242. へー。そっかー。へぇーっ


 幾つかのステージを遠目から眺めるに終始し、俺たちは教室へと戻ることにした。20分置きに巻き起こる歓声に一応の反応はしてみるものの、あまり集中出来ていないのはどちらも変わらず。


 薄暗い照明のなか、スポットライトが照らしているのは紛うこと無くステージのアクターたちに他らない筈なのだが、どうにも隣に立つ彼女の方がよっぽど輝いて見えて。


 叶うことなら、彼女も同じように思ってくれていたら、それはそれで良いものだなと。爆音の軽音部の演奏に引っ提げられて上昇した心拍数が、歌詞に載せるまでもなく物語っていた。



「……凄かったね。カッコよかった」

「偶にはええもんやな」

「うんっ。なんか、キラキラしてた」


 三番目に出て来た女子生徒のみで構成されたガールズバンドが愛莉のお気に入りのようだった。何の曲を歌っていたのか、俺も彼女も知らなかったけれど。



「ああいうの、ちょっと興味あるかも」

「歌上手いんやし、行けんだろ」

「そう? でも、ハルトもまぁまぁじゃない」

「流行りの曲とか知らねえしなあ」

「上手ければ何でも盛り上がるわよ」


 まぁ、普段目立たない奴が文化祭のステージで輝くというのも、なんとなく在り来たりな展開で悪かなさそうだが。

 そういうのはもうお腹一杯だ。ただでさえ先の体育の授業で、男子のなかで妙に注目されているというのに。これ以上は悪目立ちっつうんだよ。



「確か、後夜祭でも有志の発表があるのよね」

「……あぁ、なんか言うてたな。後夜祭か」

「ハルト、顔出す予定あるの?」

「いや、なんも」

「…………そっか。まぁ、柄じゃないもんね」


 ゆっくりと、しかし確実に人の減り始めた校内を並んで歩く。結局、宣伝らしい宣伝はなにもしなかったな。


 途中で送られて来た比奈からのメッセージによれば「午後も大盛況」とのこと。明日も大変そうだ。



 そして、終わりには後夜祭か。

 興味は無い。が、関心は若干ある。


 オミ曰く「後夜祭に出ない連中は後日100%からかわれる」とのことだが、あんなの言ってしまえば自由参加なわけだし。俺が顔出したところで誰が喜ぶわけでも無ければ、楽しませてくれそうな余興にも乏しい。


 とは言え、愛莉をはじめフットサル部の皆に誘われれば、吝かでもないところだが。瑞希やノノはともかく、比奈や琴音はどうだろう。特に後夜祭に関して誰からも話を聞いていないが。



「…………あの、さ。後夜祭って、裏でカップルがすっごい出来るらしいじゃん? ハルトはさ……その、そーいうの、興味無いわけ……?」


 さも普段通りの会話を偽りながら、彼女を頬を悪戯に掻いてボソボソと呟く。


 こんなこと言っておきながら、いつまで経っても手を離そうとしないのだから。自らの矛盾に気付く余裕も無いのか。


 が、それは俺も似たようなもので。

 

 この先に必要な言葉は、なんとなく知っていた。

 それを言う資格が無いことも、同様に。



「…………分っかんねえ。そんなに良いものかね、恋人とか、恋愛とか。今でさえこんな調子なんに、一人だけ優しく出来る気がしねえよ」

「…………そうだよね。まぁ、ハルトだし」

「んだよ。馬鹿にしてんのか」

「違うって。なんか、ハルトっぽいなって」


 恋愛出来ないのが俺っぽいってなんだよ。人間の構造的にどっかしら破綻してんだろ。多分。



「……私も今まで、サッカーばっかだったから。彼氏とか考えたことも無いし……あれよ。実際、モテてたけどね。小学生の頃とか。この世で一番逆チョコ貰ってた自信あるわよ」

「あ、はい……さいですか」

「でも、違うんだよね……やっぱ顔の良さとか、性格がどうこうとか、私にはあんまり意味が無いんだなって。一緒に居て安心出来る人じゃないと……長続きしないんじゃないかなぁって。ちょっと思う」


 つまるところ、俺も愛莉も恋愛を語るには、知識も経験も事足りないというわけだ。


 そもそも友達すら居なかった俺たちが、そこを飛び越えて愛を為すのは、あまりにハードルが高い。


 ただ愛莉の理論で行くと、俺にとってフットサル部の皆は、既に恋愛対象みたいなものなのだろうか。だとしたら、恋人なんて暫くどころか、いつまでも要らない、出来ないような気もする。



「だから、私はパス。告白されるのも面倒だし」

「あっそ……まぁ、ええんちゃうの」

「…………ハルトが来ないなら、意味無いし」

「あ? なんて?」

「なっ、なんでもないっ。ほら、早く戻るわよっ」


 俺に聞こえないほどの小さな声で何やら呟き、少し強引に手を引っ張られる。なんだ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。


 こっちが言えたもんじゃないけど、な。

 正直、そんな風になったら、俺も分からない。


 少し熱に当てられ過ぎたみたいだ。

 どうにか数日で冷めれば良いのだが。

 それはそれで、勿体ないような気もしている。 

 


 教室へ到着。既に待機列は無くなっていて、様子を窺うに最後のお客さんが帰ったばかりのようだ。ドアを開けると、何故か貸し出し用の衣装に身を包んだ比奈の姿が。



「なんや、結局着とるんか」

「あ、お帰りなさい二人とも。色んな人から一緒に写真撮ってって言われちゃって。結果、この通りでしたっ」


 グレーを基調としたロングドレスを靡かせ、照れたように笑う。比奈だけでなく、モデル役を務める予定の無かったクラスメイトの男子たちも、似たように衣装を着て談笑していた。



「みんなやっぱり着たかったんじゃない、もう」

「あははっ。まぁまぁ、楽しかったみたいだから、良いんじゃないかなあ…………で、二人とも、手なんて繋いでどうしたの?」


 いつもとさほど変わりない声色のせいか、逆にドキリとさせられてしまった。気付いていなかった、体育館を出てからも、俺たちは手を繋いだままだったのだ。


 二人目を見合わせて、ハッとしたのも束の間。慌てて手を離す。どうやら、比奈以外には気付かれていないようだ。あ、危なかった……男子に見られてたら即死だったわ。



「……ふーん。しっかりデートしてきたんだね」

「ちっ、違うってッ!? これはぁ……っ!」

「いいよ、別に。気にしてないもん」


 大慌てで両手を振り全否定する愛莉を後目に、ゆったりとした歩幅でこちらへ近づいてい来る比奈。


 いや、そのテンションは明らかに気にしているソレだろう……何度か見たことあるぞ、そのサディスティックな顔。



「確かに宣伝はもういいよって言ったけど……ふーん。自然とそんなことしちゃうんだー。へー。そっかー。へぇーっ」

「あっ、あの……だから、それはっ……!」

「陽翔くんも、他人事みたいな顔しないの」

「いやっ、それは……まぁ、はい……」

「別に良いんだけどね。わたしはわたしで明日があるし。でもそこまで見せつけられちゃうと、ちょーっと妬いちゃうかなー」


 すると比奈は、ちょっと愛莉ちゃん借りるね、と一言。彼女の手を引っ張って、廊下へと連れ出してしまう。何やら秘密の話でもあるのか。


 この状態で俺を一人にするな。

 お説教待ちの小学生みたいだろ。

 怒るなら怒るで早くしろ。



「……それで? どこまで行ったの?」

「……普通に、校内見て回っただけよっ」

「でも、抜け駆けはダメだよ? わたしが言えた口じゃないけど……背中を押してあげただけで、手助けをするつもりじゃないんだから。ねっ?」

「……その言い方は、ちょっとズルくない?」

「…………そっか。愛莉ちゃんも、いよいよだね」


 ……よく聞こえないけど、なんだか不穏な雰囲気だな。喧嘩でもしてるのか? いや、あの二人に限ってそれもどうだろう。



「むしろ、感謝してるわよ。やっと同じ土俵に立てたって感じ」

「なら、これからは遠慮なしだねっ?」

「親友と書いて、ライバルと読むってやつかしら」

「うんうん、それそれ」

「…………そう考えると、ちょっと失敗したかも。今日じゃなくても良かったかもしれないわ」

「んふふっ♪ わたしの戦略勝ちっ♪」

「まっ、有難く受け取っとくわ」

「じゃあ、今日のところは痛み分けかなっ」


 ガッツリ握手している。

 何かが始まり、何かが終わったのは確かだが。

 

 ……背筋が寒い。俺の噂でもしてんのかな。

 悪口かな。たぶんそうだな。きっとそうだ。



「あっ、廣瀬ッ! これ見てくれよ!」

「あん、どした」

「倉畑ちゃんとのツーショット! 良いだろッ!」

「おー。良かったな。人生のピークってやつか」

「アァ!? テメェ、もっぺん言ってみろッ!」

「こっから先は下り坂ってことだろ、な、廣瀬」

「なにをぉッ!?」


 男子たちに絡まれたので、何やら恐ろしい雰囲気の二人からは一旦距離を置くこととする。初めてフットサル部より、コイツらとの時間を取った瞬間だった。


 いや、その、逃げてるわけじゃないんだけど。

 なんか、俺が思ってるより事態は深刻そうで。



 おかしいなぁ。文化祭、楽しくなってきたところなのに。明日以降が急に不安になって来た。


 これって、純粋たる恐怖なのか。

 それとも、心拍数で誤魔化されているだけなのか。


 どっちにしろ、明日にならなければ分からない。

 

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