207. イグザクトゥリーっ☆
出し物決めのLHRが終わり、俺と愛莉、比奈は夏休み期間中と変わらず、着替えを済ませてから新館の談話スペースへと集合する。
先の話通り、瑞希と琴音は風紀委員の話し合いで遅れるそうだ。全員集まっても、今日は1時間くらいしか練習出来そうにないな。まぁ、学校が始まってしまえば仕方ないの無いことか。
「比奈、どういうつもりだよ」
「えぇ~? 似合うと思うよ~?」
「そういう問題では無くてだな」
トレーニングウェアに身を包んだ比奈が、少し意地悪げに微笑みながらコートへと先に歩いて行く。こうも分かりやすい顔をされると、もう怒る気もサラサラ無くなってしまった。別に本気じゃないけど。
「だって、クラスの人と仲良くなりたいのは本当なんでしょ? 愛莉ちゃんも」
「まぁ、一応……」
「関係が無いよりはって程度だけどね」
「もうっ、駄目だよそんなこと言ってちゃ!」
似たような回答の二人に、両手を腰に当て唇を尖らせる比奈。彼女の献身はとても有難いことこの上ないのだが……なにもコスプレさせなくてもとは思う。彼女にすれば正攻法なのかもしれないが。
「……うん。まぁ、決まっちゃったことは仕方ないし……取りあえず、忘れましょ。練習よ、練習」
「……せやな」
「…………ハルトが一緒なら、そんなにだし」
「あ? なんて?」
「なんでもっ、ないッ!!」
話を遮るように手に持っていたボールを転がし、そのまま豪快にゴールへと蹴り込む。
あまりのパワーに、ネットが勢いを吸収しきれずゴールマウスごと横転しそうになる。壊れそう。なにあのキック力。こっわ。
「しかし、三人でやるっつってもな」
「久々だねえ。初めて集まった日以来かな?」
懐かしそうに当時の様子を思い浮かべ、小さく微笑む比奈。確かに、言われてみればこの三人がフットサル部最古参だな。翌週には瑞希も琴音も居たから、たった数日の差だけど。
あの頃と比べて、比奈も変わったものだ。外見だけでなく、中身も諸々。いや、単に隠していただけかも分からんが。瑞希並みに面倒な相手になって来てる。
「……あ、つうか愛莉。お前さ」
「ん、なに?」
「ゴール、出しっぱなしにしとくなよ」
惚けた返事の愛莉が、なに言ってんだコイツと言わんばかりにこちらを見返す。いや、こっちだって似たような感想なんだけど。
なにが問題って、このフットサル部で使っているボールは普段、コートの端に二つ並べて片付けるようにしているからだ。使ったままにしておくと、管理者から怒られるのである。
「最後に使ったのって夏休みのときでしょ?」
「だから、あんときお前が片付けやったろ」
「ちゃんとやったわよ。普通に片付けたし」
「は? ならなんで…………え、あれ」
すっかりゴールに気を取られて気付かなかったのだれど……練習用のカラーマーカーが、既に用意されているな。あと、給水用のボトルも……これも確か愛莉の管轄だった筈では?
「なに、朝練でもしたんか?」
「しっ、してないわよ。更衣室に置きっぱだもん」
「ならなんで練習始まる前に用意できてんだよ」
「だからっ、知らないって!」
ちょっと怒り気味で返す辺り、愛莉は本当に知らないようだ。だが、フットサル部の持ち物を把握しているのは部員だけだろうし、まさか俺たちにマネージャーのような存在がいるわけも……。
……マネージャー?
「――――お呼びですか?」
「「ヴェアァァアア゛アアアアア゛ァァァァッー゛ーーー!!!!!゛!!!」」
背後から唐突に聞こえて来た甘ったるい声に、俺と愛莉は絶叫しながらその場から退いていく。そこには、見慣れたようで久しぶりに見た、薄ゴールドのミディアムヘアを揺らす一人の少女。
「こんにちはでーす♪」
「いっ、市川さん……久しぶりだね……っ」
「お久しぶりですぅ倉畑せんぱぁいっ! そんなっ、さん付けなんて他人行儀やめてくださいよぉ~! 全然ほらっ、ノノちゃんでいいですからっ! ねっ! ねっ!」
「えとっ……じゃあ、ノノちゃん……?」
「いえすっ! イグザクトゥリーっ☆」
困惑の色を隠さない比奈を置いて、こちらへと駆け寄って来る金髪お化け……もとい、市川ノノ。制服のスカートを躍らせながら、ニッコニコの笑顔で話し掛けて来る。
「……おっ、お前がやったんかこれ……?」
「そーですよっ! 更衣室にしまってあるの発見して、ノノが授業終わりと同時に颯爽と準備を終わらせましたっ! マネージャーとして当然の責務ですっ」
フンスっ、と鼻息を漏らしドヤ顔を炸裂させる。
あの、こっちのテンションを少しは考慮して。
「マネージャーって……え、どういうこと?」
「大会のときにお約束したじゃないですかっ! 長瀬センパイ忘れちゃったんですかあっ? ノノのことを認めてもらうためにっ、色々お手伝いさせてもらうって! 新学期から!!」
あの、試合が終わった後のあれか。あんな一方通行の会話を果たして約束と呼んでいいものか分からないが……ともかく、市川ノノはその約束とやらを律義に守り、新学期の今日、こうしていきなり現れたと。
愛莉がもう、どうしたらいいのか分からんと、彼女と俺をブンブン首を振って交互に見渡している。俺が話進めなきゃいけないのか。嫌なんだけど。普通に。
「お前、サッカー部はどうしたんだよ……?」
「辞めましたっ! 大会の翌日にっ!」
マジで実行したのかよ。
なにこの行動力お化け……。
「まぁ、色々と言われましたけどねっ! でもっ、先輩たちより遥かに魅力的な人がいっぱいいるから、当然のことですとお話したら、引き下がってくれました!」
今度謝りに行こう。ちゃんと。礼節を持って。
ともかく、市川ノノは本気でフットサル部に入りたがっているらしい。戦力的な要素を考えれば、歓迎したいところではあるのだが……そう簡単に運ぶ話でもあるまい。
なんせ愛莉や比奈を筆頭に、市川ノノについてはあまり良い印象を持っていないのだ。あの瑞希でさえ試合中以外は押されてるんだぞ。どう対応しろってんだよ。
「今日はお手伝いと見学ということでっ、あの辺で座って見てますからっ! 大丈夫ですっ! 練習の邪魔とかしませんしっ、いきなり参加とか失礼なこと言いませんからっ! あっ、なんならシュート練習のとき的にして貰っても大丈夫ですよっ! 顔面なら20点とか、ゲーム性があって良いと思いますっ!」
「だからやんねえよ、そんなこと」
「あとはほらっ! 守備の練習のときに、気軽にタックルできる存在としてノノを使って頂いても構いませんからっ! 思いっきり削っちゃってくださいっ! ノノ回復速いのでッ!!」
「やらへん言うとるやろッ! 聞けッ! 話ッ!!」
ちっともこちらのペースで会話をさせてくれない彼女である。まぁ、練習の邪魔をしないというのなら、別にその辺に居ようと構いやしないのだが。にしても、気にはなるだろ。
ちょっと待ってろ、と一声かけ、愛莉と比奈を集合させる。緊急会議だ。俺一人ではどうしようも出来ん。無理。
「どうするのよあれっ……!?」
「取りあえず、見学でもさせとけば……」
「でも本気で入部する気だよ? ノノちゃん」
「お前も普通に名前で読んでんじゃねえよ」
「訂正される方が大変だなぁって……」
苦笑いの比奈。コイツはもう駄目だ。完全にペースに飲まれている。大会のときやさっきの話し合いでの、頼りがいのあるお前は何処に行ったんだよ。帰ってこい。
「お話は終わりましたかーっ?」
「えっ、あ、あー…………まぁ、その、なんや。まだ全員揃っとらんし……適当に座ってろよ。それで、本当に入るのかどうか決めればええんちゃう」
「ちょっ、選択肢与えてどうすんのよっ!」
「断るわけにもいかねえだろ、こんなの……」
「それはっ……そうだけどさぁ……っ!」
「では座って見てます! ご自由に、どうぞ!」
バビュンと新館の辺りまで飛んで行き、窓ガラスに背を預けて体育座りを始める市川ノノ。ニコニコ笑いながら、こちらを見つめるばかり。
そんな馬鹿正直に見学されてもそれはそれで困るんだけど……いや、どうすりゃいいんだよこれ……。
「……なんなのよもぉ……っ!」
一人、露骨に不満顔の愛莉を横目で眺めながら、思いつきもしない解決策をあれこれ張り巡らせる。
当然、打開案など浮かんでくるはずも無く、転がっていたボールを思考回路ごと弾き飛ばすように、ゴールへと蹴り込む。
ゴールネットがいくら揺れども、新たなアイデアが零れ落ちるわけも無かった。
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