222. すぐ泣かせてやる


『業務連絡。放課後練習アリ。全員集合セヨ』


 そんな文言をグループチャットに放り込み、スマホをコートサイドへ放り投げる。同時に運動着に着替えたノノが新館とコートを繋ぐ扉を開き、満面の笑みで現れる。授業で着るような、普通の体操着だ。


 言っちゃなんだが、似合わねえなあ。

 ノノが着るには野暮ったすぎる。



「お待たせしましたっ! 準備バッチシですっ!」

「ボールは?」

「勝手に拝借しましたっ!」


 手に持っていたボールを蹴り渡される。


 普段は愛莉が練習道具を管轄しているが、ここ数日は全員が集まれるわけでもないので、ソファーに脇に置いてある用具入れを勝手に物置として使っている。


 というか、これもノノの提案だったりするのだ。いつでも練習できるように、道具はすぐ近くに置いておこうとある日の練習中に言われ、そのままそうしている。


 9月になってから、ノノの存在はある種のマネージャーとして普通に機能していたという話である。最も、自身が練習に加わることはこれまで一度も無かったのだが。



「センパイは着替えないんですか?」

「別に。このままでも動けるし」

「ほっほーっ! つまり、わざわざ動きやすい格好でなくとも、ノノ相手なら十分対処できるという、そういうことですねっ!? 宣戦布告ですねッ!?」

「そこまで言っとらんやろ」


 白い歯を見せびらかしニコニコ笑いながら、身体を跳ねさせる。こういう大袈裟なところは、変わらないな。


 嫌いじゃないけどな。このやり取り。



「でっ、どうしますか!?」

「1on1しかねえだろ。二人なんやから」

「じゃっ、もう奪っていいんですよねっ!」


 ウォーミングアップもそこそこに、猛然と駆け寄りプレッシャーを掛けて来る。

あまりのスピードに一瞬面くらってしまったが、そう簡単に遅れを取るわけにもいかない。


 逃げるようにボールを動かすが、隙あらば奪い去ってしまおうと、絶え間なく足を伸ばす。その一つ一つこそ脅威とまでは行かないが、とにかく足が止まらない。


 大きく蹴り出して距離を取る。立ち塞がる彼女の先に、真っ白のゴールマウス。



「ガチでやり合うのは初めてかもですねっ!」

「はぁ? 思い上がんな。勝負にすらならんわ」

「……やってやろーじゃねえですかッッ!!」


 その一言を合図に、芝生を蹴り上げた。


 右足で突くように前進し、少しずつ距離を詰める。だが、大人しくコースを切るような動きをするつもりは更々無いようだ。先ほどと変わらず、一気にボールを奪おうと身体を寄せて来る。


 どうということはない。分かりやすい動き。

 足裏でボールを引き、左脚側に展開。


 一度は完全に外されたノノ。それでも諦めることは無い。すぐさま態勢を整え、前に立ち塞がる。多少手は抜いているとは言え、ここまで素早く食い付かれると前へは進めない。



「とりゃああああァァっっ!!!!」

「あっぶなッ!!」

「まぁだまだぁぁっっ!!」


 何度も何度も切り返して、彼女を振り払う。

 振り払ったのに、何処までも着いて来る。


 なんだよ。やれば出来んじゃねえか……ッ!



「驚きましたかッ! ノノの真骨頂はスタミナなんですっ! まぁ、走り過ぎて「ポジション崩すな」ってHerenciaでは怒られてましたけどねっ!」


「でも、間違ってませんからっ! だって、諦めなければ絶対に負けないんですッ! それをっ、ずっとずっとやり続けるだけですッ! そうですよねッ!!」


 再び距離を詰め、足元に食らい付いてくる。

 そのまま突進せんばかりの勢いだ。


 そうだ……やはり、ノノの特長は神出鬼没なポジショニングでも、意外性のあるプレーでもない。


 この底無しの運動量に裏付けされた、圧倒的な存在感。


 無理に動き回らなくても、Herencia戦のように効果的な働きを見せるのだから……これをノンストップでやられた日には、とんでもない武器になる。


 間違いない。市川ノノ。

 お前は、主役になるべくして主役になった。

 いつ、どこでも。すべてはお前次第……!



「あれぇっ!? センパイお疲れですかッ!? まさかっ、女の子のノノより走れないなんてこと無いですよねっ!!」


 絵に描いたような分かりやすい挑発。

 だが、これもこれでノノらしさだろう。


 瑞希が言っていたように、フットサル部は少しばかりお行儀が良過ぎるチームだ。それもこれも、自分たちの力を発揮すれば必ず勝てるという、確固たる自信から来るものだが……そればかりでは行き詰まる。


 自分たちのやり方に固執した結果、Herencia戦の不甲斐ない前半戦だ。そこに着け込み、彼女は確実にフットサル部を追い詰めた。


 やっぱり、嘘かも分からないな。

 お前のプレー……俺たちには「必要」だよッ!



「…………なにしてんの二人とも」

「おーん? もう臨戦態勢ってカンジ?」


 すると、練習着に着替えた4人が扉を開け、コートに現れる。ゴリゴリの闘いを繰り広げる俺たちを、呆気に取られたような様子で眺めていた。


 ナイスタイミングだ。このまま巻き込んでやる。

 まさか、傍観者のつもりじゃねえだろうな!



「愛莉ッ、比奈ッ! お前ら俺のチームな!」

「う、うん。りょーかいでーす」

「瑞希と琴音はディフェンスッ! 早く来いよ!」

「き、急になんですか」

「ボサっとすんな! 3対3やッ!」


 急かすような声に押され、4人もそのままコートに入る。なにがなんだかという顔をしているが、すぐに気付くだろう。この勝負の意味に。


 それに、ようやくだ。


 今までずっと奇数で、俺はフリーマンばっかで、ミニゲームにも混ざれなかったんだから。これで心置きなく、本気で勝負できるってモンよ。



「比奈っ!」

「はいはーいっ!」


 左サイドでボールを受けた比奈が、そのまま直線にドリブル。ノノと対峙する形となるが、その後ろを愛莉が猛然と駆け上がり、数的有利を作った。



「分かんないけど、これでいいんでしょっ!」


 縦パスを受け取った愛莉。そのままダイレクトで中央へグラウンダー性のセンタリング。


 だが、易々とゴールを奪えるはずも無い。

 身体をぶつけ、コースを制限しに掛かる瑞希。



「へったくそなクロス上げてんじゃねーーッ!」


 俺に渡る前でカットした瑞希は、反対サイドの琴音へと展開。突然のパスに面食らっていたが、上手くトラップに成功し前を向く。


 一気に一人で反対ゴールへドリブル。たどたどしい足取りだが、確実に前へと前進。俺がコースを切ったところで、中央のノノへバックパス。



「センパイ、ゴレイロ以外も出来るんですねっ!」

「……あまり、舐めないで頂けるとっ!」

「ならこれはどうですかッ!?」


 ボールを足裏で引いたと同時につま先で浮かせ、弧を描くようなハイボールを繰り出す。俺の頭を超え、サイドを駆け上がる琴音へ見事にコースが開通した。


 だが、簡単にはやらせない。すぐさま守備に戻った愛莉が身体を寄せ、ボールを奪いに掛かる。さしもの琴音も、全力の愛莉には敵わずコントロールを失った。


 それでも、すぐさま瑞希がフォロー。ボールを拾い反対サイドへ、コートを縦断するようにドリブル。比奈のディフェンスをワンタッチで簡単にいなし、シュートモーションへ。



「やらせっかよ!」

「止めてみろやぁっ!!」


 間一髪でコースを切ったものの、瑞希が相手となればそう楽な戦いにはならない。華麗な足捌きでボールを自在に操り、抜け道を虎視眈々と狙う。


 そして、足裏でボールを止めた次の瞬間。

 猛スピードで背後から現れた、薄ゴールドの影。



「金澤センパイッ!!」

「ナイスランだぜノノイチカワっ!!」


 斜めに動き出すノノへスルーパスが通る。

 堪らず愛莉が寄せに入るが、間に合わない。


 右足から放たれたシュートは、真っ直ぐゴールマウスを襲う。それでも、辛うじて守備に戻っていた比奈が膝でブロック。ボールはどちらのものとも言えぬ微妙なエリアへ零れる。



「――――はっや!?」


 焦燥にも似た愛莉の絶叫が、コートに響いた。ルーズボールに反応したのは…………シュートを撃ったばかりのノノ!



「いよっしゃああああっっ!!」

「やるなノノイチカワっ!!」


 二人の歓声が上がったと同時に、ゴールネットが乾いた音と共に揺れ動いた。


 なんてことはない、左脚で流し込むだけの他愛ないシュートだが……あれだけフリーで撃たれちゃ、な。



「……やっぱり、敵に回すと恐ろしいわね」

「引き込んどいて良かっただろ」

「……今の動き、陽翔くんみたいだったね」


 確かに、比奈の言う通りだ。


 琴音に出したロングパスと言い、ディフェンスの穴を突く効果的なランニングと言い、最後の最後を持って行く抜け目なさと言い。普段、俺が担っている役割である。


 でも、間違ってもノノは、俺の代わりじゃない。たった一人の……市川ノノにしか出来ない役割だ。



「ノノの勝ちですね、センパイっ!!」


 憎たらしいほどの笑みを浮かべ、Vサインを掲げるノノ。まぁ、そうだな。ゴール決められたし。


 でも、少しだけ訂正はしておきたい。



「お前らの勝ち、だろ。ノノ」

「……むふふふっ。えぇ、そうですねっ!」

「その通りです。私たちの勝ちです」

「なんで琴音が偉そうなんだよ」

「まっ、どっちにしろハルの負けだけどなっ!」


 ケラケラと笑う瑞希に誘われ、みな揃いも揃っておかしそうに笑い出す。


 まるでいつも通りの俺たち。なのに、いつもより多い。いつもとは、違う光景。


 少なくとも、5人とノノではない。

 このコート立っているのは、6人だ。



「……まだ負けてねえよ。たかが先制点や」

「じゃっ、試合続行ですねっ!」


 笑ってんじゃねえ。すぐ泣かせてやる。

 市川ノノの癖に、生意気な。



「比奈、アイツ殺せ。思いっきり削れ」

「えー? ノノちゃんに悪いよー」

「舐められて堪るかよ。愛莉も、ガチでやれ」

「……あったりまえでしょ!」


「なんかほざいてますけど、あの人!!」

「まっ、ハルも一回痛い目見ないとなっ!」

「そろそろ負けを知った方が良いですね」

「というわけでノノにボール集めてくださいっ! ギッタンギッタンにするんでっ!」

「あーん!? あたしがこっちのエースに決まってんだろッ! チョーシ乗んな殺すぞッ!!」

「うえぇぇぇぇ!? なんでぇぇッ!?」

「……瑞希さんが二人になったみたいです……」



 ちょっとずつ、ちょっとずつ良い。


 俺たちは、俺たちらしく。

 もう一度、チームになっていこう。


 真っ当な努力なんて、誰にも必要無い。流れ着いた先が、俺たちの居場所になるのだから。 



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