214. そこに居たいだけなのに
豪華爛漫のツーマンショーはコートの利用時間を持って、万来のスタンディングオベーションを引き連れ終演を迎えた。
止まることの無い俺と市川ノノのゴール、アシストラッシュ。何点決まったかも曖昧で、覚えていることと言えば、こちらのチームがほとんど二人だけの力で勝ち続けたということだけだ。
暫くフットサル部の活動が休止していたこともあって、俺自身にとっても良いリフレッシュになったと思う。
練習中やこれまでゲームでは、後方で守備やチャンスメイクに徹することが多かっただけに、市川ノノから送られる幾多のプレゼントパスは、僅かに擦り減っていた自尊心とプレーへの喜びを思い起こさせるに十分な施しであった。
彼女も彼女で、頭から最後まで笑顔を絶やすことなく、コートを縦横無尽に駆け巡る姿が印象的だった。
相手のプレッシャーをいとも簡単にいなし、瞬く間にデッドスペースを陥れるそのプレーぶりは、実に小癪で癇に障る。
こんなじゃじゃ馬を相手にしていたのだから、俺たちがあれだけ苦戦したのも頷ける話だろう。
「楽しかったですねっ、陽翔センパイっ!」
着替えを終え施設から出たところで、市川ノノと合流する。よく言えたものだ、あれだけ大勢の相手を絶望させておいて、当の本人は気にも留めていない。比奈が小悪魔なら、お前は魔王か何かか。
薄ゴールドで少し癖のあるミディアムヘアが、隣でふらふらと揺れている。街灯の明かりにも劣らぬ輝きを放ち、彼女は満足そうに微笑んだ。
そうだな、と短く返して、スマホを取り出しSNSをチェックしている彼女を少し高いところから見下ろしてみた。
身長は、瑞希や比奈と同じくらいか。分かりやすい凹凸を見るに、二人はよりかはデカい。愛莉や琴音には及ばないが。
色白の肌に大きな瞳。普段の言動に隠れてあまり意識したことが無かったが、よくよく見ると結構垂れ目気味で、黙っていれば穏やかな可愛らしい顔をしている。
整った容姿と意外性のあるプレーはともかく、どこにでもいる女子高生の部類だろう。
だからこそ、引っ掛かる。
彼女の抱えている何か。
それが闇か光かも、まだ分からない。
「なぁ、ノノイチカワ」
「その呼び方はなんなんですかっ?」
「別にええやろ」
「せめてあだ名なら市川ノートルダムに……」
「なげえよ」
「ノノイチカワだって長いですよっ!」
「つうか誰が考えたんそれ」
「えっ? ノノですけどっ?」
自分で呼んで欲しい名前とか考えてんのかよ、寂しい奴だな。まぁちょっと面白いから許すけど。
「もっと他にねえのかよ呼びやすいの」
「ならノノでいいじゃないですかっ!」
「え、なんかやだ」
「なんですかそれぇっ! いいじゃないですかぁ」
そう、こうやって接している分には、真っ当な相手なのだけれど。多分、フットサル部の誰よりも。
それ故に、もどかしい。
可愛いらしい笑顔だ、とても。
でもそれって、本心で笑ってるのか。
「…………でも、まぁ、ノノでええか」
「じゃあほらっ、呼んで下さいよっ!」
「……ノ」
「ノノですってばっ! なんですかノって!」
「わぁったよ、ノノ、な。はいはい」
「……むふふふっ、はいっ、おっけーですっ」
今日一の嬉しそうな様子でニンマリと笑う。
たかが名前一つで、随分な反応だ。
「ノノ、名前で呼ばれること無いんですよね」
「そんだけあだ名あんなら同じようなモンやろ」
「だからあれは、全部ノノのオリジナルですっ。みんな市川か、市川さんって呼びますからっ。不思議ですねっ、こんなに言いやすい名前してるのに、誰も呼んでくれないんですよっ?」
ふと立ち止まった彼女は、片手で拵えていたスマートフォンを両手でグッと握り締め、画面か地面かも分からぬ曖昧な視線を飛ばす。
「…………あの、陽翔センパイっ」
「……あん」
「今日のノノっ……ちゃんと出来てましたかっ?」
「……は?」
「センパイのプレーの邪魔しちゃったりとかっ、余計に目立ったりとかしてませんでしたかっ? ノノっ、そういうのホント嫌なんでっ」
募る不安を隠そうともせず、瞳と唇を小刻みに揺らす。彼女が待ち望んでいる言葉一つならまだしも、その内なるものまでは、理解に及ばない。
「……邪魔なんかしてねえよ。もう忘れたのか? 最強だったろ、俺ら。お前が好き勝手やってくたおかげで、俺も好きなだけやれたんだよ」
「…………ならっ、良かったですっ」
一転、安心し切ったように肩を撫で降ろした。
駆け足でとことこと近付いて来る。
そんな安堵の裏で、疑念は積み重なる一方。
人間、長いこと生きていれば言葉と行動に多少の乖離というか、言っていることとやっていることが違うなんてことは往々にしてあり得る。
だがそれにしたって、彼女がいつも見せているアクティブな行動と、まるで自身の在り方さえ疑わしいと言わんばかりの言葉たちは、どうしたってバランスが取れていない。
「……お前さ」
「ノノ、ですっ」
「……ノノって、友達とか居ねえの」
「なんですか、急にっ。居ませんけど」
「そういう風には、見えねえんだけどな」
「そりゃそうですよっ。友達いっぱい、元気いっぱいの市川ノノが、ノノの理想なんですからっ。カモフラージュなら大得意です。とんだハリボテですけどねっ」
十字路のミラーに映る小柄な彼女。
少し肌寒い風が、スカートを靡かせた。
でも、確証が無い。俺が見えている彼女は、本当に彼女なのだろうか。それが言うところのハリボテで。
もしかしたら、そんな考え方が盲目に繋がっているのかもしれない。この数ヶ月、よく勉強させられたものだ。目に映るものが全てでは無いし、見えているものもまた真実であると。
「嘘を付いているわけじゃないですよっ。でも、本当のことを言っているわけでもないんですっ。そうすることで、ノノは、丁度良くなりますから」
ぽつり、ぽつりと途絶えながらも、紡がれていく言葉たち。そのすべてが本当かなんて、やっぱり分からなかったけれど。でも、嘘では無いということだけは、知っていた。
「……ノノ、基本的に空回りしてばっかなんですよ。ほらっ、ノノって可愛いし、運動も出来るし、頭もそこそこ良いし、なんでも頑張れるし、何よりメッチャ元気じゃないですか。スーパーウーマンなんですよ」
「だから、まぁ、疎まれますよね。ノノ、なんでも出来ちゃいますからっ。要するにバランスブレイカーなんですよ、ノノって。ノノの個性が強すぎて、色んなグループのバランスを崩しちゃうみたいで。上手いことハマれば良いんですけどね。まぁ、ハマらなかったですよ、どこにも」
「サッカー部のマネやってたのは、ホント偶然なんですよ。クラスの仲良かった子に誘われて。過去形ですけどっ。まぁサッカー好きでしたし。見る方もやる方も。だから、ここがノノの居場所になるのかなって。なれるかなって。まぁ、駄目でしたけど」
「Herenciaは高校に上がって、ちょっと身体動かしたいって感じで探して入ったんですけど。そこも駄目でしたね。ノノが入ってから強くなったのも本当ですけど、微妙に仲悪くなっちゃいました、みんな。本当はもっと緩く活動したいらしいですよ」
「多分、ノノが抜けて喜んでるんじゃないですか。皆さんあのチームのこと褒めてましたけど、そんなもんですよ。あの人たちの向上心なんて。フットサル部の足元にも及ばないです」
「…………ノノはただ、そこに居たいだけなのに。これって、ノノの性格が悪いからなんですかっ? ノノが余計なことするからですか? ノノが…………駄目なんですか?」
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