209. そういうオプションは付いてないんで
翌日以降も市川ノノは、練習を見学しつつ準備や後片付けを誰よりも率先してこなし、着々とフットサル部内での存在感を増しつつあった。
基本的に邪魔はしてこないし、余計な手出しはしてこない以上、俺たちも軽率に「そこまでしなくてもいい」とは言えず、彼女の存在を口には出さずとも認める他ない。
愛莉を筆頭に、彼女が練習を見学していることにすら不満を覚えるような奴がいないこともなかったわけだが……本当に見ているだけなのだから、邪見に扱うにも憚れる。
それどころかフットサル部の活動という点においては十二分に役立っているのだから、感謝すれど文句を言う筋合いもない。
「アイツ今日もいるのかな……」
「んな顔すんなよ……」
「だってさぁ……」
昼休み。瑞希と琴音は委員会だなんだと用事があるとかで、中庭に集まることが出来ず、久々に三人で教室で昼食を取る。というか教室で食べるの初めてな気がする。まぁそれは良いとして。
ちなみに今日は鶏そぼろ弁当だった。
毎日違うもの入れて来る。有難すぎ。
「いつかは直面する問題や。大会出るんには、少なくともあと三人は確保せなアカンわけで……それが、少し早まったっつう、そんだけやろ」
「……それは、そうだけど……っ」
不満顔をちっとも隠そうとせず、尖った口元へたこさんウインナーを運ぶ愛莉。彼女の深いため息と被せるように、比奈が言葉を紡いだ。
「極端な話だけど……愛莉ちゃんが部長なんだから、嫌なら嫌で、断ることも出来るんだよ? いつもの5人で居るのが楽しいのは、わたしも一緒だし」
「まぁ、それはそうなんだけどさ……っ」
「でも、5人だけじゃ解決できないこともあるし……それこそ大会のこともね。それに、良い機会だと思うよ? 愛莉ちゃん、わたしたち以外にお友達いないんだから」
「結構手厳しいわね比奈ちゃん……」
クラスでそれなりの地位を築いている比奈に言われると、殊更に説得力がある。俺も人のこと言えた口じゃねえけど。
しかし、意外と言えば意外なのが比奈の市川ノノに対する態度である。記憶違いでなければ、あの大会で最も彼女の煽りを受けていたのは比奈だったような。
「比奈はどうなんだよ、アイツのこと」
「わたしは別に構わないっていうか……ほらっ、試合のときはお互いちょっと熱くなっちゃったけど、ノノちゃん、普通に良い子だしね。それくらい、普段の様子を見てれば分かるよ」
なんてことないという様子で笑う。
ごもっともな意見ではあるが……大人やなぁ。
「陽翔くんしっかりしてれば、問題無いよ」
「……あ? オレ?」
「その辺ちゃんと信用してるんだから。ねっ?」
なにに対しての信用なのかはサッパリ分からないが……ともかく、比奈も市川ノノに思うところこそあれど、彼女を受け入れる体制は既に整っているらしい。
あとは、このいつまでも煮え切らないおっぱいお化けと、あからさまに苦手意識のあるおっぱいお化け二号やな。胸ばっかデカい癖に心は狭い連中だ。これは悪口か。うん、控えよう。
「大丈夫だよ愛莉ちゃん。どこからどう見ても一歩リードしてるんだから。凄いよ陽翔くん、当たり前のように愛莉ちゃんの作ったお弁当食べてるんだよ」
「…………まぁ、そうだけどっ」
こちらをチラチラと見ながら、何とも言えない微妙な面持ちの愛莉である。
そりゃあ、俺のために作ってくれた弁当だし、俺が食べるけど。別に礼の一つも無しにってわけじゃないんだぞ。ちゃんとありがとうの気持ちは持ってる。一応。
…………分かってないわけじゃ、ないんだけどな。愛莉や琴音が市川ノノを拒む理由も。
ただ、自分から言い出すのも馬鹿馬鹿しいから、気付かないフリというか。わざわざ指摘されるのも、彼女らからすればシンドイだろうし。
言葉にすれば解決なんて、簡単な話でもない。
あくまでも、気持ちの問題だ。
「飲みもん買ってくるわ」
「いってらしゃ~~い」
どことない居心地の悪さを嫌ったわけではないが、俺が居ない方が出来る話もあるだろうと、気を利かせたつもりである。ペットボトルの中身が空になっていたのは本当のことだ。
自販機は校舎の一階から繋がるもう一つの建物にしか設置されていないので、それなりの距離を歩くことになる。中庭を覗ける吹き抜けのところだ。
これを通り抜けると、音楽室とか視聴覚室とか、文科系の部室がある棟に繋がってる。食堂もこの建物の地下にあって、昼休みは特に賑わう。らしい。
自販機まで辿り着き財布を取り出そうとしていると、見覚えのある男子生徒が同じく飲み物でも買おうかとこちらへ歩いて来た。見覚えがある、というのも野卑な表現か。
「ういっす」
「おお、廣瀬か。久しぶりだな」
サッカー部キャプテンの林である。
自分より少しだけ背の高い短髪の彼は、俺の姿を見つけると、初対面の頃からは考えられないさわやかな笑顔でそう返す。
何だかんだ、例のテニスコートの使用頻度について話し合ったときからそれなりの交友を築いている相手である。夏休み中は頻繁に校内で出くわしているし。
コートについての抗争があった頃は、彼の人となりなど考えもしなかったが。こうして日常で接している分には、大所帯のサッカー部でキャプテンを任されているのも納得の好漢だ。
「噂聞いたぜ。優勝したんだって?」
「まぁ、地域レベルの大会やけどな」
「だから、敬語使えよ。先輩だろ」
「実力主義なんで、生憎」
「ホント可愛くねえなお前……」
とは言いつつも、その表情は穏やかなものである。これが坊主頭の菊池相手だと結構本気で怒って来るんだけど、彼はあまり気にしていない様子だ。それに甘えている節は、若干ある。
「あぁ、そうだ。廣瀬、市川のことだけど」
「……それはなんか、ホントすんません、もう」
「こっちこそ。無理言って押し掛けてんだろ?」
「……まぁ、そんな感じやけど」
てっきり「コートの次はマネージャーまで引き抜くのか」と嫌味の一つでも言われるのかと思ったが。どうにも予想していたものとは違う返答に、思わず口を開く。
「迷惑掛けたんはこっちやろ、どう考えても」
「そうでもないぞ? マネージャーならまだ五人以上いるし……それに、アイツが一人で仕事し過ぎるせいで、他の子が退屈してたからな。むしろ丁度いいっつうか」
「厄介払い出来たみたいな言い方すんなや」
「いやいや、そうじゃねえよ。なんて言うのかな……雑用とか、市川一人で全部やっちまうんだよ。それに甘えて、他のマネージャーも全部押し付けるしさ。ホント、市川以外みんなお飾りみたいになっててよ。おかげで市川の有難みが分かったんじゃねえのかなって」
サッカー部でもあんなことやってんのか。
大した仕事量だな。それも、一人でなんて。
「それと……あぁ、これオフレコな」
「……ん、おぉ」
「アイツ、ちょっとマネージャーのなかでも浮いてるっつうか……仕事一人で全部やって、ようやく認められるっつうかさ。そんな感じだったんだよ」
「……イジメか」
「いや、そこまでじゃねえけど……ほら、女子のそういうのって、色々と面倒だろ。市川も市川で、結構、その……ファンタスティックな性格してるし」
それに関しては全面的に同意だ。
「まぁ、俺らも人間だからさ。積極的に動いてくれるアイツのことを可愛がる奴も多いんだよ。それはそれで、マネの間でまた火種の一つになってたっていうか……ぶっちゃけ、サッカー部のマネやってても、アイツ、そこまで楽しくなさそうなんだよ。必死なのは良いことなんだけど……悲壮感っていうのか? そういうのが、凄いんだよな。明らか無理してるっていうかよ」
「だから、こっち辞めてフットサル部入るって聞かされたとき、ちょっと安心したんだよ。そりゃあ、俺らとしては市川が抜けるのは痛手だけど……でも、俺らの都合でアイツに苦労掛けるのは、ちょっと違うだろ? 他にやりたいことがあるなら、俺も応援してやりてえしさ」
「だからさ、多分だけど……アイツもアイツなりに、自分の居場所が欲しいんじゃねえのかなって。お前らに押し付けるっていうのもちょっと違うけどさ。あんまり邪見に扱わないでやってくれよ。普通に、良い奴だから」
林も林なりに、市川ノノの身の振り方について心配しているようだ。
だが、市川ノノがサッカー部でそんな立ち位置だったとは。いつどこに居ても存在感しか無いような奴だと思っていたが……それすらも、虚勢だというのか?
「……どれ買うんすか」
「え? 普通に、スポドリだけど」
100円硬貨を三枚投入し、同じものを二つ買う。
取り出して、うち一つを林へ手渡した。
「え? なに、奢り?」
「移籍金っす」
「市川の?」
「そーゆーこった」
「ははっ……じゃ、貰っとくわ」
苦笑いでそれを受け取る林。
まぁ、これぐらいはな。貴重な戦力を引き抜いたわけだし。もっとも、彼女がフットサル部にとって純粋な戦力アップかどうかは分からないが。現に愛莉みたいな奴もいるわけだし。
「レンタルちゃうからな。言うとっけど」
「場合によっては買戻しもアリだろ?」
「そういうオプションは付いてないんで」
「なら、頼むぜ。市川のこと」
手を振り、食堂のある地下一階へと繋がる階段へと消えて行く林。僅かな出費と引き換えに、思わぬ収穫を得てしまった。
いや、どうだろう。
収穫かどうかは、今はまだ分かり兼ねるが。
(…………居場所、か)
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