217. 食べちゃいたい
「……揉めてる……?」
「んー。たぶん、文化祭の出し物の練習してたっぽいんだけど。結構オコだったよ。ノノイチカワ。でもなんか、一対大勢で責められてたっぽい。話まで聞いてねーけどさ」
特に感情を露わにすることもなく、淡々と目撃した出来事をつらつらと並べる。
瑞希はそれほど関心も示さずさっさとその場を立ち去ったようだ。そりゃ下級生の揉め事に介入する理由も無いだろうが。
ノノのクラスは……そう、ヴェニスの商人だっけ。演劇をやると言っていた。確か、ノノは悪役の、ユダヤ人の金貸しで。
「気になんの?」
「……まぁ、理由ぐらいはな」
「聞いてどうすんのさ」
「聞くだけならタダだろ」
「ふーん…………そっか」
やはりそれほど関心が無いのか。瑞希はだらしなくベンチの背もたれに首を落として、無造作に菓子パンを頬張りながら、快晴の青空をボンヤリ見上げている。
彼女とて、市川ノノに対し複雑な感情を持っていることも。知らないわけでは無い。程度の問題だ。俺がまたこうやって、意図せずこの話題を出すことでみんながどう思うか。予想くらい付いている。
「……めっちゃ気に入ってんね、ハル」
「いや、そういうのじゃ……」
「あたしもさー、くすみんの言ってたこと半分くらい分かんのよ。いやな、そんな嫉妬とかじゃないけどね。たまーに練習で集まっても、ノノイチカワのことメッチャ気にしてるし、話題に出したら速攻フォロー入れるし。なんかあったん? あれか、それともガチ恋?」
ケラケラと小馬鹿にしたように笑う彼女。
だが、空元気な感は否めない。
嫉妬かどうかはともかく、瑞希にしたって平常モードではいられない様子であった。
コイツも何かと都合が悪いときは、増して饒舌になる。琴音とはまた違った意味で分かりにくく、ある意味分かりやすい性格をしているのだ。
瑞希なら、正直に話しても良いか。
そこまで馬鹿じゃないだろ、お前は。
「……前に話しただろ。動機が違うって」
「あー、あれな」
「ちょっと、違う気がしてきてさ」
「…………そーなん?」
「似たような作りしてんだよ、俺らと」
「……ほーん。ハルのお人よしセンサーに引っ掛かったわけだな。んー…………まぁ、あたしもちょっと、違和感は感じていたというか、なんちゅうか」
「違和感は覚えるモンや、アホ」
「だいたい通じるだろっ」
この5人だって、居場所が欲しくて集まったような連中だ。偶々フットサルが軸にあるというだけで。それが無ければ始まらなかったのも本当のことだけれど。
自分たちの出来の悪さを棚に上げるつもりは無いが。そういう理論で片づけるのならば、市川ノノにもこの輪の中に飛び込むだけの資格も、理由もあると思う。
だが重ねて言うように、俺たちに彼女を「認めてやる」とか「入れてやる」とかどうこうする、大層な権限など万に一つも持ち合わせていないのだ。
損得勘定だけで動いているなら、この5人でさえ5人にはなり得なかった。
まぁ、それも、後付けの理由か。
瑞希の言ったことも、嘘ではない。
ただ単純に、市川ノノが気になっている。
普通に、友達になりたいだけなのかも。
実にシンプルな話で。気の知れた仲間が一人でも多ければ多いほど、自分自身が納得するという、分かりやすい答え。
なにが必要とか、不要とか。
そうじゃない。唯のエゴイズム。
「……俺も、悪かったんだよな」
「…………うん」
「フットサル部にとってどうとか、関係ねえよ。普通に、アイツともうちょっと仲良くなりたいだけ……それで、少し困ってるってんなら、助けてやりたいっつう、そんだけや」
「……そっか」
だらしない表情筋はいつものことであるが。どこか憑き物が取れたように、すっきりとした顔立ちをしていた。瑞希はベンチから立ち上がり、腕を重ねてグッと天に伸ばす。
「結局さっ。ハルとあたしたちの、考えかたの違いなんだよねっ。フットサル部に求めてるものはみんな一緒だけど、一人ひとりに求めてるものは、ちょっとだけ違ってさ」
「……かもな」
「そーだよなー。あたしも焦ってたのかも。ハルはハルだし、そんな簡単に変わらんのにさっ。ちょっと色々あったからって、みんなもしんけーしつになり過ぎなんだよ!」
「色々?」
「色々だよっ!」
すべて丸めて呑み込んだと言わんばかりのクシャッとした笑顔を浮かべ、彼女は振り返った。言いたいことは、なんとなく伝わったらしい。
そうなんだよな、瑞希。
アホだけど、馬鹿じゃないんだよ。
こうやってたまに助けられるから、辞められねえわ。お前の友達。
「あたしもさっ、ノノイチカワのこと、結構好きだよっ! 見てて面白いし! うん、そーだな。フットサル部の一員としてどーとかゆーより、普通に友達なるわ」
「まっ、波長は合いそうだな」
「一回喋ったらもう友達っしょ?」
「それはハードル低過ぎやろ」
「つうわけで、様子見に行きますかっ。ハルが心配してるってことは、あたしにとっても心配のタネだからなっ」
そのまま校舎の方へと歩き出す。
どうやらノノの教室へ向かおうとしているらしい。俺も気になっていたところだ、昼休みももう長くないし、さっさと行くか。
「そーいうわけだからっ! いーよなくすみんっ!」
「…………だから、何故気付くんですか」
「バレバレだっつうの! ほらっ!」
影からこちらを覗いていた琴音がひっ捕まえられる。何だかんだすぐ戻って来たのか。で、俺たちの話を聞いていたという……これはこれで、単純過ぎて心配だわ。
「……取りあえず、ですよ」
「あ?」
「貴方がどれだけ友人を増やそうと、私には関係ありませんから…………こっちはこっちで、その……諸々含めて、どうにかするので。お構いなくっ」
「……あ、そう……っ」
相変わらずその表情こそドゲザねこのストラップを掲げ隠しているが、一応対話が出来るまでは回復したようで。
そうだな。琴音の性格じゃ、ノノと仲良くするのは大変だろうけど……別に、無理する必要も無い。
結局は、個人間の問題なのだから。わざわざフットサル部という大枠にすり替えて考える必要なんて無い。
「んもぉぉー~~素直じゃないなぁくすみ~~ん! スパっと言っちゃえばいーんだよっ! 誰を愛そうがどんなに汚れようが構わぬっ! 最後にこの琴音の横におれば良い! ってな!」
「ラ○ウかよ」
そんな重苦しい覚悟はいらない。
「……でも、ごめんな。琴音」
「……なにがですか?」
「最近、ほったらかしにしちまって。なんか、琴音が近くにいるの、当たり前になり過ぎたっつうか……それに甘えてたのはある。だから、もう少しバランス取るわ」
「…………わ、分かればいいです……っ」
掲げたドゲザねこごとプイッとそっぽを向く。
なにこの可愛い生物。食べちゃいたい。
「あれえ? みんななにしてるの?」
「もう戻るところ?」
「いや、ちょっと……え、お前ら昼は?」
「あー……クラスの子と食べちゃったから、顔だけ出そうかなーって。ちょっと疲れちゃったし、こう、成分補給っていうか……っ?」
「あははっ。うん、そんな感じだねえ」
なんて話していると、愛莉と比奈が合流する。もう昼休みも短いだろうに、わざわざ中庭にいるであろうと俺たちに会いに来たのか。無駄に律儀だなこういうところ。
いや、でも、疲れたのは本当のことなのだろう。何だかんだ、コイツらも結構無理してるんだろうし。気持ちは十二分に分かる。
……せっかくだし、全員で行くか。
良い機会だろう。二人にとっても。
そう、これはあくまで、俺の個人的な感情によって動いているだけのもの。だが、俺みたいな中身空っぽの人間にしちゃ、彼女たちがいるといないでは大きな違いなのだ。
何度も言うが、俺のエゴだ。こっからは。
そっからどうするかは、お前ら次第だけど。
そんなわけで、瑞希を先頭に一年生のクラスがあるフロアへと向かう。愛莉と比奈には、特に説明はしない。これはこれでどう反応するか見てみたかったし。
B組の教室の前で立ち止まる。
結構なボリュームで言い争いをしているのが、ドア越しでも聞こえてきたからだ。かなりバッチバチにやり合っているようだ。
扉の窓ガラスから中の様子を窺う。何事かと事情を知らない二人も興味深そうに覗き込む。その際、顔が五つ揃ってすっごい窮屈になっているのは、まぁ良いとして。
一際ヒートアップしている人物を両目で捉える。市川ノノだ。だが、いつも通りの彼女ではない。
今にも泣き出そうな顔をして、彼女は手に持っていた台本のような冊子を、机に向かって思いっきり投げ付けた。
「だからっ、練習しなきゃって言ってるじゃないですかっっ!!」
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