224. 幸せになるために


 まぁぶっちゃけ、ノノは可愛いんですよ。


 いつからどれくらいモテてたとかいちいち覚えてないですけど、今もほぼ一年に二、三回のペースで告白されてます。学年ナンバーワン美少女の座を譲ったことはありません。


 理由ですか? なんでしょうね。可愛い以外の理由が必要かは分かりませんが。確かにノノは性格も朗らかで、いつも元気で明るくて。陽キャってやつですかね。分かんないですけど。



 そんなこんなで、小学校卒業するまではノノ、学年で一番目立ってました。ノノが居るところが世界の中心なんじゃないかって、本気で思ってましたから。今も若干思ってますけど。



「市川さん、調子乗ってるよね」



 そんな一言をクラスの女子にぶつけられたのは、中学に上がって一ヶ月ほど経った頃でした。こういう、しょうもないことばっかり明確に覚えてるのは、きっとノノの悪いところです。


 でも、どうなんでしょう。

 覚えてるってことは、そういうことかも。


 僻みややっかみで片付けられない。

 ノノは本当は、とっても臆病な生き物なんです。



 まぁ人生10年近くも生きていると、段々分かって来るんですよね。ノノが決して、大した人間でもないってことに。頭も良くないし、運動もメチャクチャ出来るってわけでもないし。


 お喋りだってさして面白くも無いんです。本当は。誰かに頼られるような甲斐性も無いし。

 誰かに好かれることで、ようやくノノがそこに居られるということに、やっと気付いたんです。


 ホント、顔だけで生きて来たんですよ。可愛いってだけで色んなことを許されてきたんですから。それ以外の付加価値を身に着けようともしなかったんです。



 早い話、ノノは嘘つきなのです。

 嘘つきに、なってしまいました。


 小学校の頃まで、これが本当の自分なんだと信じて来た姿が。こういうものだと思い込んで生きて来た自分が。


 案外ことに気付いたんです。


 それからノノは、市川ノノを演じ続ける人生を歩むことになりました。正確に言えば、ノノがそうありたいと望む自分を、我慢して、我慢して、さも本物のように見せて来たんです。



 でも、そんな無理を続けて、騙し切れるわけが無いんです。だって本当のノノは、口下手で、空気が読めなくて。

 それでいて自信家で、中身が伴っていない、ダメダメな人間なんですから。ずっと、ずっと分かってたんです。


 小学生までは良かったんです。ノノちゃん可愛い、可愛いって言われて、それを本気にして。それがノノだって。



 しかし、中学からはリアルなんです。

 何かと目立ち過ぎるノノは、浮いていました。


 どうせノノに嫉妬しているだけだと、そう思っていました。でも、気付いてしまったんです。そう言われるだけの理由が、ノノには確かにあると。


 誰も彼もノノの本当の姿を見抜いてしまうようで、恐ろしかったのです。本当のノノを知った人は、みんなノノのことが嫌いになってしまう。そう思ったんです。



 だから、なるべく素性を出さないように、頑張りました。ノノもみんなと一緒。同じなんだよって、色んなところでアピールしました。


 そうすれば、ノノはそこに居ても良いって、認めて貰えるから。


 けれど、駄目だったんです。

 ノノはどう足掻いてもノノだったのです。



 結局、生まれてから小学校を卒業するまでの、僅か12年に及ぶ短い謳歌を。ノノは捨て切ることが出来ませんでした。


 知らぬ間に膨れ上がった自尊心は、いつもノノの邪魔をします。


 ノノが本気で、心から「楽しい、幸せだ」と思ったとき、たいてい周りの人たちは楽しくなくて、つまらないと思っています。反比例どころの騒ぎではありません。


 それでも、諦めきれなくて。


 だって、ノノはみんなが認めてくれないと、ノノじゃ無くなっちゃうんですから。それがエゴだと分かっていても、そう思っちゃうじゃないですか。誰だって、人よりもちょっとだけ上に立っていたいじゃないですか。


 それすらも許されないのなら。

 ノノは何故、生きて行くのでしょう。



 そんなとき、ノノは出会ったのです。


 ノノよりもよっぽど捻くれていて。

 どう見ても一般社会に馴染めていなくて。

 明らかに生きるのが下手クソな、あの人。


 なのに、ノノよりも幸せそう。



『お前がお前であることを辞めるな』

『変わる必要は無い』

『ただ、そこにいるだけで良い』



 きっとそれは、他の誰でもない、センパイが言って欲しい言葉なのだと思います。だからこそ、そんな言葉をノノに投げ掛けてくれたことが、嬉しくて、嬉しくて。


 ノノは変わりません。否、変われないのです。そういう自分が本当に嫌いで、やるせなくて、情けなくて。


 でも、それで良いと。

 センパイは言ってくれました。


 きっとこれから、ノノは色んなところで色んな迷惑を掛けると思います。


 ノノが存外、面倒な人間だって、自分でも分かってるんです。ノノより面倒そうな人を間近で見たんですから、その人が認めたノノは、本当にどうしようもなく面倒な奴なのです。



 どうしましょう。本当に、どうしましょう。


 ノノは今まで、居場所を転々としてきました。ノノを認めてくれないなら、ノノを認めてくれる人たちのところへ移ればいい。


 いつかきっと、ノノの本当の居場所が見つかる筈。そんな甘えが、ノノを駄目な人間にしてきたと、分かっていても。辞められなかったのです。


 しかし、どうしたことか。

 ノノは、ノノ自身の幸せを追い求めていたのに。


 生まれて初めてかもしれません。

 あの人だけには嫌われたくないって。

 そう、思ってしまったのです。



 そこにノノを求めるものが本当にあるのかは、分かりません。


 もしかしたら見当違いな望みなのかもしれないし、また同じような過ちを繰り返して、ノノは勿論、皆さんにとっても悪い結果になるかもしれない。


 最悪の未来を予想しても尚。

 ノノは、まだ幸せになりたがっている。


 だって、思い出してしまったのですから。


 あのコートで過ごした喜びを。ノノがノノとして生きてきた、幸せな時間を。



「あのっ! 舞台のことなんですけどっ!」


 放課後。ノノはクラスメイトの女の子に声を掛けました。文化祭のステージで、主役を務める子です。恐らく台詞上は、ノノと一番絡みがある子。


 全然台詞を覚えて来てくれません。

 その子に限った話じゃないんですけど。



「…………なに? 昨日の続き?」


 あからさまに不機嫌な様子で、その子は気だるそうに言葉を返します。昨日、良い争ったクラスメイトのみんなが、やはり似たような顔でノノを見ています。



 でも、負けません。


 ノノはノノなんです。

 いつだって。いつまでだって。


 だから、ノノはもう、自分を騙したりしません。みんなが望むような、お行儀の良い、元気で可愛いノノを演じるようなことは、もうしません。


 まぁどうしたって、可愛さばかりは溢れてしまうと思いますけど。それはもう大したことではありません。


 何度だって言います。

 ノノはノノです。それ以上でも以下でもない。


 諦めませんよ。

 ノノが、ノノになる日まで。



「ノノが悪いのは分かってますっ! みんなのペースを考えずに、自分のやり方を押し付けていたのは、本当のことですからっ…………だからっ、一緒に練習しましょうっ! 今日は部活無いんですよね!? ノノ、いつまでだって付き合いますからっ!」

「……だからさぁ、そういうのが……」

「お願いしますっ! ノノっ、本当に出し物、成功させたいんですっ! 自分だけじゃなくてっ、クラスのみんなで成功させたいんですっ! 勿論っ、自分が目立てばなお良しですけどッ!」



 別に受け入れられなくたって構いません。

 また嫌われたって、もっと嫌われたって、


 倒れたって、何度でも立ち上がる。

 それすらも、本物のノノの筈ですから。


 らしさとか、要らないんです。きっと。

 そんなもの、端から存在しないんです。



 今まで歩いて来た道のりが市川ノノだとすれば。それは全然始まってもいないし、終わってもいない。これからも、ノノはノノのまま。自由気ままに生きていきます。


 だって、そんなノノが魅力的なんですよね?

 じゃあ、頑張るしかないじゃないですか。


 そうですよね、センパイ?


 ノノ、マジで面倒な奴ですよ。

 やっぱり要らないとか、無しですから。


 ずーーーーっと、その辺に居ますから。だからノノのこと、ほんのちょっとだけでも良いので、可愛がってください。ノノは、もっともっと……センパイに近付きたくなりました!!


 

「……マジで入ってないんだけど。台詞」

「構いませんよ、台本持ちながらでっ!」

「…………じゃあ、ちょっとだけ」

「はいっ! 頑張りましょうっっ!!」



 幸せになるために。

 ノノがノノになるために。


 ノノは…………ノノを続けますっ!

 だから、見ていてくださいねっ!!


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