231. 壮大な茶番
「まっ、マジでパス来たんだけど……っ」
「言うたやろ。そこに出すって」
「いや、本当に来るとは思わないじゃんっ……」
忍びなさを隠せない面持ちで、控えめに手を挙げる茂木。
顧問にアピールしたかったんだろ。もっと喜べよ。そんな意味合いを込めて、強めに掌をブッ叩く。ハイタッチとは呼び難い何かであった。
そこまで大したことはしていない。
ただペナルティーエリア付近でボールをキープし、茂木が丁度いいタイミングで走り出したところで、ラストパスを出してやっただけだ。
まぁ、三人に囲まれるともなると結構大変だけどな。しかし問題は無い。無能が幾ら集まったところで、文殊の知恵とはなり得ない。童貞と童貞を引き合わせても望ましい状況にはならないのと同じように、つまるところ生産性が無いのだ。
そんなことを話していると、ビブス組の連中が大挙して押し寄せて来る。
皆揃って満足そうな面持ちだ。ほとんど俺と葛西、茂木の三人で勝っているような状況とはいえ、勝ちは勝ちだからな。
「すっげえなお前、圧勝じゃん!」
「廣瀬マジ上手いんだなっ。なんかこう、クソ強い悪役みてえだったわ」
「ヴォルデ○ート的な?」
「それじゃ最後に負けるから駄目だろっ!」
口々に褒め殺す連中。中には顔だけ知っているクラスメイトの姿もある。ヴォル○モートって何か分からないけど、一応褒めているのか。分からん。
「おいッ、しっかりやれッ! サッカー部のプライドは何処に行ったんだお前らぁぁっっ!!」
意気消沈のサッカー部組へ、檄にも事足りない罵声を浴びせるハンチョウ。いや、お前こそね。たかが体育の授業でそこまで必死になられても。
だいたい、どっちかのチームに肩入れするなこんな状況で。最低限教師としての尊厳だけは保てよ。笑うわ。
「谷口ッ! これ以上自由にやらせるなっ!」
「うっ、ウスッ!」
お怒りモードのハンチョウにぺこぺこと頭を下げる谷口ディフェンダー。二年の主力に対してもあんな態度で接しているのか。先が見えるなぁ、こんな調子じゃ。
ホイッスルで試合が再開。流石に三点差も付けられて火が付いたのか、サッカー部と思わしき面々を中心にボールを繋いで来る。
即席の未経験者が大多数を占めるビブス組は、軽快なパス回しに着いて行くことが出来ない。
すると自陣右サイドから、牧野というサッカー部がドリブルをし掛け、中央に侵入していく。
一応には皆、身体を寄せているが、ほとんど意に介さない。そのまま右脚でシュートを撃ち込もうと大袈裟に振り被る牧野。
「……チッ!!」
「おっと、危ない危ない」
ギリギリのタイミングでコースを塞ぐ。
まぁ、撃つ寸前まで我慢したんだけど。
ポジション的に、茂木のライバルになりそうな選手だな。同じチームに入った縁もある、ここは茂木にもう少し華を持たせよう。
正確には、牧野とかいう奴の評価を落とし、相対的に茂木を評価させるという中々にあくどい戦法。
よくあるもんな、レギュラーが結果出せなくて、試合に出てない控えが評価されるなんて。理不尽だけど、これも世の常。
この場合に限っては俺の気紛れだが。
悪くは思うな。とにかく相手が良くない。
「おしっ! 廣瀬頼むッ!」
自陣まで戻っていた葛西が、サッカー部仲間と思わしき相手からボールを奪う。そう言えば今はサイドバックをやっているんだったっけ。腰の入った、中々悪くない守備だ。
パスを受けると同時に素早いチェックが飛んで来る。佐々原、笹錦やっけ。忘れた。まぁええけど、お前さっきから、ちょっと軽いんだよな。
「遅いわタコが」
「ぐうぉッ!?」
そのまま突進して来ようとせんばかりの勢いだったが、それを利用しクルリと反転。彼はボールはおろか、俺の身体に触れることさえも出来ず。ササなんとかを振り切る。
センターライン付近までドリブルで持ち上がる。
すぐさま距離を詰めて来るサッカー部組。
ビブス組の連中は俺のキープ力をすっかり信用し切っているのか、リスク管理もそこそこに前線へ走り出す。奪われたら一転カウンターのピンチだというのに。
「そのまま突っ込むぞおおおッ!」
「年貢の納め時じゃぁぁぁぁッッ!!!!」
……明らかにテンション間違ってるけど、まぁええか。どっちにしろ、自陣にボールは戻って来ないのだから。
それも期待の表れと考えれば。
なるほど。だったら、応えてやろう。
「舐めやがってッ!!」
「いや、どっちがだよ」
「ぬうぉぉっッ!?」
半ギレでツッコんで来た相手の一人を、足裏でボールを引き軽く往なす。そのまま勢い余って転倒してしまった。コイツも諦め悪いな。誰やっけ、佐々岡やっけ。忘れた。
「おいおいッ! 一人でも余裕かよっ!」
「なんで囲まれて取られねえんだッ……!?」
「頼むからッ、誰か止めろッ!!」
足裏を駆使し、迫り来る魔の手を次々と躱し続ける。昔はここまで一人でボール持ち続けたりとかしなかったんだけど、もうシンプルに楽しくなっていた。
こういうちょこまかとしたキープは、瑞希を参考にしているところが結構ある。ああいう足裏を使ってボールを頻繁に動かすドリブル、ちょっと憧れていたり。
意外と出来るもんやな。俺が凄いのか、コイツらが下手くそなのか。願わくば、前者であって欲しいところ。
さて、頃合いだ。
アピールして来い、存分にな!
「走れ茂木ッ!!」
左脚一閃、斜め前方へロングスルーパス。
「ハっ!? ラボーナッ!?」
「うっわ、エロいパス!」
大学サークルとの試合でも見せた、軸足の裏から反対の足を回す曲芸の極み、ラボーナ。実はお気に入りのテクニック。
フットサルじゃコートが狭くて、使い処が中々無いんだけどな。これだけ広大なコートなら、やりたい放題だ。
さて、スルーパスも通り再びビブス組がチャンスを迎える。左サイドを駆け上がる茂木は、サッカー部の谷口と対峙。
そのまま縦へ抜けるか、カットインか。
どっちを選ぶべきか、勿論分かるよな?
「仕掛けたッ!!」
「潰せ谷口ッ!!」
右脚で中へ蹴り出しカットイン。ちょうど入れ替わるように、真ん中付近から葛西がサイドへ走り込む。
一瞬だけ判断に迷った谷口の曖昧な足取りを、茂木は見逃さなかった。
「剥がし切ったぞッ!」
「コース切れッ!!」
ボール一つ分の僅かなスペース。
豪快に右脚を振り抜き、ゴールを狙う。
だが間一髪のところでセカンドディフェンスの寄せに遭い、ボールが零れる。拾ったのは、恐らく未経験者と思われる誰か。
それでも必死に首を振りフリーの人間を探している。そして後方で待ち構えていた俺の姿を発見するや否や、ホッとしたような顔を土産にバックパス。
俺任せかよ。いや別にええけど。
(25メートル……いや、もう少し近いか?)
ペナルティーエリア左端近く。そのまま中へ流れた茂木へクロスを上げるのも良いし、サイドの葛西へ一度預けるのも良い。
が、時間も時間だ。
ちゃっちゃと終わらせた方が良いだろ。
根拠はある。
さっきからキーパーのポジショニング、甘いんだよな。そんなに前に出ていて大丈夫か? 例えば、こういうシュートとか。
「――――――――はっ?」
誰も彼も、その脚を止めざるを得なかった。
左脚から放たれた、ボールを掬い出すループシュート。目視でも分かるほど、全く回転が掛かっていないそのボールは、あまりに優雅で広大な弧を描き。
「…………んん~、カンペキ♪」
逆側のサイドネットへ、音も無く収まる球体。
ビブス組の絶叫と共に歓喜の輪が繋がる。同時に、ハンチョウの口元から力無くホイッスルが鳴り響く。
壮大な茶番が、ここに幕を閉じるのであった。
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