219. ちょっとずつ不器用


 一斉にノノを追い掛け始めた一同だったが、思いのほか逃げ足の速い彼女。階段を下って行ったことだけは分かったが、同時に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響き、脚を止める。


 この調子だと、授業が終わるまで待つしかないだろう……かといって、素直に教室へ戻れるかどうかも疑問である。やはり、僅かな時間でも今のまま、ノノを放っておくことも出来ない。



「どうするの? ハルト……っ」

「……俺が探す。お前らは授業出とけ」

「でもっ……!」

「今更サボったところで、俺や。いつものことやしな、おかしなこたねえだろ……それに5人揃って押し掛けるのも逆効果や」


 教室から飛び出た彼女の瞳が捉えていたもの。それは恐らく、俺であって俺たちではない。安心と不安、その両方が混ざり合ったような、混沌とした灰色が脳裏から離れない。



「……怖がられちゃったかな」


 寂しそうに肩を落とす比奈。

 見かねた琴音が彼女の手をギュッと握る。


 表には出さずとも、やはり深いところでノノに対して複雑な思いを抱えている一人だ。大会でのいざこざも、ノノにしたって煽り文句の一つに過ぎなかっただろうが……そう単純に事は運ばない。



「夏休み明けてからの練習も、ノノちゃんとあんまりお話しとかしてないし……壁を作ってるって思われちゃってるのかも」

「比奈に限った話じゃねえよ」

「……私も、大人げなかった」

「それを言うなら、私が一番悪いです」


 似たように、ノノの加入を歓迎していない素振りをあからさまに出していた愛莉と琴音も、申し訳なさそうに顔を俯かせる。


 勿論、ノノの動向すべてがパーフェクトなモノであったとは言わないし、彼女にも彼女で、落ち度とまでは行かないまでも、もっと上手くやれたところもあるだろう。


 だが、それを理由にこの4人を庇うのも……やっぱり、違うと思う。ノノはノノで、ギリギリのところで攻防を続けていたのだ。そして、今も尚。


 誰が悪いわけでもない。

 みんな、ちょっとずつ不器用なだけ。

 俺も含めて、な。



「そのカンジだと、二人で色々あったんだね」

「……まぁ、な」

「じゃっ、あたしたちの仕事は、ハルがノノイチカワを慰めた後に、ちょっとずつ謝るっていう……そんだけにしとこーよ。それぐらいが、どっちにとってもちょうどいーんじゃない?」


 話は纏まったな、といつも通りの様子でニッと笑う瑞希。でも、俺は知っている。彼女にしたって割り切れないところはあるだろうに……最近、お前に汚れ役を任せてばっかりだ。



「……悪いな、世話掛けて」

「べーつにー? さっきも言ったっしょ。あたしだってノノイチカワのことそんなに嫌いじゃないし、まぁ、あれだな。普通に後輩も欲しいんよね。ふつーに。それに、さ」


 少しだけ恥ずかしそうに頬を掻く。


「……あんなとこ見ちゃって、ノータッチでいられるわけねーじゃん。ハルがアイツのこと気にしてる理由も分かったし……うん、ハルの言った通りなんだよな。あたしたちと一緒なんだよ」

「……どういうこと?」


 愛莉が不思議な顔をして聞き返す。瑞希も瑞希で、こないだのやり取りについて色々と考えてくれていたらしい。



「あたしたちさ。フットサル部はあくまでキョーツーの手段? っていうか。よーするに、みんな寂しがりなんだよ。居場所が欲しいだけ、頼れる人が欲しいだけ、近くにいたいだけ、目的があるだけ……違うように見えるけど、どれも一緒だよ。全然、どれが上とか下とか無いじゃないかな」


「思い出したら、みんなだってそうじゃん。長瀬はあたしがフットサル部入るのちょっと嫌がってたし、くすみんはハルのことメッチャ警戒してたし。でもっ、今は仲良しだろっ? そんなもんだと思うんだよね。たまたま、今の5人が仲良しすぎるってだけでさ。キッカケなんて、なんでもいいよなって」


 ……そうだ。人見知りの愛莉は、明らかに自分とキャラが正反対の瑞希を露骨に嫌がっていた。琴音に至っては、比奈を守ろうという一心でフットサル部に飛び込んで来て。


 俺もあの頃は、フットサル部に顔を出すこと自体、億劫にさえ感じていて。どうすればボールを蹴らずに済むか、そればかり考えていた。結果的に喧嘩染みたことまでして、迷惑掛けて。


 初めて食堂で5人が集まったときのギクシャクぶりと言ったら、ノノを前にした今日日の比ではなかっただろう。みんなちょっとずつ変わっているけれど、根本的なところはそのままだ。



 それでも、俺たちは友達になった。

 チームになれた。仲間になれたんだ。


 どんな理由が有れど、俺たちはここに集まって、一つになれたのだから。また、同じような困難を乗り越えるだけだ。


 欲しいものを、手に入れるだけ。

 損得勘定だけじゃない。

 心の在り方を、問われている。



「……俺は、ノノをフットサル部に入れたい。いや、入って欲しい。二人で個サル行ったんだよ。最高のプレーやった。アイツと同じチームでやりたいって、本気で思ったんだよ……それに、まだまだ少ねえけど、アイツと交わした言葉も、時間も……結構、楽しかったんだよ」


 僅かばかりの目配せ。

 深く息を吐いて、彼女は口を開いた。



「……そうね。あの子がチームに入ってくれたら、人数の問題もそうだし、戦力としても有難いわ。ちょっと、面倒な奴だけど…………でも、瑞希と仲良くなれたんだもの。似たようなものでしょ」

「あたしは長瀬嫌いだけどな」

「うっさい! 茶化すなっ!」


 口を開けば喧嘩腰の二人だけど……それでも、コイツらにはコイツらなりの、信頼の置き方がある。憎まれ口をたたき合うこんな関係が、愛莉と瑞希にはベストなのだろう。



「あたしは全然オッケー。あーいうダーティーなところって、フットサル部に足りてない要素でもあるしね。それに、超なんとなくだけど、仲良くなれそうな気がするし。結構性格も似てそうだしさ」

「瑞希ちゃんが二人になったら大変だねえ」

「まーじひーにゃん毒舌になったよな……」

「えー? そーかなー?」


 それは瑞希の言う通りだろう。前までの比奈は、人の話に合わせたり乗っかるのが中心で、自己主張はしなかった。なのに、この夏の間だけでどれだけ彼女に救われたか。


 遠慮が無くなったと言えば聞こえは良いが。

 まぁ、この際深くは問い詰めない。



「ノノちゃんの加入は大賛成だよ。陽翔くんが気に掛けてる子だもの、変な子じゃないだろうし……それに、わたしとノノちゃんって、技術的にはそんなに差が無いんでしょ? でも、ちょっとだけ勝ってるところと負けてるところがあって……なんだか、ライバルみたいで良いなって」

「私では力不足と言いたいのですか」

「琴音ちゃん、ゴレイロだし。適材適所だよ」

「上手く言いくるめられている気がします……」


 一番引っ掛かっているのは、琴音なんだろうな。でも、自分のことは自分でって、さっきも言ってくれたし。凄い勢いで変化し、成長している彼女だけど……こればかりは、お前に賭けるしかないんだ。



「……頭ごなしに否定して、殻に閉じ籠ることの愚かさを、この数ヶ月でよく学んだので。ただ、仲良くしようとかは思ってないです。余計な配慮ですから。幾ら考えても、最後は事の流れに身を任せるしかありません。私が今も尚、ここに居ることが答えです。今回もそうなれば、それが最良でしょう」


 腹は決まったな。全員。

 あとは、俺の仕事だ。



「じゃ、行って来るわ」

「うんっ。頼んだわよ」


 4人を残し階段を駆け下りる。


 なにもかも上手く行くわけじゃない。俺たちがアイツの助けになったって、クラスでの扱いがどうなるかなんて分からない。こっちにしたって完璧な状態で受け入れられるとも断言できない。


 それでも、構いやしないのだ。

 俺は俺のために。俺たちは、俺たちのために。


 独りぼっちで寂しそうな後輩を、ただひたすらに、エゴイスティックに巻き込むだけだ。そのまま呑み込まれるのも、輪に加わるのも。


 ノノ、お前次第だ。いつだってな。


 ほんの少しの勇気で良い。

 お前の欲しいもの、教えてくれよ。



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