232. 逆にヨロシクやってねえ奴を教えろ
「マジでさぁ凄かったんだよっ! 牧野とか佐々木とか、死にそうな顔しながらボール取りに行くのに廣瀬はずーっとニヤニヤしててさ。もう悪魔か魔王かってぐらい余裕綽々でよ!」
「あぁ~分かるわー。廣瀬がボール持った途端、俺らみんなバーッて走り出して、向こうのチームは大慌てで戻り出して、なんかこう、教祖っぽかったわ」
「オーバーキルってああいうとき使うんだなって感じ? マジでサッカー部もだけど、ハンチョウの死にそうな顔ったらなかったわ! 傑作も傑作だよ!」
……授業終わり。女子の体育の授業に先立ってグラウンドから戻った数名のクラスメイトが、例の試合における俺の活躍ぶりをやたら尾ひれを付けまくって、興奮気味に他のクラスメイトへ喧伝していた。
相変わらず教室の端で一人スマホを弄り、無関心を装う俺であったが。着々と揃い始めた男子のクラスメイトから視線を一身に浴び、居心地の悪さは天を貫く勢いである。
やり過ぎた感は否めない。
たかが体育の授業で本気になってしまう自分もそうだし、久しぶりのフルコートでテンションが上がってしまったのも認めるが……それにしたって大人げないやり口ではあった。
ノノの一件はおろか、当時の出来事から何も反省していない。こんな、町内の野球大会に元プロを担ぎ出すような真似、空気が読めない以外の何物でもないというのに。
……だがどういうわけか、俺が何よりも恐れていた
それどころか、クラスメイトは口々にこう話す。
「うわー、俺も見たかったわその光景。いや、ぶっちゃけサッカー部さぁ、ちょっと気に入らなかったんだよな。一人ひとりなら別に悪い奴ってわけじゃないんだけどよ、やっぱウチで一番強い部活じゃん? それも元締めがあのハンチョウだろ、やっぱ鼻に付く奴が多いっていうかさ~」
「あぁー、分かるわ。オミとかD組の茂木ちゃんは良い奴なんだけどな。レギュラーの二年生はマジで行け好かねえっつうか、あからさまに他の部の奴ら見下してるもんなぁ」
すっげえ嫌われてる。サッカー部。
知らなかった。
そんなヘイト溜めてたのかあの連中。
確かに山嵜高校の運動部では、サッカー部の実績が頭一つ抜けている印象だ。唯一全国に手が届きそうなチームらしいし、多少校内で幅を利かせていたとしても不思議なことは無い。
だが、葛西や茂木のように親しまれている奴らも、居ないことも無い……結局は、大きな力を持っているグループへの嫉妬というか、反発みたいなところもあるんだろうな。
「ホント、廣瀬がボコボコにしてくれたおかげでスカッとしたわー。あ、別にオミの悪口言ってるわけじゃねえからな? マジ、オミは良い奴だから。安心しろ。なっ」
「いや、それは良いけどよ。俺も乗っかったし」
「……なぁ廣瀬。お前、なんでサッカー部入ってないんだよ? フットサル部も良いかもしれねえけどさあ、今すぐにでもエース張れるぜ?」
葛西の問いかけを合図に、教室中の意識がこちらへ集中する。あぁなんだよもう。なるべく視界に入らないよう身体縮めてたのに。いや意味無さ過ぎるけど。
「……まぁ、色々あんだわ」
「え、なんだよ色々って?」
「……嫌いなんだよ、ハンチョウ」
これは割と本気で言っている。
ああいう頭ごなしに選手の特徴や人なりを否定するタイプの指導者が、一番嫌いなのだ。谷口への叱責も到底見ていられるものでは無かったし。
……実際、似てるんだよな。
ユースの頃の監督に。
俺が当時のチームから離れた原因は、あのクソ野郎の余計な計らいによるところが大きい。俺だけじゃない、アイツのムチャクチャな方針の犠牲になった選手は、何人もいる。
とにかく、お気に入りの選手と、そうじゃない選手への差別が激しかった。俺を筆頭とした「不満分子」は徹底的に試合から遠ざけられたし、偶に起用されても本職ではないポジションがほとんど。
トップの練習に参加した次の日の試合で、それまで一回もやったことの無かったセンターバックに回されたときは、流石にキレた。あぁ、もう思い出したくも無い。吐き気がする。
それでいてあのクソ野郎、今やトップの監督だもんなぁ。いったいどこを評価されてあそこまで上り詰めたのだか。成績も成績だし、そろそろ解任されそうなのが救いだけど。
……確か、今のユースの監督ってあの人だっけ。あの人が当時の監督だったら、まさかチームを辞めるだなんて考えもしなかっただろうに。元気にしてっかな。
「なんか、廣瀬も似たようなこと考えてんだな」
「……え?」
クラスメイトの一人がふんふんと納得したように首を小さく振る。似たようなことって、どういうことだ。他の連中も意外そうに顔を見合わせているし。なんか変なこと言ったか?
「だってよ。廣瀬そもそも授業出てねえし、なのにフットサル部とか始めるし、マジ変な奴だなーって思ってたけどさ。すっげえしっくり来たわ。廣瀬もあーいうウザい教師とか、普通に嫌いなんだな」
「俺もイメージ変わったわ。廣瀬いっつも無表情で、なに考えてるか分かんねえじゃん? でもサッカー部ボコってたとき、すっげえ笑ってるしよ」
「長瀬ちゃんと仲良くしてるのもマジ意味分かんねえけど、よくよく考えたら長瀬ちゃんも女子の間で結構浮いてるもんな。こう、一人モン同士、惹かれ合ったってわけか」
愛莉をちゃん付けはマジでキモい。辞めろ。
いや、そんなことどうでも良いんだけど。
どうやら、クラスメイトの間で何かが分かり、何かを納得したということらしい。全然着いて行けない。勝手に評価が見直されている。
(……あぁ、そういうことか)
俺がコイツらを避けていたのと同じように、彼らも俺を避けていたのだ。それは得体の知れない存在への恐怖であり、嫌悪感から来るものである。
しかし、皆も嫌っているサッカー部やハンチョウへの不満をこちらから明かしたことや、愛莉との謎めいた関係を自分たちなりに解釈出来たことで、連中も俺を「意外と普通の奴」と認識し始めている。
なんというか、男はこういうところで単純だ。
ノノみたいに余計な自己主張をしない分、軽く受け止められている要素もあるのだろうが。はみ出し者に対しても親近感を覚えようと努力だけはしてくれるから。
これもフットサル部で女子ばかりと絡んでいた弊害だな。実態なんて、意外とシンプルで気楽なものなのに。勝手に恐れて、遠ざけていたのは、俺の方か。
「いや、でも、俺の倉畑ちゃんだぞ! マジで春から狙ってたのによぉ、廣瀬一人で持って来やがって! 許せんっ!!」
「それは知らねえよ」
「お前がアピール出来ないのが悪いんだろ」
「うるせえなっ! マジで廣瀬、どんなトリック使ったんだよっ! 教えろッ! 俺も倉畑ちゃんとお昼食べてえんだよっ! あとついでに長瀬ともっ!」
「そんな軽くないだろ長瀬ちゃん」
「お前には無理だよムリ、絶対」
「うっせえわッッ!!」
ガチ恋勢がいた。
まぁ、可愛いし。比奈も。
別に比奈攻略法なんて持ち合わせてないけど……むしろフットサル部が出来る前から気に掛けてくれていたのはアイツの方だし。
でも、そうか。
こういうのも、必要な要素か。
「別に飯ぐらい、付き合ってくれると思うけど。アイツも男子と会話少ねえの気にしてたし、行けんだろ。普通に話し掛ければ」
在り来たりなエールを並べている。
が、これにも望外のリアクション。
「マジでッ!? え、つうか付き合ってねえの?」
「だったら長瀬ちゃんとの仲の良さが説明付かねえだろ」
「いや、分からんぞッ! コイツA組の金澤ちゃんとか、楠美さんともよろしくやってんだろッ!?」
「だからそれは、同じ部活の誼だろ……」
「どんだけ必死なんだよ、気持ち悪いな」
「も、もしかして下半身的な意味でのヨロシクか!?」
「廣瀬に限ってそれもねえだろ」
受け入れられているのか、敵対心を煽られているのか、サッパリ分からん。が、意外と悪くない。こういう話題もアイツらとは挙がらないから新鮮っちゃ新鮮で。
「あぁ、でも、分かるかも。さっきの試合もさぁ、廣瀬のプレーってこう、エロいんだよな。ボールの扱いとか、シュートのアイデアとか」
話を聞いていた葛西も悪ノリしてくる。
なんだエロいって。風評被害にもほどがあるだろ。
プレー云々でそこまで語られる筋合いはねえ。
「…………エロいんだ、廣瀬」
「エロいのか、廣瀬」
「まぁ男だしなぁ……」
「廣瀬も結局はなぁ……」
「……エロ瀬か」
「エロ瀬だな」
「これからエロ瀬って呼ぼうぜ」
「それを言ったら長瀬ちゃんもエロ瀬じゃね?」
「馬鹿、聞かれたら殺されるぞ」
「エロいのは廣瀬で十分だろ」
「でも長瀬ちゃんがエロかったら最高だろ」
「存在からしてエロいしな」
「それは否定しねえわ」
好き勝手言われている。
なんやねんエロ瀬って。
キショいあだ名付けるな。
「で、実際どうなんだよエロ瀬。ヨロシクやってんのか?」
「誰とヨロシクやってんだよ」
「逆にヨロシクやってねえ奴を教えろ!」
「倉畑ちゃんだけは空けておけよッ!!」
「返答次第ではヤリ瀬にしてやるからな」
「ハメ瀬の方が良くね?」
「子どもデキたら孕ま瀬だな」
「お前ら最低過ぎんそれ」
「待って、エロ瀬今更ツボって来たわ」
……えぇー。なにそれ……。
「……まっ、諦めろエロ瀬」
「お前が話し広げなきゃこうはならんかったやろ」
「葛西だっつうの。あと、オミで宜しく」
「…………分かった。オミ、お前あとで殺すから」
「いや、その顔で殺すとか言うな怖えから」
俺のなかで、何かが始まり、何かが終わったような、そんな気がした。取りあえずエロ瀬とかいう不名誉なあだ名だけは今日中に撤回させよう。
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