210. 今や俺がアルパカ


 夏休み明けの気だるいムードから一変。山嵜高校は一ヶ月と少し先に迫った文化祭に向け、授業終わりともなると雑多に塗れた声があちこちから飛び交うようになった。


 運動部系に所属している連中を筆頭に、文化祭など出ている場合じゃないという層もゼロでは無いが……ほとんどのクラスメイトは、比奈の考案したコスプレ写真館に協力的な姿勢を見せ、放課後は衣装の製作に取り組んでいる。


 数名の女子生徒、家庭科教諭の協力により、自宅から持って来てくれた大量の裁縫道具や被服室備え付けのミシンが大量に導入され、作業ペースは想定したよりずっと早い。俯瞰して見渡せば、ちょっとした工場みたいな光景だ。



「上手いモンやな」

「まーねっ……少しくらいの解れなら、自分でも家で直してるし。小さい頃にお母さんの真似して、自分の服とか作ったこともあるんだから」

「…………へー。すご」

「全然信じてないわねアンタ……」

「キャラじゃねえなぁ、と」

「私になにを求めてるのよ」


 呆れ顔でミシンのスイッチを切り、糸みたいなやつを交換し始める。なにがどうなっているのかサッパリ分からない。メチャクチャ使いこなしてる。


 愛莉みたいな脳筋は料理できない、家事できないダメダメお転婆っ子って相場は決まってんだよ。なに普通に主婦力見せつけてくれとんねん。惚れるわ。



 と、いう感じで作業のほとんどは愛莉一人に任せっきりのこの頃である。三人一組とは言うものの、比奈は全体のリーダーとしてあちこち見て回っているから、実質愛莉と二人での作業。


 俺の仕事と言えば、彼女の話し相手になってやるくらいで、それらしいことは何もしていない。極稀にミシンを使わせてもらうくらい。全然真っ直ぐ縫えないからすぐ交代させられるけど。



 一週間ほど、我々B組の三人はこの作業に追われていて、フットサル部に顔を出せていない。


 一方で瑞希と琴音も、クラスの準備や委員会の仕事で何かと駆り出されているようで、活動らしい活動もほとんど出来ていなかった。


 これが文科系の部活だったら、当日に何かしら出展しますなんて言って都合よく集まれるんだろうけど。フットサル部が文化祭でなにをやるのかという話である。

 まさか、本番日も真面目に練習してたって仕方ないし、こればっかりは各クラスでの出し物を優先しなければならない。



「倉畑ー、ちょっと頼むわー」

「はいはいは~い」

「比奈ちゃーんその後おねが~い!」

「はーい待っててね~っ」


 忙しそうに教室を駆け回る比奈。


 衣装のアイデアは比奈が全部出しているから、作業に行き詰まるとそのしわ寄せは全て彼女のもとへ帰って来る。当人はそれすらも楽しそうにしているが。



 彼女が纏め役としてしっかり機能していることもあり、クラスの雰囲気は中々に悪くない。


 あまり乗り気でなかった男性生徒たちや一部の女子たちにも、最低限これだけは、という仕事を与えられたのが良かったのだろう。露骨にサボろうとする人間は今のところ見受けられない。


 いるとしたら、俺か。

 作業見てるだけやし。



「陽翔く~ん。暇ならちょっといい~?」

「えっ。忙しいけど」

「そんな風には見えないなー?」

「いや、愛莉とイチャイチャする仕事が」

「……はっ、はぁぁァァーーッッ!?」

「ならもっと駄目かなー。こっち来てー」


 茹でた蟹にも劣らぬ真っ赤な顔色を見せ狼狽する愛莉を思いっきりスルーし、比奈の後を着いて行くように廊下へ出た。


 並べられているハンガーラックには、既に完成している衣装が何着か連なっている。



「もうこんなに出来とんのか」

「レイさんに頼んで、何着か作ってもらったんだ。ほら、陽翔くん当日は衣装着て色々と動き回るでしょ? 今のうちに耐久性とか、着心地とか、試しておいて欲しいんだよね」


 俺と愛莉が着る服は、レイさんの手作りってわけか。今一つ何かが信用出来ないのは果たして。


 衣装の一つを取って、手渡される。同時に掌へ乗せられたのは……なにこの丸っこいの。



「なんこれ」

「ヘアワックスだよ。ジェルタイプのやつだから、思いっきりこう、グワッ! って上げちゃった方が自然な感じになると思うな」

「……え、必要かこれ?」

「本番を想定してってことだよ」


 となると、当日も付けんのか。


 こういうの嫌いなんだよな。髪の毛はまぁ、単純に興味が無いってだけだけど……前髪に関しては、目つき悪いの隠したいがために伸ばしてたみたいなところあるし。


 俺みたいな腐った目の持ち主を人前に晒して良いものか、一向に分かり兼ねる。比奈以外からの反応が実に心配だ……。



 トイレで着替えを済ませ、それっぽく髪の毛を上げて教室へと戻る。たぶん、比奈が最終的なチェックはしてくれるだろうし、適当だこんなのは。


 前回のデートで着ることになったものとは違い、執事は執事でもブルーを基調とした割とラフなスタイル。そうは言っても重たい格好だけどな。日常生活でこんなん着たら悪目立ちするわ。



「おかえりー。はい、座って~」

「無理や、セットとか分からん」

「はいはいっ、今やってあげるから」


 用意された椅子に座らされると、すっかり元の長さに戻った髪の毛をあちこち引っ張ったり、わしゃわしゃしたり。結局、比奈に全部任せる格好となる。


 一応、普通に廊下でやっているわけだから、他のクラスの連中には丸見えなわけで……こちらを興味深そうに覗いている女子生徒が何人か見受けられる。恥ずかしい。これは想定してねえよ。



「はい、おっけー。うん、バッチシだねっ」

「……一応、鏡とか」

「あるよっ、はいどうぞ」


 手鏡を受け取り、髪型を確認してみる。


 また、随分と思い切って上げたな。左側に余った大量の髪の毛を流していて、もう目も耳も隠れる勢いだが……右側はもみあげに髪の毛を掛ける感じで、すっきりとした印象だ。


 多分、俺じゃ一生思い付かないというか、やろうともしない髪型だ。前に一度だけ行った美容院で、こんな感じの美容師おったな……なんだあのアルパカみたいな奴とか馬鹿にしてたけど、今や俺がアルパカか。人生分からんモノだな。



「じゃあ、みんなに見せてこよっか」

「えっ、ちょ……おい、比奈っ」

「みんなー。陽翔くんどうかなーっ?」


 背中をグイグイと押して、教室へと入らされる。

 彼女の一言に、皆の視線が俺へと集中した。



「…………えっ、ハルト?」

「実に信じ難いが、何故かこうなった」

「……ふ、ふーん……まぁ、結構かっこい――」


「すっごおおおおっッ! えっ、なにこれメッチャイケメンじゃんっ!! やばぁぁ!! まじで本当に廣瀬なのっ!?」

「超カッコいいじゃぁんっ!! やばぁ! ねえ、ちょっと写真撮らせてっ!!」


 愛莉がなにか言い掛けたところで、クラスの比較的騒がしい女子グループが大挙して押し寄せて来る。逃げる暇もなく、あっという間に囲まれてしまった。


 よ、よく分からないけど……イケイケギャルたちには好評のようだ。スマホを向けられ、パシャパシャと写真を取られまくる。嗚呼、貴重な肖像権が。



「あれっぽくないっ!? ほら、俳優のさ!」

「あれでしょ? オタギ○ジョーじゃない!?」

「うわっ、それ分かるーっ! え、でもさ、どっちかっていうと綾○剛っぽいところないっ? 目とか鼻の形とか超似てるしさあ!」

「へぇぇーっ、廣瀬ってこんな塩顔イケメンだったんだーぜんっぜん知らなかったわぁ。これで背も高いとか、最強じゃんっ!」

「普段顔隠してるから分かんないって!」

「まじ勿体ないよっ! 普段からそれでいなって!」


 俳優で例えられても分からないから困るんだけど……どういうわけか、このパリピ女子たちの評価はやったら高いご様子。


 対策を取れない。

 容姿ををここまで褒められた経験が無い。


 お世辞にしては過剰な反応だろうし、本当のことを言っているのだろうけど……まぁ、うん。悪い気はしないな。ただ、なんて返したらいいのかサッパリ分からな過ぎて……。



「…………比奈ちゃぁぁん……!」

「ごめぇーん……やり過ぎちゃったかも……」



 喧騒を避け、ドアの近くで二人固まっている。何やら頭を抱えている様子だが、変わらぬハイテンションでヤイヤイ騒ぎ続けるパリピを前に、会話の中身を確かめるにも困難を極める。


 女子たちに囲まれるなか、こちらをジッと涙目で睨み付ける愛莉と、僅かに視線が重なる。


 そうしなければいけない理由なんて一つも無いけれど、声にならない声で「ごめん」と口を動かして、その場だけはやり過ごしたつもりでいたのだから、とんだお笑いであった。


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