227. 文句言っちゃいます


「へぇー……あの先輩もフットサル部に……?」

「まぁ、色々あってな。手、止まってるぞ」

「あっ、はいっ! もう終わりますっ!」


 慌てた様子で椅子に座り直し、再び問題集と格闘を始める有希。久々、と言っても半月ほどしか空いていないが、部屋のベッドには厚手の布団が用意され、冬仕様へと様変わりしていた。



 いくら試験に不安があるとはいえ、根は真面目な有希のことだ。それほど問題があるわけでも無かろうに、俺と会う時間でも欲しかったのかと邪知でも働かせたのかと思ったが。


 試しにテスト範囲を解かせてみたら、まぁまぁ酷い点数だった。お小言にも満たぬ苦言に問題集を添えると、ヒィヒィ言いながらもペンを走らせる彼女である。



「お、終わりましたッ……!」

「あいよ…………ん、こんだけ出来りゃええやろ」

「はぁー……なんだか、久しぶりに廣瀬さんに、ちゃんと家庭教師して貰った気がしますっ……」

「アァン? どういう意味やねんそれ」

「いえっ、その!? 決して変な意味では!?」


 アワアワと目を回して両手を振り回す有希。

 夏までは普通に勉強教えてただろ。忘れんな。



「で、なんでここまで悪化してんだよ」

「それは、そのっ……なかなか身に入らないと言いますかっ……だっ、だいたい、廣瀬さんが悪いんですよっ!」

「俺の所為かよ、性格悪いな」

「でもっ、本当のことなんですからっ! 学校始まっても、そのっ…………廣瀬さんのことばっかり考えちゃって、全然、集中できないんです……っ……」

「……あ、そう……っ」


 予想外にも程があるあまりに正直な告白で、部屋には気まずい沈黙が数秒ほど保たれた。その言い方は、少しズルい。怒るに怒れないだろ。



「……今日も上の空だったのは」

「それも、ありますっ……だって、そのっ……告白しちゃった私が悪いのは分かってますけど……やっぱり、普通に好きな人が部屋にいるって、ドキドキしちゃって……こんなに意識したこと無かったですしっ……」

「……ごめん?」

「あぁ、いえ、そのっ!? やっぱりっていうか、実際ホント廣瀬さんは悪くないんですっ! 分かってるんですけど!? 私の問題なのでッッ!!」


 つまり、なんの気なしに俺へ助けを求めたのも、本当に試験の結果を気にしてというだけで、余計な考えは一切なかったと。ならこうなることくらい、事前に察しろって。


 ……まぁ、なんだ。俺も甘いんだよな。


 ここは年上らしく「それとこれは別、分けて考えろ」と冷静に諭すのが正解なのかもしれないが。


 生憎、俺を前にパニック状態の彼女と、さほど変わらない恋愛スキルしか持ち合わせていない現状では、真っ当なアドバイスなど一つも機能しない。



「それに……市川さん、でしたっけ」

「ん、おお」

「お話し聞いちゃったのが悪かったんです……だって、廣瀬さんには大事な後輩ってだけかも分からないですけど……私からしたら……恋のライバルなんですからっ」

「別にそういうのちゃうやろアイツ」

「分かりますよっ! あんなに真摯に向き合ってくれる男の子なんて、絶対好きになっちゃいますっ! 私が保証しますっ!」


 グワッと目をかっ開き、熱っぽく訴える。

 絶妙に説得力のある返しでまた困った。


 ノノが俺のことを……いや、どうだろうな。


 アイツにしたって、恋人よりもまずは友達を作らなきゃいけない身の上だろうし……それは俺も一緒だけど。



「もう気が気じゃないんですっ! 今日だって、学校のお友達に「恋愛ボケってこういう顔なんだね」ってすっごい馬鹿にされたんですよっ!?」

「いやそれは知らんて……」

「とにかくっ、私の知らないところで勝手になにもしないでくださいっ! もし女の子と仲良くなったら、私にも報告してくださいっ! 約束ですっ!」

「えぇー……っ?」


 いつになく真剣な表情に、どうにも推されっぱなしである。勉強もこれくらい真面目にやれよ、と空気の読めない一言を挟む猶予も与えられないようであった。


 まるでもう付き合っている間柄のような言い分だ……こういうところ、地味に押しが強いんだよな。フットサル部の連中とはまた違った意味で面倒だ。悪い気は更々しないが。



「そもそもっ! 廣瀬さんはどうして男の子と仲良く出来ないんですかっ! フットサル部だって、廣瀬さん以外みんな女の子ですよね!? あれですか!? 選抜でもしてるんですかっ!?」

「してへんわ」

「うぅ~~っ……! あと一年早く生まれていれば……お母さんに文句言っちゃいますっ!」

「どこにクレーム付ける気やねん……」


 ここまで可愛らしく成長した愛娘に「もっと早く産んで欲しかった」と言われるとは、ご両親の心境も察するに余りある。


 夏祭り以降、有希もどうにも空回りというか……あんまり俺のことばっか考えられるのも、ちょっと困るんだけどな。嬉しいは、嬉しいんだけど。



「まぁ、残念ながら男の友達が出来る予定は無いんで。そこは諦めて頂けると」

「……でも、欲しくないんですかっ?」

「要らん……とは断言できねえけど……」


 言われてみれば、小さい頃から俺には、一緒に馬鹿をやるような友達が全く居なかった。サッカーそのものが全てであり、遊びのような日々を送っていたわけで。


 ゲーム機やカードを持ち寄って遊んでいる同級生を馬鹿にしていたわけではないが、自分には縁の無い代物と勝手に決めつけて生活していた節は、確かにある。


 俺にとっての男の知り合いって、つまるところ当時のチームメイトなんだよな。

 アイツらとも別に、プライベートで出掛けるようなことも無かったし……ホント、絶望的だなぁ。



「文化祭も近いんですよねっ? せっかくなんですからっ。こういうのをきっかけに仲良くなったりとか、諦めちゃ駄目だと思いますっ」

「そう言われても」

「あのっ……これ、ずーーっと気にはなってたんですけど……廣瀬さん、いっつも女の子に囲まれて、息苦しいとか思ったこと、ないんですかっ? 男の人って、やっぱり男の子だけで集まったり、遊んだりする時間が必要だって、学校の先生が話してて」


 ……有希の主張も分からんことは無い。


 そもそも、友達とはっきりカテゴライズ出来る連中のフットサル部が初めてだったから、あまり気にもしてこなかったけど……。


 最近、輪に掛けて女を意識する場面が多すぎて。いや、それは有希、お前も一緒なんだけどな。



「……大丈夫ですよっ。廣瀬さん、確かにお友達作ったりとか苦手だと思いますけど……だからこそ、変な人と付き合ったりしないって、私、分かってますからっ」

「だからっ、お前は俺のなんなんだよ」

「……………かっ、彼女候補ですッッ!!」

「んな顔真っ赤で言うことか」


 取りあえず、有希も有希なりに心配してくれるのは本当のようだ。


 こんなことを瑞希や琴音からも言われたが、確かにクラスでも男共とはほとんど話さないからなぁ……でも、俺からどういうして解決するような問題なのだろうか。


 ただでさえ愛莉と比奈、クラスの美少女ツートップと露骨に仲良くしていて、結構疎まれているらしいし。


 これに関しても俺の所為ではない。

 文句言われても困るわ。



「まっ、あんがとな」

「お返しは、色良い返事でお願いしますっ!」

「検討しとくわ」

「はっ、はぐらかさないでくださいよぅっ!!」


 お前はお前で、現実的なところを心配しろ。

 合格できると決まったわけじゃないんだから。


 …………うん、お前がフットサル部に入ってくることで、更に「男友達を増やす」という目的から剃れて行くんだろうけど。


 まぁ、言わんとこ。今はまだ。


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