文化祭とか色々あるけどいつも通りの6人だよ的な章

225. 最近帰化したから駄目です


 文化祭当日を二週間後に控え、どの学年、クラスも来たる二日間の祝祭に向け、慌ただしそうに準備を進めている。夕方に掛け肌を撫でるように通り抜けて行く寒さが、夏の終わりを静かに語っていた。


 B組のコスプレ写真館は貸し出し用の衣装数着、モデル役の標準着(俺と愛莉の衣装)さえ用意してしまえば教室を少し飾り付けして当日の来客を待つのみばかりで。他のクラスと比べれば、時間の流れも平穏なものであった。



 そんなわけで、学校中を纏う熱気とは対照的に、少しずつ暇になっている俺と愛莉、比奈の三人である。まぁ衣装の管理だったり補修やらで比奈はまだまだ忙しそうだが。


 瑞希と琴音は委員会の仕事で相変わらず忙しそうで、昼休みもここ数日は中庭に顔を出さない。放課後の練習も同様だ。


 たいていグループチャットは「今日どんな感じ?」という誰かしらからの文言から始まり、適当に集まれる奴だけ集まるという、ここ最近の流れだったけど。


 先のノノ加入から一週間も経っていないのに、中々集まりが悪い。



「えー、ろ、ろ……ロドリゴ」

「どのロドリゴよっ!」

「磐田におったやろ確か!」

「普通のロドリゴとロドリゴ・ソウトどっち!?」

「ええわどっちでも……」

「じゃあ、ゴねっ! ゴイコ・カチャルっ!」

「ルっ! ルディ・バタでお願いしますっ!」

「はっ!? 誰やッ!!」

「2003年に一年だけいたアルバニア代表ですっ!」

「知らねえぇーっ……た、た……っ!?」

「リフティング20回までだからねハルトっ!」

「分かっとるって……た…………た?」

「あれぇっ、ギブアップですかセンパイっ!?」

「うっせえ黙ってろ! タンキ! 新潟の!」

「あれはドウグラス・タンキですよっ!」

「細けえな別にええやろっ! ならターレスや!」

「す? す、す……あ、ストヤノフ!」

「フランサでっ!」

「早えななんだよお前らッ!」


 という感じで、この三日ほどは愛莉、ノノの三人で、サッカーバレーのような遊びで時間を潰していることが多い。ノノなんて出し物の練習を律義にこなしてからわざわざ合流する。


 今日のお題は助っ人外国人古今東西だった。


 この手の情報量だと俺か愛莉が抜けているものかと思われたが、予想以上にノノが強敵で終わりが見えない。



「サンドロっ! 千葉におったやろFWのっ!」

「またロっ!? ロメロ・フランクっ!」

「その人は最近帰化したから駄目ですっ!!」

「だからなんで知ってんのよそんなことぉっ!!」


 もう10分以上ノンストップでリフティングし続けている所為か、流石に足腰の疲れも限界に近い愛莉であった。回答を諦め、ボールを天高く蹴り上げる。潔く負けを認めたか。



「ノノとセンパイの勝ちですねっ! むふふふっ♪」

「……お前、ホンマ詳しいのな……っ」

「一応サッカーファン名乗ってますからねえ。ちなみにロ、だったら、元横浜、大阪のロニー、鳥栖でプレーしたロベルト、元仙台のロペスなどまだまだ沢山います。ロベルトなら東京にロベルト・セザーも居ましたね。若い頃、一瞬だけ新潟でもプレーしているんですよ。それから……」

「もうええわっ……」


 今日だけで何度助っ人外国人に纏わるうんちくを聞かされたことか。


 いや、俺と愛莉も大概だけど、生まれる前にプレーしてた選手の特長をスラスラと並べる後輩とか、ちょっと怖えよ。



「あ゛ー……試合もしてないのに疲れたぁー……」

「まっ、運動不足解消には丁度ええんちゃう」

「次はアフリカ人縛りでやりましょうねっ!」

「んなモンお前の一人勝ちやろ……」


 にゅふふふとニヤけるように笑うノノとは対照的に、ぐってりと芝生の上に寝転ぶ愛莉。知識とスタミナならノノに軍配が上がるようで。



 先の件から僅かな時間しか経っていないが、ノノはこれまで見慣れて来た、快活な笑顔を取り戻しつつあった。


 まだまだクラスでは本調子というわけにはいかない様子だが、少しずつクラスメイトも出し物の練習に付き合ってくれるようになったらしい。


 早速六人揃って、というように行かないのがもどかしいところだが、こればかりは時間も必要。文化祭が終わるまで、本格的な活動は待たなければならないだろう。



「そうか……文化祭か」

「お二人のクラスって、えーっと、あ、コスプレ写真館でしたっけ?」

「の、マネキン役。ホント、比奈ちゃんにしてやられたわ……最近なんてもう、私とハルトが着せ替え人形みたいになってるんだから」

「へぇー。大変なんですねぇー」

「ぜんっぜん興味無さそうねアンタっ……」

「いえいえ。楽しみが一つ増えましたっ!」

「他人事みたいにっ……」

「他人事ですから、こればっかりは!」


 呑気な顔をして一人リフティングを続けるノノを、愛莉は恨めしそうに地べたから見つめていた。言うて当人も満更でもなさそうだから、アレだわ。


 言わんこっちゃない。受け入れるとか、受け入れないとか、そんなレベルに達してないんだよ、お前も。結局仲の良い先輩後輩じゃねえか。



 で、そう。俺と愛莉がここに来てフットサル部という平穏を求めて始めているのは、そうした理由もある。


 元々、学年ナンバーワン美少女と名高い愛莉がここまで学校生活に馴染めていなかったのは、偏にコミュニケーション能力の低さとボールだけが友達精神の縺れによるところが大きい。


 これがノノみたいに「可愛いけど面倒」な奴だったりすると、また女子の間で軋轢も生まれそうだが。


 そもそもお喋りが得意ではない愛莉は、俺が相手ならまだしも下手に自己主張も出来ない性質なので、特に問題も無くクラスに馴染み始めている。最も、ほとんどの場合聞き役に徹しているが。



 そんな俺も、相変わらず男子生徒からは若干距離を置かれているものの、比奈の力添えもあり少しずつ女子生徒と交流を持つようになった。やはりこちらからはアプローチ出来ないけれど。


 ここ数日は衣装合わせと題した、俺と愛莉のファッションショーが続いている。

 パリピグループに手放しで褒められるのも悪い気はしないが、流石に連日となると心労も溜まり。


 このような事情もあって、ただただひたすらに部活仲間、気の知れた先輩として扱ってくれるノノの存在が、結構有難かったりもする。



「でもちょっと意外でした。陽翔センパイ、こういうイベントとか死ぬほど興味無さそうじゃないですかっ。あれですよね、当日はもう来もしないか、屋上でサボってるタイプですよねっ」

「まぁ、比奈がヤル気やし、なんもせんのもな」

「ハルトにしては殊勝な心掛けねっ」

「お前にだけは言われたかねーよ」


 愛莉の留飲を下げつつ話にオチを付けるという二兎を追い切ったところで、都合よくチャイムが鳴り響いた。いい加減、陽が落ちるのも早い。そろそろ帰るか。



「明日は集まるんですかっ?」

「さぁ……つうか、ライン見ろよ」

「あっ、そうでした。ノノ、正式にメンバー入りですもんね。フットサル部の一員ですもんねっ。いやいやっ、うっかりさんでしたっ! んにふふふっ♪」


 たかがグループチャットに入っただけで随分とご機嫌である。しかし、彼女にとっては大きな進歩だろう。


 クラスのグループもサッカー部マネのグループも教えて貰えてないらしいからな。泣ける。普通に。



 市営バスに乗り込み最寄り駅へ。ノノとはここでお別れである。話に聞くと、瑞希よりもややこちら寄りの県南に住んでいるようで。


 上り線だから毎朝大変らしい。実は一番高校生らしいよなコイツが。その辺だけピンポイントで見習いたい。電車通学、若干憧れる。毎日は嫌だけど。



「で、なんでハルトも電車?」

「有希との約束でな」

「あー……家庭教師続けてるんだっけ?」

「試験対策でちょっとな。夏休み遊び過ぎて、英語がヤバイ言うて。あんまり点数落とすと推薦も貰えんらしいし」

「ふーん…………手ぇ出すんじゃないわよ」

「まだ早えよ」

「まだ?」

「あ、いや、出さへんて」


 眉をひん曲げ睨み付けるその表情は、可憐な女子高生に許されるものでは無い。お前、そんな顔俺の前だけにしとけよ。ホンマおっかないから。


 だが、いくら現役中学生とはいえ、来年からは余程のことが無い限り有希も俺の後輩。つまりノノと同じようなものだ。そう考えると微妙に色々と許される気がしてくる。


 そこまで愛莉には言わないが。

 喋った途端鉄拳が振るわれること間違いない。


 愛莉も愛莉で買い物の用があるらしく、最寄り駅の一つ前で一緒に降りることとなる。ちょうど早坂家の最寄り駅だ。


 駅からすぐ近くにある目の前のスーパーが、この地域じゃ特に安いらしい。涙ぐましい努力が伝わって来るようで居た堪れない。



「業務用スーパーってやつか」

「多分それっ…………あ、真琴からだ」


 スマートフォンに着信があったようだ。

 真琴……確か、愛莉の弟だっけ。



「もしもーし。うん、いまスーパーの前。ごめんね遅くなっちゃって……うん、今から買って帰るから。もうちょっとだけ待っ…………え、こっち来てるの? 駅の近く?」


 なんだ、迎えにでも来てるのか。


 年頃の弟、年頃の姉など煩わしさもあるだろうに。前に話を聞いた限りでも、何だかんだ愛莉のこと大事にしてるんだな。



「なぁ、せっかくやし紹介しろよ」

「えぇー……? 別に良いじゃんそんなの……」

「んだよ。姉弟に見せたくない関係性ってか」

「そういうわけじゃないけどっ……」


 今一つ煮え切らない愛莉を眺めていると。か細くも力強いハスキーな声が、聞き慣れない呼称で彼女を呼ぶものだから、二人して振り返ってしまう。



「…………姉さん? その人、誰?」



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