208. 枯れ葉の一枚とて残しやしません
委員会から帰って来た瑞希と琴音を加え、いつも通り5人での練習がスタートする。
大会や対外試合などは予定されていないが、先の大会で出た反省点を洗い流す作業を中心的に、ボールを使わない動き出しのトレーニングも交えながら、まだまだ秋の夕暮れもカンカン照りの下、汗を流す。
全体でポジションを流動的に回しながら、ボールポゼッションで相手守備陣形を崩すというスタイルに変化は無い。
が、ボールを確実にキープすることを念頭に置き過ぎたせいで、Herencia戦ではオフェンスに移る際、渋滞を起こしてしまった。
これを改善するためには、全員がゴールへの意欲を強く持ち、一にも二にも、まずはシュートという意識付けをしていかなければならない。
お馴染みとなった、二対二に分かれて俺がフリーマンを務めるミニゲーム。本来なら四人のフィールドプレーヤーがいるところを、フルコート使って二人で攻め抜くのは男女拘わらずシンドイ作業だ。
だからこそ、手間暇を掛けずシンプルにゴールへ迫る必要がある。ロングパスや、攻め上がるようなドリブルを多用することで、時間的なロストは大きく削減される。
「琴音っ! そのままっ!」
左サイドでボールを受けたビブス組の琴音が、直線距離をドリブルで駆け上がる。すぐさま敵対する瑞希がカバーに入るが、一対一になる前にコート中央の俺へと折り返しのパス。
パスを出した後、そのままサイドを駆け上がる姿を見計らい、ダイレクトで斜め前方へのスルーパス。流石の瑞希も一対二では対応し切れず。
相変わらず胸元をドタドタと揺らす、豪快かつ不安定なランニングフォームだが、コートの角に迫る直前で追いつきなんとかトラップ。
ゴール前で待ち構える愛莉へグラウンダーのクロスが上がる。しかし、対応する比奈も負けてはいない。上手く身体を当て、シュートコースを潰しに掛かる。
だが、やはりここは愛莉が一枚上手。
右腕で比奈のブロックを制限しながら、巧みに左脚裏で後方の俺へとバックパス。瑞希がボールを取り返そうと足を伸ばすが、クルリと半回転して身体を入れ替える。
「だわっ!?」
勢い余ってその場に転倒した瑞希に目もくれず、フリーになった琴音へラストパス。ノーマークともなればさして問題は無い。右脚を振り抜いて、ゴール左隅に冷静に蹴り込む。
「ナイス琴音ちゃんっ!」
「まぁ、フリーでしたから」
平然を装うが、口元は明らかに緩んでいる。
普段、ゴレイロの練習ばっかりだからな。
練習でもゴールできるのは嬉しいのだろう。
軽快なハイタッチの裏で、倒れっぱなしの瑞希の手を掴み引き起こす。この暑さで疲れはあるだろうが……まだまだ軽いな瑞希の守備は。軽率に飛び込み過ぎだ。
俺が上手すぎるっていうのも、あるだろうけど。
いくらSNSで貴様の動画がバズろうとも、フットサル部ナンバーワンは譲らんよ。別に気にしてないから。ホントに。全然。悔しくないし。
「ハルってさあ……背中に目でも付いてんの?」
「あん。なんや急に」
「いや、だってさ……今のだってちゃんと死角から足伸ばして、見えないように取りに行ったんにさ。当たり前のように交わされるし」
片手を腰に当て、疲労とやるせなさを同時に訴えるよう汗を拭う瑞希。確かに、悪くは無いディフェンスだったけど。
「まぁ、見えてるっつうか、見た」
「え、いつ?」
「ボール来る前に首振って確認するくらい、当たり前やろ。誰がどっから取りに来るかで、次のプレーをどうするかくらい決める余裕はあるわ」
「そうねっ。ハルトの一番凄いところって、やっぱそういうところだと思うわよ」
愛莉が会話に混ざって来る。
残る二人も興味深そうに話を聞いていた。
「勿論、技術があるに越したことは無いけど……ハルトが全然ボール取られないのは、ちゃんと状況確認を怠らないで、周りをしっかり見てるのが理由だと思う。さっきのスルーパスも、私が比奈ちゃんにマーク付かれてるの一瞬だけ確認して、琴音ちゃんに戻したでしょ?」
「まあな」
「ほんとっ、いっつも思うけど……あれを秒単位で繰り返すんだから、守る側はやってられないわよ。一番出されたくないところを完璧に突いて来るんだから」
「へえー……首を振るのが大事なんだねえ」
転がっていたボールを足で掴み、なんとなく真似をしてみる比奈。
ミニゲームの休憩時間、時折こうして俺と愛莉の解説講座みたいなものが始まるのも、すっかり見慣れた光景だ。
「えらい褒めんのな」
「偶にはね」
「常に言え、そういうのは」
「やーなこった!」
話のオチ代わりに愛莉が悪態を付き、ほぼ同時にチャイムが鳴り響いた。もう下校時間か、早いもんだな。
練習の後片付けは、最後のミニゲームで負けたチームが担当するのがここ最近のお決まりの流れである。つまり、今日は瑞希と比奈が当番なのだが。
「……あん、マーカーって誰か回収した?」
「私はまだ……」
当番の二人が不思議そうに辺りを見回すと。
「ノノが片付けましたッ!」
「はっや」
建物の木陰で練習をジッと眺めていた市川ノノが、ビシっと敬礼を決める。
足元には、既に回収されたマーカーコーンが。まだミニゲーム終わって数十秒しか経ってないだろ。どんな早業だよ。
「皆さんっ、お水どうぞッ! ちょうどイイ感じに飲み干せるくらい残しておいたのでっ!!」
「あっ、うん……ありがと、市川さん……」
「もぉぉ長瀬センパぁイ、もっと気楽にしててくださいよぉっ! ノノちゃんとか、ノノっちとか、ノノノノとか、市川ノートルダムとか、色々あだ名あるんですよっ! どれでも好きな呼び方で構いませんからっ!」
「あー……そ、そうねっ……」
苦笑いの愛莉をよそに、瞬間移動にも等しいスピードで5人へ水の入ったボトルを手渡していく市川ノノ。同時にビブスも颯爽と回収。
市川ノートルダムはちょっと面白いから二度と言うな。笑うから。誰が考えたんだよ。
とまぁ、こんな具合の市川ノノである。
練習中こそ大人しくしているモノの、休憩に入るとすぐさまボトルを渡して来たり、練習内容を買えると率先してマーカーを動かしてくれたり……。
マネージャーの真似事というか、本当にそれらしい働きを見せている。有難いっちゃ有難いのだけれど。
俺たちが彼女のペースに着いて行けていない間に、ゴールマウスを一人で担いで元の場所に片付けてしまう。女子が一人で持つには結構辛いんじゃ……。
「ノノっ、コートのお掃除してから合流するのでっ! 皆さんは先に着替えておいてくださいっ!! 問題ありませんっ、枯れ葉の一枚とて残しやしませんからッ! 不満があるようでしたら後でサンドバックにして頂いて構いませんのでっ!」
「しねーよ……」
最後の最後まで元気ハツラツの彼女に「手伝うから」と声を掛けるにも躊躇われたのか、皆揃って何とも言えない表情のまま、コートを後にする。
更衣室で着替えを終え出て来たところで、瑞希と合流する。他の三人は、まだシャワーを浴びているそうだ。
「で、どーするんあれ」
「どうしような、あれ」
「あたしは別に良いんだけどさー」
とは言いつつも、微妙に納得が行かないと顔にしっかり書いてある彼女である。試合中の出来事とはいえ、瑞希も彼女に対して結構キツく当たってたからな。思うところはあるのか。
「いやねっ。別に、ノノイチカワが嫌いとか、気に入らないとか、そんなしょうもないことで悩んでないんだよ。あたしも、みんなもさ。多分、一緒に居るうちに仲良くなれるとは思うし?」
「なら、なんでそこまで」
「ハルが言うかー? それー」
力無く、肩をグーで殴る瑞希。
痛くは無いけど、伝わるものはある。
「みんなっ、ヤなんだよ。今まで5人でやって来たのに、急に人が増えたりするの。だって、あたしら、シンユーじゃん?」
「…………まぁ、な」
「どっかでこういうことにはなんだろーなーって思ってたけど……まぁ、特にノノイチカワはしょうがないよな。分かるけどさ、みんなが思ってることも」
その呼び方の意図は良く分からんが。
「どう考えても、ハルのこと気に入ってフットサル部入ろうとしてるわけじゃんっ? そりゃ抵抗あるっしょ。だって長瀬とか、有希ちゃんのことさえちょっと不満そうにしてんだよ。まぁ、長瀬に限らずか…………でも、みんなハルのこと取られたくないって、思ってる」
「別にお前らのモンちゃうやろ」
「そーだけどっ! 複雑なんだよ乙女はっ!」
「ならお前はちゃうんか」
「あたしだって乙女だろーがっ! 一応っ!」
今度はそれなりに力を入れて、ボカっと殴る。これは普通に痛い。まぁ顔は笑っている限り、本気で怒っているわけでは無いのだろうけど。
「分からんでもねえけどよ」
「……ん、お、おぉー」
「俺らとアイツは、フットサル部に懸ける思いとか、動機が、微妙に違う。それは多分、これから過ごしていくうちに、ドンドン浮き彫りになる。そうだろ」
「…………まーなっ」
俺たち5人は形こそ違えど「居場所」が欲しくて集まったような連中だ。極端な話、たまたまフットサルを通じて関係が強固になったというだけで。
もし仮に、今この瞬間からフットサル部を取り上げられても、俺たちの関係は変わらない。ただそこには、仲の良い五人が残るだけ。
そう考えたときに、市川ノノという存在は、どうしたってフットサル部において。いや、この五人のなかでは異分子でしか無く。
(…………本当に、俺だけが理由なのか?)
アイツのことなんて、なんも知らないわ。そりゃ。大会で出会って、そのとき見せてくれたプレーと、ヘラヘラした姿と、ちょっとだけ本気になった可愛い顔ぐらいのもの。
ただ、一つだけ。
一つだけ、気に掛かっていることがある。
「……顔面で20点は、やり過ぎだと思うんよな」
「へ? なにが?」
「いやっ…………なんでもね」
そこまでして、フットサル部に。俺たちに認めて貰わなくても、なんならサッカー部のマネージャーという立場だって彼女にはあったわけで。それこそHerenciaだって。
彼女のような、明るく天真爛漫な少女には、どこにだって居場所はある筈だ。それを捨ててまで、フットサル部に。俺に固執する理由が、分からなかったのだ。
(でも、それすらも無かったら)
もしかしたら。想像しているより、彼女は俺に。
俺たちに、ずっと近い何かなのではないかと。
どうしても、思ってしまうのだ。
試合で一瞬だけ見せた、寂しそうな表情がチラついた。
あのときも思ったんだ。
アイツ、前までの俺にソックリだって。
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