204. バズった!!


「バズった!!」

「…………はい?」

「これっ! 見て!」


 5人並んでずかずかと廊下を進む。やたら大きな声と、無駄に横へ広がっているので他の生徒から余計な注目を集めてしまっている点についてはもうなにも言わぬ。


 瑞希はスマートフォンの画面を開き、俺と愛莉、比奈がそれを覗き込む。表示されていたのは、瑞希が作ったのだというSNSアプリの「山嵜高校フットサル部」という名前のアカウントだ。


 男の子がボールを蹴っている、フリー素材と思わしきイラストが丸々と。画面上部にはいつ撮ったのかも分からぬ、例のテニスコートが映し出されている。



「本当にアカウント作ったのね」

「まーな! そして、これを見ろッ!」

「フォロワーが…………うん!? 2000人!?」

「えぇ……!? そんなにっ!?」


 フォロー、50人という数字に対して、フォロワーという数字は2000人ほど。この手の類は詳しくないけれど、愛莉はおろか比奈まで驚いているということは、結構凄いことなのだろうか。



「……え、これがなんなん」

「だいたい分かれよッ! フォローしたのなんてな、他の山嵜の部活のやつかフットサル関連のアカウントなわけっ! なのに、全然関係ねー人からもめっちゃフォローされてんだよ!」

「……あ。はい。そうですか」

「このSNSオンチがッ!!」


 今一つピンと来ない俺に対し、瑞希は若干キレ気味で返す。いや、本当に分からないんだって。フォロワーってのは多ければ多いほど良いんだろうけど……2000人っていう数字が凄いのかはどうか。



「陽翔くん。これ、ちょっと凄いよ」

「そんなに?」

「普通、高校の部活動のアカウントなんて、それこそ同じ高校の部活動からリフォローされたり、他の高校のフットサル部さんとかくらいだろうし……フォロワー100人でもちょっと多いくらいじゃないかな?」


 比奈の解説にふんふん頷きながら愛莉も同意する。平均値とか全然分からないけど、ただの部活動のアカウントにしては十分すぎる数字のようだ。いやもう、分からんし信じるしかない。


 いつも連絡手段として使っているやつはともかくとして、SNS全般はトップチームに上がるまで禁止と当時から口を酸っぱく言われていたからな。


 そもそもスマホを買ったのも高校に入ってからだし、本当に縁が無いのだ、そういうの。



「で、なんでこんなことになっとん」

「だから、バズったから!」


 再び瑞希が画面をスクロールして、今度は少し前のツイートとやらを見せて来る。例のシーワールドで彼女と撮ったリフティング動画だな。瑞希がまぁまぁの技術を披露している。


 それこそフットサルの認知度を上げて、来年の新入生にアピールするために……なんて言っていたやつだ。これが、バズったということか。



「わぁー! リツイート1.2万だって!」

「……伸びすぎじゃない、これっ……?」


 歓声を上げる比奈とは対照的に、今度は困惑気味の愛莉である。画面をスクロールすると、誰かも分からぬアカウントからの返信がズラリと並んでいた。


 まぁ、彼女のテクニックは勿論のこと、突き詰めれば短いスカートの女子高生がボール蹴ってる動画だからな。邪なことを考える人間が動画を広めようとしているのも分からんでも無いのだが。


 つまり、この動画は1万人以上の人間に見られているということになる。そう考えると……ちょっと凄いな。流石に俺でも、だいたい分かってきた。



「そっかー。それだけ広まってたら、学校とかクラスの人も知ってたっておかしくないよねー」

「ハルト、朝に声掛けられたのって……」

「……関係あるかもな」

「あたしもクラスでめっちゃ聞かれてさー」


 図らずとも有名になってしまったようだ。それも、想定していたよりも大きな規模で。



 当初の目的は達成されているわけだから、歓迎すべき流れだとは思うが……どうにもしっくり来ないのは何故なのだろうか。


 そりゃ勿論、フットサル部が大会に出るにはもう少し部員が必要だし、部活としての知名度が世間はともかく、校内でも上がっていくことに問題は無いのだけれど。


 こう、思っていた方向とは少しズレた反響が起こっているというか……瑞希は実に満足そうにしているから良いとして、俺や愛莉の見せた反応がおおよそ物語っている。



「ハルトの動画も、結構人気あるのね」

「あぁ、そういや撮ったっけな」

「ほんとだー、こっちも5000くらいだね」


 上手いこと編集か何かで顔を隠されている俺が、ボールを高く蹴り上げてリフティングする動画だ。

一応、その辺は気を遣って貰ったというか、そんな技術を瑞希が上手いこと駆使しているのがまずびっくりだけど。


 プレーの難易度としては、瑞希と変わらないのに。数字は半分以下か。やっぱ男は引きが無いんだな。別に気にしないけど、釈然としない。



「せっかくだしさー、みんなも動画撮らん?」

「えぇー……? 私はちょっと……」

「わたしは全然いいよー?」

「素顔を晒すのは少し抵抗が……」


 面々の反応はちょうど五分五分といったところ。確かに、愛莉も一部の界隈ではそれなりに名が知れ渡っている存在だろうし、余計な注目を集めるのも苦手だろうしな。


 二人は単純に、性格の問題である。比奈はこういうの気にし無さそうってのも分かるし、顔出ししたくない琴音の気持ちも分かる。


でも、琴音の動画出したらまた`バズりそう`ってのは、うん。瑞希の言い分もすげえ分かるわ。俺も観たい。



「いや~~参っちゃうな~~っ♪ あたしもこんだけ伸びるなん思ってなかったしさー、まぁーこれで、新入生の確保はバッチシだなっ」

「琴音ちゃん、サインとか考えてみるっ?」

「流石にそれはどうでしょう……っ」


 露骨に浮かれている数名と、俺より着いて行けない琴音。そして何かと余計な気苦労を張り巡らせる残り二人であった。



 他愛も無い話もそこそこに、中庭へと到着。


 山嵜高校は、広大な土のグラウンドとこの中庭を挟むようにして校舎が立っている。テニス部の活動区域であるコートの傍には、いくつかのベンチが設置されていて、ここでお昼を食べる生徒も少なくない。


 なんで敷地の端にあるのに「中庭」なのかは、知らん。なんなら他の生徒も常々話題に上げている。中じゃねーじゃん、と。気にはなるけどクソほども興味は無い。

 

 で、夏休みに入る少し前から、この中庭はフットサル部にとって昼休み中の集合地点でもあるのだ。元々は俺一人で寂しく飯食ってた場所なのに。騒がしくなったものである。



 腰掛けられるのは4人ほどなので、だいたいいつも一人は地べたに座っている。人工芝だから大して汚れもしないだろうけど、出来ればベンチに座りたいのが本音。


 だから5人で来るとなれば、必ずこうなる。



『じゃんけん、ポンッ!!』


 壮絶な闘い。

 もとい、予定調和。



「だぁぁァァーーッッ!! また負けたぁぁぁぁもぉぉなんなんホントにさあぁぁッ!!」

「本当にじゃんけん弱いな瑞希……」

「勝ってるところみたことないよねえ」

「ウザ過ぎるッッ!!」


 大袈裟に膝を着いて落胆する瑞希は、どうせいつものことだと悔しそうに唇を尖らせ、無防備に胡坐をかいて菓子パンを貪るのであった。


 このベンチ争奪じゃんけんもそれなりの回数を重ねてきているけれど、八割は瑞希が負けている気がする。この光景もそろそろ見慣れて来たな。



「……うん?」

「どうかした?」

「いや……向こうに誰かいたような」

「まぁ、誰かいてもおかしくはないでしょ」

「いや、そうだけど…………まあええか」


 愛莉の言う通り、中庭で昼飯をと考える連中は他にもいるし、誰かが居たって不思議じゃないんだけど……いま、一瞬だけこちらを覗かれていたような気が。まぁ、なんでもええか。



 まだまだ陽は暑いけれど、校舎とグラウンドをリンクさせる吹き抜けから穏やかな風がやってきて、5人の髪の毛をバラバラに揺らす。


 教室で余計な火種を起こそうと、見知らぬ世界で俺たちの名が広まろうと。この空間、光景だけは暫く変わらずに居て欲しいものだ。願わくば。

  


「はいっ、どーぞ……残したら殺すかんね」

「んなことしねえよ。あんがとな」

「わぁーっ♪ いいなぁ手作りのお弁当っ」

「比奈、このトマト食べてください」

「えぇー? 自分で買ったんでしょー?」

「気付かなかったんです、お願いします」

「くすみ~ん好き嫌いしてたら大きくなれな……いや、なんでもねーや」

「菓子パンばっか食べてるから駄目なのよ、どこがとは言わないけどっ!」

「アァァァァンッ!? 調子乗ってんじゃねえぞ長瀬ゴラぁァッ!!」

「飯ぐらい静かに食えよ……あ、煮物うっま」



 校舎の影から薄ゴールドの小柄な誰かがこちらを覗いていたのが事実であると、俺たちは後ほど知ることとなるのだが。


 こんな調子でヤイヤイ騒いでいるものだから、やはり気にも留めないというか、気付くわけがない5人であった。


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