206. よろしくお願いしまーす
「…………え、なにそれ」
「知らないわよコイツ。教室居なかったし」
比奈の問い掛けに答えられないでいると、前の席の愛莉も振り返って会話に混ざって来る。文化祭の出し物というと、先ほど瑞希が話していたあれか。
「夏休み前にも話し合ったんだけど決まらなかったんだよねえ。お化け屋敷と、コスプレ写真館と、あとなんだったっけ、愛莉ちゃん覚えてる?」
「縁日じゃなかったっけ。男子がやりたがってた」
「ほーん……で、今日が再投票ってわけか」
俺がいない間に話が進んでいたようだ。
別に気にしないけど。ちょっとは教えろよ。
「なんでまたその三つなん」
「学年によって制限があるんだよ。一年生はステージで出し物して、二年は教室で出来ることで……三年生は外で模擬店って決まってるの」
比奈が解説してくれる。
だからお化け屋敷や写真館か。
しかし、面倒な制約があるんだな。詳しくないけど、食べ物の扱いとか色々大変だろうし、仕方ないことか。でも、一年は出し物ってことは。
「お前ら、去年なにやったん」
「わたしのクラスは演劇だったよ。ロミオとジュリエット。でも、みんな全然台詞覚えてなくて、グダグダになっちゃって」
「あー、あれね。凄かったわよ。比奈ちゃんだけもう、台詞完璧でさ。チョイ役なのに主役の二人より目立ってて、逆に面白かったかも」
比奈の演技か……ちょっと興味あるな。凄く上手いってのもなんとなく想像できる。衣装変えただけで嘘みたいに別人になるし、コイツ。
「で、愛莉は?」
「なんか、知らない曲踊らされた。私そういうの興味無いし……端っこで悪目立ちしない程度に、適当にやったわよ」
「らしいというかなんというか……」
文化祭とか興味無さそうなのは俺と同じだろうな、これも分かるわ。加えて当時は、比奈ともそれほど交流が無くて完全なぼっちの頃だろうし。これ以上は触れないでおこう。可哀そう。
話を纏めると、どうやら三択のうちから文化祭の出し物をこの時間で決めなければならないらしい。瑞希が言っていたように、今日にも委員会か何かで内容について審議があるみたいだし。
どうしよう。どれも全く興味が無い。お化け屋敷なんて、高校生の努力でどうにかなるほど大したものを作れるとは思えないし……縁日にしたって子ども騙しな感は否めない。
するとコスプレ写真館が残るわけだが……これ、誰が言い出したんだろう。まさか比奈じゃないよな。一応にもその辺の趣味は隠してる筈だから。
「で? どれに投票すんの」
「わたしは勿論……」
「いや、言わんでええわ」
「えー?」
比奈の意見は聞いていない。
お前のためにあるような企画だろこんなの。
「……まぁ、でも、写真館しか無いでしょ。お化け屋敷なんてどのクラスでもやるだろうし、縁日なんてわざわざやりたくないわよ、文化祭で、わざわざ」
同じ言葉を重ねる愛莉の心境も察するに容易である。俺も似たような意見だ。
写真を撮るだけなら、衣装を用意してカメラマンを置いておけば成り立つのだから、準備にどれほど時間と労力を掛けるかはともかく、高校生の技量を考えても割に合った提案だろう。
「こないだ渡した紙に書いて提出してくださーい」
B組の文化祭実行委員と思わしき女子生徒が、黒板の前に立ち回収を促す。どうしよう、当然のように「こないだ渡した紙」なんて持っていないわけだが……適当にノートの切れ端でも良いか。
回収を終え、女子生徒がカウントを始める。お化け屋敷が良い、写真館が良いとクラスの皆は口々に話すわけだが。
ちょうど、半々だな。男子はお化け屋敷で、写真館は女子が希望しているようだ。
まぁ女子は作る側にしても苦手意識があるだろうし、写真館ともなれば作業のほとんどは裁縫になるのだから、男子の票が集まりにくいのも当然の流れだろう。コスプレも興味無い奴がほとんどだろうし。
「えーっと……はい、出ました! お化け屋敷が13票で、写真館が15票、縁日が1票。無効票が1票で、B組の出し物はコスプレ写真館に決定しました!」
色めき立つ教室。ちょっと待て。無効票って絶対に俺の出した切れ端のやつだろ。そんなの律義にカウントすんなよ。俺だってバレんだろ。
「では、全員の役回りとかも決めたいと思いまーす。えーと、言い出したのって比奈ちゃんだよね? 司会お願いしていい?」
「はいはーい」
本当にお前かい。
趣味バレするぞ大丈夫か。
「じゃあ、せっかくだしわたしが纏め役やるね」
「ごめんねー、委員長なのに色々やらせちゃって」
「ううんー。全然良いよー」
そう言えば、比奈も学級委員なんだよな。それらしい仕事してるところあんまり見たこと無いけど。髪色変えて、一気にそれっぽくなくなった気がする。
A4サイズの紙を片手に、教壇に立つ比奈。おま、メチャクチャ準備して来てるんだけど。用意周到というか、出来レースなの最初から分かってたなコイツ。
「衣装は色違いも含めて10着くらい作る予定だけど、簡単なデザインのやつにしたから安心してくださいっ。設計図も知り合いの人から貰ってきたから、三人一組で作ってもらおうかなー。早く完成したグループは、他の人も手伝ってあげてね」
知り合いって絶対にレイさんのお店だよな。
コスプレっていうかアニメ写真館になるぞ。
「それと、当日のカメラマンさんと、衣装を着て一緒にお客さんと写真を撮ったり外で宣伝する人が欲しいんだけど……やりたい人いる?」
「うちらがやりまーす!」
「はーい。ありがとーっ」
調子の良さそうな女子生徒のグループが威勢よく手を挙げる。まぁ、可愛い衣装なら女子は着たいだろうしな。カメラマンも女子の方が安心だし。
そうなると、いよいよ男子は慣れない裁縫と教室の飾りつけくらいしか仕事が無いな。モチベーションが心配だ。俺の。
覚えてもいないクラスメイトの名前を黒板に書き込んでいく比奈だったが、手を挙げた人数分書き終えると、少し困ったようにこちらへ振り向く。
「うーん……女の子だけでも良いんだけど、それだけだと偏っちゃうから、男の子のモデルが欲しいなぁ…………誰かいない?」
とか言っておいて俺を凝視する比奈。
なんだ、やめろ。また俺に執事の格好でもさせようってのか。そんなに嫌でもなかったけど、流石に大勢の人間の前で着るのは抵抗あるというか……。
「うん、そうだね。陽翔くんにやって貰おっか。だって、クラスの話し合いとか全然参加してないんだもん、陽翔くん。そろそろ一つくらい仕事した方が良いよ?」
「は? やだよ。メンドイ」
「だーめっ。委員長権限ですっ」
「お前が着せたいだけだろ、やめとけって」
「えーっ? そんなことないよぉ?」
ついには俺の了承も得ずに、丸っこい字で「はるとくん」と黒板に書き込まれてしまう。
ちょっとばかし笑いに包まれるB組であった。こんなところでクラスに馴染ませようとしなくても良いんだけど。普通に困る。
のほほんとした雰囲気の女子とは対照的に、男子たちは「自分じゃなくて良かった」と露骨に顔に書いてあるようであった。いや、まぁその心配は万に一つも不要だと思うけど。はい。
あとね。前の方に座っている男子グループは「アイツあんな声してたんだな」とか「なんか馴れ馴れしいよなアイツ」とかコソコソ噂しなくていいから。聞こえてるから。傷付くから。
「そうだなぁ。せっかくだし、愛莉ちゃんもモデルさんやろうよ。絶対に似合うし」
「……はいっ? わたしっ!?」
「あ、はいって言ったね。じゃあ決定~♪」
「いやっ、今のはそういう意味じゃ……っ!」
巻き込まれる愛莉。教室から若干のどよめきと拍手が沸き起こった。
拍手は、主に男子から。気持ちは分かる。俺も見たい愛莉のメイド服とか。何着るのか知らんけど、絶対あるだろ。比奈のアイデアだし。
これも比奈なりに、クラスで浮き気味な俺と愛莉を馴染ませるための気遣いなのだろうが……変な方向に傾かなきゃいいんだけどな、本当に。
「詳しくはまた明日連絡するから、みんなで頑張ろうね~。陽翔くん、愛莉ちゃん、よろしくお願いしまーす」
終始和やかな雰囲気のまま、出し物決めが終わる。思わず顔を見合わせた愛莉も、どうしたって似たような顔をしていて、なんの解決にもならないことをすぐさま悟るのであった。
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