243. 優しかったよ
『どこ?』
『正門の横!』
『あいよ』
『よくぞ遅刻しなかったな! 褒めてつかわす!』
『まんま返すわ』
喧しく点滅するスマートフォンを片手に、バスから降り目的地へと向かう。普段のスクールバスと違い、老若男女に囲まれた学校への道のりは存外新鮮なものであった。
まさか遅刻など出来る筈もない。長年の徹底した体調管理の末、起床時間を指定して即座に起き上がるなど造作も無いことだ。このところ守る必要も無かったが。
そんなこんなで文化祭二日目。
もとい、愛莉を除く三人とのデートが始まる。
前述の通り、今日の男子のモデル役はオミが務めることとなっている。同様に写真館のスタッフは土日で全員入れ替わっており、昨日稼働したメンバーは非番というわけだ。
ほとんどのクラスで似たような体系が取られており、文化祭における来場者の四分の一くらいは普通にウチの生徒である。昨日も見掛けたことのある顔が何人か教室に来ていたし。面識があるとは言ってない。
一応、どっかしらのタイミングでクラスの様子も観に行こうかなとは思っている。昨日も非番のクラスメイトが何人か遊びに来たし。歓迎はされんだろうけど。
ところで、丸ごと予定の無い愛莉は、例の弟を連れて午後から重役出勤とのことだった。こういったイベントは受験生の視察や説明会も兼ねているだろうし、うってつけの場所なのだろう。
確か弟も中三だったっけ。有希と同い年か。
会ってみたいかと言われると、微妙な気分。
嫌ってわけじゃないんだけど、先日の初対面からして気に入られていない感が凄かったし、俺とて弟氏と直接的な関わりも無しに、出来ることならバッティングは避けたいところ。
それより今日はアイツらだ。
初っ端から怠い相手なのがまたアレ。
「おっすおっす☆」
「早いな、いつから居ってん」
「んー? 30分くらいっ。いやぁ、大変だったんだよキミキミぃっ。めちゃくちゃナンパされてさぁ、これもあたしが可愛すぎるのが悪いんだけどな! いやぁ、美人は辛いねぇ~~」
「テンションたっかお前……」
宣言通り正門前で待ち構えた瑞希。隠し通せない高揚を前面に押し出しこちらへ駆け寄って来る。すると、それと同時に周囲の人だかりからはため息のような声が。
言い分をそのまま信じるのであれば、既に来場者の往来で賑わうこのスペースで一人待ち惚けている彼女へ、調子に乗った連中からのアプローチも相当だったのだろう。
「わざわざ俺を選ぶとぁ趣味の悪いこって」
「ぬっふっふ。光栄に思えっ!」
「タピオカ飲んだら即解散な」
「え゛。なにそのローテンション」
「低血圧なんだよこちとら」
「あぁーん? 聞いたことねえぞそんなのっ。あれだろ、あたしとデート出来るから興奮して夜しか寝れなかったんだろ?」
「健康かよ」
煌びやかな髪色に劣らぬ笑顔を弾かせ、肩に腕を回してくる瑞希。身長差故に怪我人の介抱みたいになってるけど、まぁそれは良いとして。
実際、彼女の指摘は近からずも遠からず。
寝不足なのも本当のことだった。
彼女も彼女で「デート」という言葉を使う辺り、一概に愛莉とまったく同じ境遇というにも憚れるところであるが。俺の抱いている張り詰めた緊張感は、昨日とさして変わらないものがある。
向こうがどう思っているかは知らないけど……この調子じゃいつもと大差無いわけだが。しかし、愛莉の反応を見るに、今日の俺が求められているのは、いつもの俺じゃないんだよな。きっと。
「で。どれ並ぶん」
「まずあっち!」
「どれだよ。タピオカ屋死ぬほどあんぞ」
「クラスによって味違うんだよ! 行けるまで回るかんな!」
「キッツ」
あれって要するにデンプンの塊なんだろ。飲んだこと無いけど。絶対カロリー高いじゃん。下手したら食ってない朝飯の補完にバッチリだぞ。
群集の影に隠れ、目的地へ。
心なしか昨日より人は多い印象。
山嵜高校における敷地のおよそ半数を占める広大なグラウンドは、本来サッカー部や野球部、陸上部の居場所である。土質が悪くて評判が悪いのはここだけの話。俺には問題無かった程度だが。
三年生の出店している屋台が立ち並ぶなか、運動部による催しも行われている様子。野球部は子ども向けのストラックアウト。陸上部はトラックを利用して、50mのタイムを測る測定会を開催しているらしい。こちらは親世代が並んでいる。
「ねー。ハルって大阪出身なんでしょ?」
「あん。せやけど」
「大阪って野球のチームあるじゃん? そっちは興味無いの?」
「聞いてどうすんだよ」
「まーまー、フリートークってやつよ」
お前はフリーっつうかフリーダムやけどな。
「あれや。父方の祖父さんはトラキチやったな」
「とらきち?」
「タイガースのファンって意味」
「あー。なるほど。でもハルはそんなになんだ」
「言うて交流無かったしな……割とすぐ死んだし」
「あっ……へー。そうなんだ」
本当にまだ小さい頃、一度だけ球場へ連れて行ってもらった記憶がある。最も、既にサッカーへ興味を持ち始めていた時期だから、そんなに楽しかった思い出は無いけど。大して上手くも無いかき氷食ったくらいしか覚えてない。
ただ小学生の頃は、周りはサッカー好きより野球好きの方が多かったな。それこそクラブに所属してる人間なんて俺くらいのもんで。友達が出来なかった理由の一つでもある。
しかし考えてみれば父方の祖父さんとの思い出って、それくらいか。祖母ちゃんは俺が生まれる前に亡くなってたみたいだし、あまり縁が無かったな。
母方の祖父母には、とても良くして貰っていた。
なんなら両親より俺を可愛がってくれたくらい。
そもそものきっかけが、幼稚園の頃に祖父母に連れられて試合を観に行ったことだ。子どもサイズのユニフォームを買って貰って、毎日のように着ていた。
そのあとすぐスクールに入って、試合も観に来てくれたな。あまり活躍出来なくてギャン泣きしてたのを慰めて貰ったっけ。
「あたしさー。こういうのなんか好きなんよね」
「出店とかってことか?」
「よくパパンが大通りに連れてってくれてさ。お店の人とめっちゃ仲良いんよ、声掛けたら「おはよー元気してるー?」って感じでリンゴとかポイって投げられて。それ食いながら歩いてた」
「へぇー……」
どういうわけか、最近瑞希との会話に家族の話題が多い気がする。離婚云々の話を聞いてから、意識しているわけでもないんだろうけど。
そう言えばコイツ、一応帰国子女だったな。
全然匂わせないけど。むしろ一番日本人してる。
「……話したか無いならええけど」
「ん? どした?」
「そのお父さんって、どんな人なん」
「優しかったよ。めっちゃ」
過去形か。
呑気に語るけれど、やっぱり。
「こないだも話したけど、母親がマジでゴミなんよね。まー今も一緒に住んでんだけどさ。週の半分は知らん男の家にいるから、実質一人暮らしだけど」
「…………そっか」
「ぶっちゃけ日本に戻ってくるときも結構揉めたんだよねー。パパン仕事してたけど、フリーランスってやつだったらしくて、責任能力が何とかって言ってさ。パパンのパパとママはもう死んでたし、あの人は日本に家族いたから、それで不利になっちゃったらしい。詳しくは知らんけどな」
「……母親の両親とは?」
「それも知らん。そもそも絶縁してるんだってさ」
話題を振ったのは俺の方とは言え、軽々と話すものだ。両親と絶縁状態の母親って、ちょっと問題あり過ぎだろ。
「パパン日本とスペインのハーフなんよ。で、日本に留学してきたときにあの人と結婚して、そのままスペインに戻ったんだって。で、まぁ、あれよ。パパン結構見た目はチャラい感じだから、あの人も結婚反対されたらしくて、それも理由なんじゃね。たぶん」
詳しくないとは言えない情報量だ。
両親の馴れ初めなんて、俺は聞いたことも無い。
これだけ事細やかに娘へ話しているわけだから、父親への信頼も、父から子への愛情も相当なものだったことが窺える。だからこそ、何もかも過去形であることが、どうにも引っ掛かる。
「……父親には会えないのか?」
「そりゃ会いたいけど、向こう行く金も時間も無いし。一応、連絡はしてるからそこまで飢えてるわけでもないし…………あー、でもあれかも。ちょっと前までは家出考えてたわ。そーいえば」
家出って……一人でスペインに帰る計画でも立てていたのか? だとしたら、それはそれでちょっとほっとけない事案なんだけど……。
「でもやめた。フットサル部入ってから考えてない。こっちでみんなと居るの楽しいしさ」
「……なら安心やけど」
「んー? もしかして引き留めてくれる?」
「そりゃな。お前が居らんと静かで堪らんわ」
「…………お、おー。さんきゅっ」
軽快な口ぶりが一瞬沈黙に変わる。
その一言に、言葉以上の意味は無かったのだが。
「…………まー、あれよ。ハルもいるしなっ」
「俺のせいかよ」
「せいっていうか、おかげ? ってカンジ」
「……ん。そっか」
「あ、照れたな」
「照れてねえ」
「素直になれよぉぉっっ!!」
「痛え痛え腕ブン回すなやめろッ!!」
上機嫌のまま人波を避け屋台へと突っ込んで行く瑞希に、いつの間にか握られていた右手を離せるわけもない。
彼女のいつも通りに似た何かに引っ張られて、二人は先を急いだ。
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