

「フォロワー?」

「イン○タの」

「やってんのも初耳だよ」


 惜しげもなくプロフィール画面を見せて来る。トップにはどこかも分からぬ海岸沿いを裸足で歩いている彼女の写真が。他にも私服姿の一枚や、夏合宿中に撮ったと思わしき水着の写真も。


 こういうの、全部自分で撮っているのだろうか。

 だとしたらまぁまぁ滑稽やな。分からんけど。



「ほーん……ようやるわな」

「うわ、興味無さそー」

「珍種を見てる気分やな」

「今どきのJKなら普通っしょ。ウチのみんながやらんだけで」

「JKは自分のこと今どきのJKとか言わねえよ」

「ハルもやってみればいいじゃん。意外とハマるかもよ?」


 フットサル部のSNS大臣にして曰く、男の趣味としてもそれほど不思議ではないとのことだが。


 別に世間へ訴えたいものとかなんも無い。愚痴なら心内で濁して、胸ポケットにでもしまっておけば十分だ。


 ただ、無趣味なのも本当のことである。

 飯食って学校行って寝る。

 以上、繰り返しの日々。


 何かしらフットサル部以外の楽しみを見つけても良い頃だとは思うが……そうなるとSNSって割と始めやすい部類ではあるのだろうか。



「つうわけで、ハルも一緒に写ろ」

「え。やだよ」

「いーじゃんさーっ! 拡散とかしないっ!」

「だからオーケーとはならねえよ」

「ほら、ストロー咥えてっ!」


 力の無い抵抗空しく、肩をピッタリと密着させてきた瑞希は反対でスマホを頭上に掲げ、満面の笑みにも劣らぬ眩いフラッシュを焚かせる。



「おっけー。あ、ストーリーも撮っちゃお」

「あん。なんそれ」

「動画っぽいやつ」

「は? 絶対写らねえぞそんなの」

「時間で消えるから大丈夫だって」


 なにが大丈夫かサッパリ分からんのですが。


「ほら、取りあえず飲んじゃいなって」

「え。あ、あん。せやな」


 促されるままストローへ口を付けることに。まぁ、グデグデになったタピオカは食感も悪くあまり美味しくないのだそうで、さっさと片付けるか。


 そういや、地味にタピオカ初挑戦だな。愛莉と代々木辺り行ったとき、結局買わなかったし。



「…………あっま。なんこれ」

「美味しくない?」

「いやっ、その……うーん……?」


 甘すぎるという以外の感想が一切出て来ないのは、俺の舌がバグっているのか、それとも商品そのものが問題なのか。評判通り食感は中々のものだが……もうちょっと飲んでみよ。


 その様子を瑞希はスマホでジッと撮影している。これ、普通にコイツのアカウントで公開されるってことなんかな。もしかして俺、タピオカ初挑戦の様子を全世界に公開しようとしてない? なんそれ?



「…………んふ。んふふふふ……っ!」

「ふぁん。なんらよ」

「ううんっ、なんか、ストロー咥えてるのおもろいなーって。あれっぽい、おしゃぶり咥えてる赤ちゃんみたい、きもい」

「ふるへえわ」


 肩まで震わせて笑いを堪えている瑞希を横目に、残り僅かなミルクティーを飲み干す。底に溜まったタピオカを無理くり吸い出す気にはなれなかった。お腹たっぷたぷ。もう要らん。



「で? どうだった?」

「…………まぁ、美味いっちゃ美味い」

「食レポへったくそだなー」

「出来てどうすんねん、んなもん」


 すると、何やらスマホの画面を操作しニヤニヤと笑う瑞希。もしかして、本当にアップする気か。普通に嫌なんだけど。やめて。



「勘弁してくれ。顔だけは知られてんオレ」

「分かってる分かってる。さっきの嘘だから。普通に動画撮っただけ。あたしが個人的に楽しむだけの動画だから、安心して。さっきの写真も顔隠しとくからさっ」

「…………あっ、はい。そっすか」


 それはそれで何が目的なのかと問い質したいところだが。良かった。最低限のモラルがあって。



「…………ん? どしたのハル」

「いや。別に。撮っただけ」

「あたし?」

「ん」

「なんで?」

「なんとなく」

「なんそれ。きも」

「うっせえ」


 アルバム内の動画を見返していた瑞希がどうにも隙だらけだったので、似たようにカメラアプリで彼女の様子を写真で撮ってみる。意趣返しにも弱弱しい一撃ではあったが。



「撮ってどーすんのさ」

「個人的に楽しむだけや」

「うわっ、下ネタじゃん。きもっ」

「アァ? お前と言うとること変わらんやろ」

「だって家帰って絶対シコルスキーじゃん、うわ、最悪だわー」

「顔だけで出来っほど性癖歪んでねえよ」


 公衆の面前でシコるとか大声で言うな。見た目一番遊んでるっぽいんだから、発言気を付けろ。



 やはり、夏休みのあの日と大差無いな。

 瑞希。お前とは、デートにならねえわ。


 そんなこと考える余裕も無いくらい、色んなものを見させられて、考えさせられて。お前と面と向かって向き合うだけで、精一杯になる。


 それがそれで、思いのほか心地良いものだから。

 何度だって間違えそうになる。



「いーけど撮るときは言えよ。顔キメっから」

「お前のドヤ顔なん欲しかねえよ」

「あと、あたしでシコるときもちゃんと報告な」

「なんで俺をハードな性癖に仕立て上げようとしてくんの?」

「オカズくらいあげっから。リクエストは膝下からつま先な」

「範囲せっま」

「え? 脚フェチじゃかったっけ?」

「ひっとことも言うた覚え無いわ」

「なーんだ。せっかくあげようと思ったんに」

「いや待て。要らないとも言っていない」

「は? 必死かよキモ」

「そこまで言うなら勝手に撮ったるわ」

「ふーん。勿論あたしは抵抗するよ? 拳で」



 しょうもなさ過ぎる会話に引っ張られて、二人の歩くペースはどんどん早くなる。相変わらずグラウンドを往来する来場者は通行の邪魔をしてくるけれど、俺たちには関係の無いことだった。


 見えない壁に囚われているかのように、周囲の喧騒も、羨むような視線も、気にはならない。


 彼女が俺だけを見てくれているように、俺も彼女だけを見つめ続けている。他に必要なモノは、なにも無い。



 彼女が言ってくれたことだ。

 このままでも構わない。

 どうなるか見てみたい。


 それがほんの少しブレて来ているというなら、それもまた悪くない。同じように軌道修正して、同じ方角を向いて。隣同士、歩いて行くだけだ。



「言うて何杯も飲めへんやろ、そのサイズ」

「うん。一口だけ飲んで全部ハルにあげる」

「いらねえよ」

「あぁん? むしろご褒美だろぉ?」

「自惚れんな」


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