228. アイツ泣かせるから


 そんな話をしていたのが理由というわけでもないだろうが、きっかけは思いのほか早く訪れた。翌日の授業、五限目の体育。



 山嵜高校における実技系の授業は、クラス単位では無く希望する教科、内容によって振り分けがされている。

 例えば美術、書道、音楽の授業は同じ曜日、時間に開講されていて、どの教科にするか選択出来るのだ。


 体育の授業は必須科目だが、これも幾つかあるスポーツのなかから選択することが出来る。ただ、春と秋、二つの学期でそれぞれ何をやるかなんて、それこそ転入してすぐに決められたものなど覚えちゃおらず。


 なに選んでたんだっけ、と迷うまでもなく。

 更衣室に張り紙があった。


 それによると、秋学期からはサッカーを選んでいたらしい。幾つかある候補から、何故それをわざわざ選んだのかと問い質したくもなるが。


 残るはダンスと陸上、更に剣道。

 あぁ、これはもう仕方ない。


 ビックリするくらい興味無いわ。

 消去法だったんだな。ウケる。



 ちなみに、春学期はバスケを選んでいたんだけど。当時はまだ、半年前に負った怪我が全快していなかった(という設定を貫いていた)こともあり。

 授業のレポートを書いて実技の試験も課題で済ませるという、まぁまぁの裏技を使っていたりする。


 しかしフットサル部に加入しバリバリに動き回っている姿を、教師陣が見ていないはずも無い。故に秋学期からは真面目に出席しなければいけないという話。



「マジだりぃ。ヤル気出ねーわ」

「なー。せっかくサッカーやれんのに」

「え、なんで?」

「担当だよ。A組の小山田」

「うわ、ハンチョウかよ」

「A組ってサッカー部メッチャいんだろ? 小山田、サッカー部の顧問だから、普通にアイツらの練習時間みたいにすんだってさ。毎年そうだってよ」

「職権乱用じゃん。ヤバ」

「サッカー部のお気に入りはみんな小山田のクラスらしいぜ。先輩に聞いたんだけどさ、毎年何だかんだクラス対抗みたいな形にして、他のクラスボコってホクホクしてるんだとさ」

「うわー。しょうもな。ゴミかよ性格」



 更衣室からグラウンドへ向かう最中。先を行くクラスメイト三人が、そんな話をしていた。A組、確か瑞希のクラスだ。


 余談だがハンチョウとは、小山田のあだ名である。ある漫画のハンチョウというキャラに激似らしい。実物知らんからなんも言えへんけど。



 ……あ、そう。体育の授業、普通に男女別々なんだよな。サッカーボールでアイツらと戯れるのも新鮮で悪くないと思ってたのに、こんな仕打ち。


 何度も言うようだが、クラスに男の友達はおろか知り合いすら居ないこの状況。愛莉と比奈が隣に居なければ、俺はどうしたってぼっち確定なのである。気乗りしない。


 色々と心配してくれている有希や面々には心底申し訳ないのだが、どうしても男相手と仲良くするイメージが湧かないのだ。


 自らの矮小さを理解しているから、尚更。


 ……本当に、ロクな思い出が無い。

 クラスメイトとか、敵も同然だろ。



「おいっ! チンタラするなっ! 始めるぞっ!」

「うわっ、もう機嫌悪いのかよ」

「さっさと行こうぜ……」


 土のグラウンドに立つ、A組の担任にしてサッカー部の顧問、小山田。またの名をハンチョウ。


 結構な声量を飛ばし集合を掛ける。煩い煩い。なんで部活の顧問ってああも態度やら恰幅やらデカい奴ばっかなのかな。大して眩しくも無いだろうに、サングラス。似合ってねえな、ホンマ。



 学年4クラスのサッカー希望者が集まっているだけあって、中々な人数だな。20と少しってところか。丁度フルコートで試合が出来そうな人数だ。


 別に、ヤル気とか、そんなんちゃうけど。 

 勘違いしないで欲しい。

 むしろさっさと終わらせたいまである。


 フットサル部はこの学校じゃ、良くも悪くも目立つ存在なのだ。選りすぐりの美少女たちのなかに一人、何故か居る男子生徒。それが俺である。


 ここで本気出してプレーなんてしてみろ。余計な注目浴びて「男の友達」なんて幻想のまま終わるに決まっている。ノノの一件が良い例だ。その気が無いなら出しゃばる理由も、必要だって無い。



「よし、次は…………あー……廣瀬っ」

「うっす」

「B組はこれで全員だな」


 名簿順に点呼を取るハンチョウ。

 俺の顔と名前を見掛けた途端、言葉に詰まる。


 一応、顔馴染みではあるのだ。コートの利用を巡ってサッカー部と話し合ったとき、アイツも同席していたから。


 サッカー部は山嵜のなかじゃ実績も知名度も飛び抜けているから、そんな自分たちの練習場所を奪おうなんぞ考えている連中などけしからん、みたいなノリで入ってきて。


 で、俺の名前を聞いた途端、割と比喩でもなんでもなく顎を外していた。あんなんでも育成年代ではそこそこ知られた指導者らしいし、俺のことも流石に知ってはいたのだろう。


 でも、それ以前にこの学校の生徒なんだけどな。

 あのタイミングで知るの絶対おかしいから。



「お前ら、わざわざサッカー選ぶってことは、そこそこ経験あるんだろ? なら、練習より先にゲームやりたいよな。今から二チームに分けるから、試合だ。分かれてアップしろ」


 あぁ、本当にすぐ試合やんのか。

 仮にも体育の授業だろ。徹底してるねぇ。


 次々と名前を呼ばれる参加者たち。どうやら俺は、ビブスチームに分けられたようだ。


 青色のかび臭いビブスを着て、メンバーの集まりに混ざろうとすると。



「最悪だわ……あんなのサッカー部連合軍じゃん」

「マジで俺らに楽しくやらせる気無いよなー」

「うわっ。谷口いんじゃん。アイツA組だったかー」

「D組の牧野もいるんだよなーこれが」

「はぁー……何点取られんだろうな……」


 皆口々にため息交じりの愚痴を溢す。

 無論、その輪に俺は入ってないけど。


 ビブス組はどうやら、サッカー部では無いかそもそも運動に自信の無い連中のようだ。ホンマ、露骨に徹底して経験者と初心者で分けたんやな。教職としてどうなんだよその対応。


 そうすると、何故俺はこっちのチームに……まぁ、確かにサッカー部とは関係無いけど。或いは、わざと俺をこちらに寄越したとか。ハンチョウのことだ、考えないことも無いな……。



「あれ、廣瀬もこっちなのかよ」

「…………え。あ、あん。まぁ」

「え、誰コイツ」

「ほら、フットサル部の」

「あぁー! あのハーレム野郎?」


 ご挨拶にもほどがある。


 いきなり俺へ声を掛けて来たのは、同じクラスのサッカー部に所属している……なんだったっけ。名前出て来ない。まぁどうでもええか。


 で、ハーレム野郎などと不名誉なあだ名を授けたコイツは、もっと知らない。顔も見たこと無い。恐らく他のクラスの奴だろう。やはりどうでも良い部類である。



「オレ、あの試合観てないから廣瀬がどんなもんか知らねえけどさ。結構巧いんだろ? ちょっと一泡吹かせてやろうぜ」

「……え、お前はなんでこっちなん」

「俺らハンチョウに嫌われてんだよ」


 ということは、この顔すら見たことも無い奴もサッカー部なのか。

 いや、このクラスメイトのサッカー部にしろ、顔ハッキリしてないんだけど。覚える気なさ過ぎる。



「いまBチームでサイドバックやってんだけどさ。春までAだったんだぜ? 菊池先輩と並んでツートップやっててさ。それが、たった二試合ゴール取れなかっただけでコンバートさせられて、ちょっと文句言ったらこの有り様だよ。茂木もそんな感じ」

「まっ、どうせトップも選手権とか出れないし~。Bチームでお山の大将やってる方が気楽だから、別に良いけどねん」


 ……なんか、俺が思っていたより複雑な体系なんだな、サッカー部。キャプテンの林やマネージャーであったノノの印象からして、ちょっとバイアスが掛かっていたかも。


 思い返せば、最初にコートの使用権で揉めたとき、クソ性格悪かったからなコイツら。


 別に許す許さないとかじゃないけど。ハンチョウ駄目駄目じゃん。チームがバラバラじゃねえか。ちゃんと纏まってるの?



「なぁ、ちょっと協力してくれよ。ここらでハンチョウの泣き顔見とかないと、俺ら練習出るの辛くなるんだわ」

「そーそー。ガス抜きってやつ?」

「……つまり、アイツらの自信はおろか、プライドの欠片まで粉々にしたいから、ちょっと面貸せと」


 分かりやすく意訳したつもりだったのだが。

 その言葉には、二人は目をギョッとさせる。


 え、なに。なんか変なこと言った?



「いやっ……普通に、パスくれればいいから」

「一点でも取れればアピールになるしな」


 なんだ、その程度の志か。


 つまらんね。そんな低い目標で、勝てるものか。

 やるからには叩き潰すまでやんのが常識やろ。



「ええけど、俺もやりたいことあんねん」

「おうっ……なんだ?」

「あっちで一番上手い奴って、誰や」

「それは……谷口じゃねえか?」


 クラスメイトのサッカー部が指を指す。

 一際背の高い、細身なアイツか。



「んっ。じゃ、アイツ泣かせるから。よろしく」

「「…………はっ?」」



 気が変わった。全力でやろう。


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