215. 壊れてるものは壊れてる


「ノノ、言いましたよねっ。ノノのことをワクワクさせてくれる人の近くに居たいって。あれって別に、プレーだけの話じゃないんですっ」


「ノノが凄いことなんて、とっくに知ってんですよ。だからたぶんっ、ノノよりすごい人が、ノノより輝いている人が居れば、ノノは上手いこと隠れられるんです。埋没できるんですっ。例え大多数の一部であったとしても…………ノノはっ、そこに居られるんですっ」

 

 確かに彼女のプレースタイルは、いつもどこかに隠れていて、重要な場面で決定的な仕事をする……云うならばそれは、普段は大多数のなかに埋もれているようなものだ。


 そのプレーが、彼女の理想を体現したものであるのならば……目論見はおおよそ成功していると言えるだろう。


 しかし、それはあまりに勿体ない。

 お前は……決して大勢のうちの一つじゃない。


 いつだって、主役になれる、そういう人間だろ。

 少なくとも、あのコートでお前は主役だった。

 俺に負けないくらい、輝いていたのに。


 勿論、コートの外でもそれは変わらない。

 お前が輝いちゃいけない理由なんて、ある筈が。



「いっつもこうですっ。上手く隠れたと思ったら、変なところから顔出して。みんなしてボコボコ叩いて来るんです。出来の悪いもぐら叩きですよっ。ブッ壊れてます。出て来た瞬間、ノノにだけ寄ってたかって、お金も払わずに袋叩きで」


「そりゃまぁ、ノノも基本は隠れてますけどねっ。でもたまには出て来たいじゃないですか。ていうか、出てこないともぐらとして失格ですよ。だから顔出すんです。そしたら「お前は出て来なくていい」って、意味分かんないですよっ…………ノノを叩いたって、壊れてるものは壊れてるのに。直りゃしないんです。どうしたって」


 スケープゴート。

 そんな言葉が思い浮かんだ。


 どんな集団、グループにおいても、人と人の集まりなわけだから、大なり小なり問題は抱えているものだ。当然、フットサル部にもそれは当てはまる。


 そんなとき、問題に直面したグループはどのような行動を取るか。問題点を探して、それを改善するのが当然で、まずやるべきこと。当たり前だ。


 だが、人間はそう単純な生き物ではない。

 誰だってミスや間違いを認めたくない。


 だから、誰かの責任にしようとする。

 例え自分に非があったとしても。


 少しでも他の要素を責める理由があれば、一点に向かって全力で叩き上げる。何が悪いかではなく、誰が悪いかで物事はいつも動いている。

 


 以上の理論で考えると、彼女は。市川ノノは、何をするにも目立ち過ぎる。意図せずとも声はデカいし、見れくれは目立つし、言動は注目を浴びる。


 正直にモノを言うその性格も、時に鋭利なナイフにもなり得るだろう。傍から見ればまん丸であったとしても、向けられた当人がそれをどう捉えるかは分からない。


 先日の試合やこの独白からも察するに、彼女はそれなりの自信家で、物事を正確に捉えるだけの頭も、最適解を導き出すスピードも、あらゆる要領の良さも持ち合わせている。


 それ故に、受け入れられない。

 全てにおいて、彼女は人々の先を行く。

 つまるところ、癪に障るのだ。


 理不尽な仕打ちだと、誰もが思うだろう。だが世の中は、そんな残酷な現実を、あろうことか正義とまで宣う。理論ではない。結果だけが問われる。批判されれば、それはもう悪でしかない。



 独りぼっちなのだ。

 たった一人で、この世界を生きている。


 誰も彼女と歩幅が合わない。

 合っていたとしても、合わせる気が無い。

 

 だから、そう思ったんだ。

 コイツは、俺に似てるって。



「……だから、次はフットサル部か」

「はいっ。ノノ、役に立ちますよ?」

「損得勘定じゃねえよ、こういうのは」

「でもっ、大事じゃないですかっ」


 口角こそ吊り上げど、瞳は笑っていない。


 俺たちを思いやっての言葉なんかじゃない。

 態度に出さずとも、分かり切った話だ。

 そういうの、縋ってるって言うんだよ。


 彼女も必死なのだ。

 次こそは、失敗しないために。


 思い返せば、練習中の過剰なまでのサポートも、自分を傷付けるように陽動する幾多の言葉も。ただひらすらに自身の居場所を、仕事を見つけようと、躍起になっていたことが分かる。 



「あのなかに混じったら、ノノは絶対に一番なんてなれないですよ。長瀬センパイほど点決められないし、金澤センパイより上手くないし、倉畑センパイより気が利かないし。楠美センパイみたいにゴレイロなんて出来ないし。インスピレーションなら、ちょっとだけ勝てるかなって思いましたけど。でも、それを言ったら陽翔センパイもいますからっ」


「ノノが埋もれるには、これ以上の環境は無いと思いますっ。皆さん、個性の塊ですからっ。これも巡り合わせですねっ。だいぶ遠回りしましたけど、やっとノノが居てもところを見つけられたっていう、そんな気がしてますっ」



 少し、失敗してしまったな。

 こんなことなら、すぐ練習に参加させれば。


 愛莉たちに気を遣い過ぎて、まずはその辺で見てろとか。彼女には最も残酷な仕打ちであったに違いない。いつ、俺たちに見放されるか、ビクビクと怯えながら。彼女はどうにか認めてもらうと必死になっていたのだ。



「でもっ、ただノノの居場所が欲しいってだけじゃないんですよっ。フットサル部は、ノノが今までいたところとは、何かが違うって、本気で思ってます」


「だって、すっごい不思議なチームですよっ。男が陽翔センパイ一人で、あとはみんな女の子で。普通だったらセンパイだけハブられて、女子の帝国になりますよ。普通。でも、違うじゃないですかっ。みんなセンパイが基点になってるんです。それなのに、女子の先輩はみんな仲良しで」


 それはまぁ、そうかもしれない。

 普通なら色々揉めるだろうな、この編成じゃ。


 ただフットサル部は、だいぶ特殊な事情で結成されたチームで。男女間の関係がどうこうという段階をすっ飛ばして、俺たちはまず、友達になれたから。余計な火種も起こらない。


 それどころか、もう、家族みたいなものだ。


 事実、俺や愛莉は複雑とまではいかないまでも、捻くれた家庭環境で欠けてしまった部分を、無意識のうちにフットサル部に求めている節がある。恐らく、他の連中にも似たようなことを考えている奴はいるのだろう。


 ちょっとはそっとでは崩れない信頼がある。だから、市川ノノを受け入れ難い連中の気持ちも、分からないことは無いのだ。俺だって、抵抗が無いわけでもない。



 でも、俺は。

 それすらも呑み込んで、お前に言いたい。


 だいたいな。お前、ちょっと勘違いしてるよ。最良の環境なんて、少しふらふらしたところで、勝手に転がって来るようなものじゃねえだろ。


 自分自身の力で、掴み取れよ。

 お前が、本当にすべき、真っ当な努力で。


 間違っても、埋もれる努力なんかじゃない。

 お前がお前だと、証明するための努力を。



「まずは、友達にならんとな」

「…………ふぇ?」

「俺だけじゃねえ。アイツらとも、だ。あんな、ただ雑用諸々こなしてくれる便利な後輩なんて、要らねえんだよ。何だかんだでみんなしっかりしとるし、そういうのは元々分担してやっとる」

「……じゃあ、やっぱりノノはっ」

「だから、次の練習からボール蹴れよ。ええか、命令や。センパイ権限。お前のプレーと、お前自身で、アイツらを納得させんだよ」


 勿論、アイツらにも問題はあるのだ。


 バラバラだった5人は、上手く集まって互いの欠けた部分を補い合っている。あれが理想形だと信じて止まない。だからこそ、大きな変化を恐れている。自分だってそう。


 けれど、完成系では無いのだ。

 そもそも、部員足りてねえんだから。



「……無理ですよっ。またっ、繰り返しですっ!」

「心配すんな。俺が説教してやらぁ」

「いいんですっ! 本当に、いるだけでっ!」



 頬を伝う潤いごと喉に詰まらせ、叫んだ。



「嬉しかったですよっ! ノノが好き勝手やっても、あの試合は……それは間違いなく、陽翔センパイが隣に居たから。センパイがっ、同じくらい好き勝手やってくれたから……まぁ、それはそれで、悔しさはあるんですけどっ!」


「でも、それ以上に嬉しいんです! 楽しかったんですッ! こんなに楽しくて良いのかなって! センパイはっ、ちゃんと共有してくれたんですよっ……でもっ……でもっ!!」


「センパイはノノのこと、分かってくれるかもしれないけどっ……他の先輩たちが、もしも、そうじゃなかったらっ、ノノはもうっ、耐えられませんッ! 怖いんですッ! ノノはもう嫌なんですっ! 傷付きたくないんですッ!!」


「分かってます、そんな人たちじゃないってっ、皆さん優しい人たちだって、分かってますけどっ!! ぜんぶ、ノノの問題なんですっ!! ノノが悪いんですっ!!」


「…………だから、ごめんなさい、センパイ」


「ノノには……ノノにはできません……」



 強い風が吹き、古ぼけた街灯が、静かに揺れ動いた。中身は電気だ。蝋燭の火でもあるまいに。


 そのまま風に乗って、彼女の身体ごと、どこか遠くへ飛んで行ってしまいそうで。夜道を駆け抜ける彼女を見つめ続けるだけで、それが嘘ではないことを知った。




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