221. そういう風に出来ている


「ノノが身を置いた場所は、みんなグチャグチャになります。跡形もなく、最初から何も無かったみたいに……ノノが悪いのも、ノノだけが悪くないのも、分かってます……分かってんですよ……でもっ、結果的にそうなっちゃうんだからっ、仕方ないじゃないですか……っ!」


「ノノが深入りすればするほどっ、みんな引き摺り込まれるんですっ……浅瀬でぷかぷか浮いてれば、それで十分なのに……足の着かないところまで潜る必要なんて無いのに……ノノがそこに飛び込んだだけで、みんな沈んでいくんですよ……ノノはっ、そういう重い人間なんです……っ!」


「はじめからっ、居なけりゃいいんですよっ!! 居場所が欲しいのはノノだけでっ、誰もノノのことなんて欲しくないんですっ! 分かってますよッ! ノノが居なければ、それで十分なんですッ! だから空気になろうとしたんです! 居ても居なくても変わらないくらいの存在にっ!」


「でもっ、ダメなんですっ!! 二酸化炭素ですよノノはッ!! 目立たなければ、目立たないほど役に立つっ、そういう存在なんですッ! ノノだって好きでCO2やってるわけじゃないですよッ! でもしょうがないじゃないですかッ! 他の何にもなれないんですから……ッ!!」


 ボロボロと涙を流し、顔を押さえる。

 

 どれだけ努力しても、市川ノノは市川ノノ。根元の部分が変わることは無い。誰に指摘されるまでもなく、彼女は自身のことをよく理解している。


 だからこそ、受け入れられないのだ。

 意図せずとも飛び出すエゴイズムに。



 誰だって、人生の主役は自分自身で。彼女にしたって、そんな当たり前の欲求を常に拵えている。ノノだけが抱えている問題ではない。


 手の届かない憧れと、身体を纏うどうしようもない現実。相容れないリアルの間で、彼女ががんじがらめになっている。


 でも、まだ救いがあるだろ。


 空気にすらなれない、なろうともしない。なれるはずがない連中が、この世には大勢いる。例えば、お前の隣にも。俺の近くにも。


 そんな出来損ないでも、歯を食いしばって生きている。役に立たないなら、立たないなりにどうにか生きている。どれだけ迷惑を掛けても。


 俺にしたって一緒だ。誰に許されなくても、受け入れられなくても。生きている以上は仕方ない。ならば異分子は異分子として、誰とも手を繋がず生きて行こうと。そう決めていた。



「……要る要らないじゃねえよ、こんなの」


 変わらないものがあるとすれば。

 それは別に、そのままだっていい。


 やはり、言葉にしなければ分からないものがある。そうでなければ、彼女が本当に欲しがっているモノに、ついぞ最後まで気が付けなかった。


 誰かから必要とされなくたっていい。

 大事なものを担う理由なんて、どこにも無い。


 確かに、必要かもしれない。市川ノノの存在は。それはフットサル部にとっても、俺にとっても、アイツらにとっても。何かしらの理由を取って付けてやることも、重要なのだろう。


 でも、それだけじゃ……根本的な解決にはならないのだ。価値が無くなった、必要ではなくなったと彼女が思い込んだ瞬間、どれだけ俺たちという存在が彼女を欲したとしても、意味は無くなる。



 そんな薄っぺらい関係、求めていない。


 何度だって言ってやる。

 人が生きて行くのに、損も得も無い。

 ただ、手を繋ぎたいから、そうするだけ。


 唯一、理由らしい理由があるとすれば。

 お前がお前であるという、ただ一つ。



「なんも求めねえよ。お前になんか」

「…………センパイ……っ?」

「余計な気遣いなんて、それこそ邪魔や。前にも言うたやろ。困ってねえんだよ、お前が居なくても俺らは俺らで、とっくに機能しとる。お前の施しなんぞ欲しかねえんだよ」


 要らないと言えば、要らない。

 欲しいか欲しくないかで言えば、微妙。


 それで片付けられるなら、構わないのだが。

 生憎、俺という人間も単純ではないもので。



「迷惑ぐらい、掛けろよ。好き勝手やって、好きなだけ引っ掻き回せよ……それがお前なんだろ。お前がお前たる証明なら、そうすりゃええ。もう傷付きたくないなんて……お前だけじゃねえ。誰も彼も、傷付くんだよ。どれだけ気ィ張ってたって、生きてりゃみんな傷付くんだよ。それでも……足だけは止めちゃいけねえんだよ……ッ!」


 立ち止まっても、後ろを振り返ってもいい。

 ただ、進み続けるだけ。

 

 時間は止まらない。

 雲のように流れ、過ぎ去るばかり。



「しっかりしろや、市川ノノっっ!!」

「――――ふぇ……っ!?」


 両手で肩をガッチリと掴む。パッチリと開いた大きな瞳は、グラグラと揺れ動きながらも、決して離すことなく俺の目を捉え続けている。



「お前がっ、お前であることを辞めんなッ!! 周りもクソもねえっ、いつどこだって、自分自身の問題なんだよッ!」


「居場所がねえなら、お前が居場所になれやッ! 受け入れられないなら、お前が受け入れろッ!! 分かってんだろッ! お前はっ、お前であることを辞められねえッ!!」


「自分のことまで蔑ろにする人間を、誰が認めてやれんだよッ!! お前がっ、お前自身の味方にならねえで、誰が味方してやんだよッ! アァ゛ッ!?」


「そんなことも分からねえでっ、周りがどうこう言ってんじゃねえッ!! 気ィ使う前に、やるべきことがあんだろ、市川ノノッッ!!」


 嘘も、弱さも。虚勢すらも。

 全部含めて自分だと、認めてやれよ。


 お前なら、分かる筈だろ。ノノ。


 周りより先に、自分を改めろとか、そんなことを言いたいんじゃない。人のせいにするなとか、そういう話でもない。ありふれたお説教なんて、とっくのとうに聞き飽きた。



「…………こんなキショい台詞、何度も言わせんな。俺が、この俺が、他でもないお前と、友達になりたいって言ってんだよ。黙って聞いとけや。取りあえずハイって言えばいいんだよ。アホが」

「………意味分かんないですよぉ……っ!!」


 お前の悪いとこ含めて受け入れてやるとか、そんな段階にすら達していないのだ。当然、優しさでも、同情でもない。俺に、俺たちに、そんな権限はない。勿論、彼女にも。


 ただお前と、対等になりたい。

 空気は空気同士、混ざり合うだけ。


 いや、そうか。それすらも怪しい。

 はじめっから、俺らは対等な筈なんだから。



「…………このままで、いいんですか……っ?」

「たりめえやろ。無駄な悪足掻きや」

「……ノノ、馬鹿ですよ」

「知っとる」

「空気読めないですよ」

「それも知っとる」

「すぐ余計なことしますよ」

「んなもん俺も一緒や」

「……そこにっ、居るだけですよ……っ!」

「お前に限らん、んなこと」

「……なんなんですか。なんなんですかほんとにもぉ……! そんなこと言われたら、断れないじゃないですかぁ……っ!!」


 崩れ掛けた姿勢を支えるように、そっと抱き寄せる。体重丸ごと預ける勢いで、彼女は胸元で嗚咽交じりに泣き続けていた。


 冷え切った身体が、少しずつ熱を帯びて行く。

 水滴で湿り始めたワイシャツの居心地は悪い。


 けれど、不思議と嫌な気はしなかった。

 これぐらいの代償、幾らでも受け止める。


 その代わり、俺も。俺たちもきっと、お前の溢れ出る優しさに、これから甘えて行くことになるのだろうから。前貸しだ。

 

 最も、そのバランスが釣り合わないことくらい、どうってことないけどな。 



「……俺が欲しいのは、ノノ。下手に気ィ遣ってコソコソしてるお前やなくて、こないだの個サルみたいに……あの試合のラストみてえに、好き勝手やって、一人で全部持ってっちまう……我が儘で、どうしようもなくて、着いて行くだけで精一杯になる、そういうノノなんだよ」


「そういうお前が来てくれるなら、フットサル部としても……仲の良いグループとしても、もっと違う景色が見えるんだって、そう思っとる」


「けど…………んなもん、建前や。まずは俺と、ちゃんと友達になれ。なってくれ。アイツらのことは、これから幾らでも考えればええ。受け入れて貰うんじゃない……ただ、真っ当な後輩でいれば、それで十分や。お前になんか、なんも求めねえよ。求めねえから…………その辺におれ。ずっと」


 頼りない友達で申し訳ないけれど。

 まだまだ言葉に頼る、浅ましい奴だけど。


 それで、良いじゃないか。

 友達なん、作るものでもない。

 気付いたらそうなっているんだから。


 他でもない、俺みたいな凡人が、証明できたのだから。ノノ、お前に出来ない筈がない。そうやって間違えながら、行先を見失いながら。


 たかが一歩。されども一歩ずつ。

 お前はお前らしく、前に進もう。


 努力なんかじゃない。

 そういう風に出来ている。図らずとも。



「…………お願いがあります、センパイっ」

「おう。どした」

「ノノ、センパイと友達になりたいですっ」

「今更やな」

「それでも、いいんですっ。けじめですからっ」


 胸元から顔を離したノノは、少しだけ照れくさそうな面持ちでほんのりと笑う。まぁ、コイツの泣き顔見てるのも嫌いじゃないけどな。


 やっぱ、笑ってた方が可愛いよ。お前は。

 そういうところ、もっともっと見せてくれ。



「……ノノ、変わりませんからっ!」


「センパイの、皆さんの傍にっ、ずーっと、ずーーっと居ますからっ! 嫌われても、困られても知りませんからっ! だって…………だってノノは、どうしても、ノノですからっっ!!」


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