205. 言いたいことだいたい分からん?
いつも通りと言えばいつも通りの昼食を終え、愛莉のお弁当を隅まで堪能したところまではなんの問題も無かったわけだが。
先ほどの大騒ぎなどすっかり忘れてしまった様子の比奈が、あっさり教室に戻ってしまうのだから俺も愛莉も着いて行かないわけにはいかず。
五限目が始まるまで、彼女はクラスの女子に囲まれて質問攻めに遭い、当然近くに座る愛莉もそれに巻き込まれていたらしい。
二人にほど近い席に陣取る俺にまで火の粉が降り掛かる未来は容易に想像できるわけで、授業が始まるギリギリまで、瑞希と琴音を連れ「飲み物買ってくる」とどうにか教室の喧騒から距離を置くことに成功したのであった。
その後、愛莉に散々罵倒されることになるのだが、それはもう致し方ないことである。貴様の回避能力の無さを露呈するまでだ。
「なんでお汁粉?」
「え? 美味しいじゃん」
「暑いやろ」
「それがまた良いのだよ」
何故にこの蒸し暑さ残る九月。さも当然のように「あったか~い」飲み物が売ってあるのかはどうでも良いとして、謎なチョイスをする瑞希さん。掴めん。
「お前もかよ」
「美味しいですよ」
「俺の言いたいことだいたい分からん?」
掴みどころが無いのはコイツも一緒だった。
水滴の垂れるアルミ缶を左手で遊ばせながら、並んで教室へと戻る。この三人の組み合わせ、案外珍しいかも分からんな。あまり記憶がない。
道半ば、瑞希はすれ違う女性生徒の半数以上から声を掛けられていた。彼女の学校での様子はあまり知らないけれど、顔が広いのは本当のことらしい。まぁこの容姿とコミュ力じゃな。そうもなるわ。
「ホンマ友達多いのな」
「んー? あれだよ、よっ友ってやつ」
「よっ友? なんそれ」
「まんまだよ? 廊下とかですれ違ったら「よっ! おはよ! じゃーな!」て声掛けるだけの友達」
「友達ちゃうやろんなもん」
「それすらいないハルよりはマシじゃね」
「息を吐くように核心を突くな」
あたしの勝ちー、とケラケラ笑う瑞希。
勝ち負けでは無いが、まぁええわ。負けで。
しかし彼女が話すように、俺には道端ですれ違って手軽に会話を弾ませるような友人がいない。そもそもこの高校に来てから他の男子生徒と一度でも会話したかさえ怪しいレベルである。
一匹狼だ真性ぼっちだなんだと茶化される俺でも、男の知り合いが欲しいのは本当のことである。半ば諦めているのはともかくとして。
今後の学校生活において、フットサル部以外の連中と絡まなければ話が回らない場面を少なくないだろうし。男女拘わらず。
彼女らと過ごしているうちに、こうして気兼ねなく言葉を交わす時間が決して無駄なものでは無いと良く分かった以上。例えそれが瑞希の言う「よっ友」であっても、一概に不要な要素とは断言し難い。
無論、そんな調子で友達が出来るわけが無いのも分かっている。彼女らがそうだったように、友達なんて気付かぬ間になっているもので、狙って作ろうとしても失敗に終わるのがオチだ。
そういう意味では、たぶん、俺にはまだ「要らない」存在なのだとも思う。ただ、どこかしらで改善はしたい。そう、どこかしらでな。willではなく、maybe。ifかも分からん。
「ただただ交友を増やせば良いというものでもありませんよ。浅い人間関係はむしろ、トラブルの原因にもなりますから」
「くすみんが言ってもねえ」
「なんですか。私が普段、クラスでどう過ごしているかなんてお二人には分からないでしょう。もしかしたら、クラスの中心人物として権威を振るっているという可能性も」
「権威なんフレーズ出て来た時点で嘘確定やろ」
「…………鋭いですね」
「ボケんならはっきりボケろや」
似たような悩みを抱える琴音さんであった。
彼女も彼女で、フットサル部での交友で手一杯みたいなところはあるのだろう。それこそ出会った当初なんて、比奈さえいればみたいなところもあったわけで……クラス違うの大変だろうなあ。半年間どうやって乗り越えて来たんだろう。
「ゆーてあたしら委員会でも人気者だしなー」
「は? 瑞希が委員会? 嘘こけよ」
「ホントだっつの! んなことで嘘つくかっ!」
「本当ですよ。会議全然出てないですけど」
「ほら嘘やんけ」
「そうだけどっ! そうじゃないッ!」
初めて五人で顔を合わせたとき、自己紹介でそんなこと言ってたな。どう考えても風紀乱してる側の人間だろ。別に素行不良ってわけじゃねえけど、パっと見で。
「まーでも、くすみんはちゃんと知らない人とも会話できるからな。ハルとはその辺違うのだよ」
「人付き合いの上での最低限ですけどね」
「……あ、そう」
「気にされているなら改善してみては?」
「お前に諭されるのはホント釈然としねえ」
改善、改善ねえ。
俺が悪いのか。気に食わん。
「瑞希さん、今日の会議はちゃんと出てくださいね。文化祭実行委員の方も来られるのですから。貴方のクラスの出し物については、貴方に説明責任があるので」
「あー、そんな時期かー。ならしゃーねえな」
「…………文化祭?」
「そーだよ。十月の半ば。ほら、クラスとか部活の出し物で、変なやつが無いかとか、風紀委員と実行委員で話し合うんよ。ショーサイは知らんけど」
あることさえ知らなかったの巻。
文化祭ねえ。これも縁が無いな……こっち来る前に通ってた高校は、ちょうど怪我で入院していた時期と被って知らんうちに終わってたんだよな。
中学の文化祭は合唱コンクールがメインで、参加するのも億劫だと練習だ遠征だと何かと理由を付けて、当日もサボったんだっけ。いやホント面倒な生徒だよな。輪を乱すどころの話じゃねえ。
「ハルのクラスってなにや……知るわけねーか」
「ギリギリ回避出来てねえぞ」
「ですが陽翔さん、これもちょうど良い機会なのでは。こういったイベントを通して交流の無かった方たちと仲良くなるというのも、よくある話ですから」
「絶対そんな経験無いやろ琴音」
「一般論です」
「…………そうは言うてもなあ」
学生の分際でなにを言っているのかって話だけど、所謂「学生ノリ」が本当に合わないんだよな、オレ。もう全身むず痒くなる。発作が出る。
これも学校で地位を築くための手段であると考えれば致し方ないが。新学期に合わせ真面目に授業を受けようとしているのも、フットサル部や彼女らの評判に関わるからというのが最たる理由なわけで。
にしたってハードルが高過ぎる。
上手いこと潜るにしても技術が必要だろうに。
予鈴が鳴り教室の前で解散する。戻って来た俺へクラスの男子中心に「コイツ……」みたいな視線が若干飛んでいるけど、無視無視。
ああ、そうか。
こういうところがダメなのか。
いやあ、キッツいわ。
「……覚えてなさいよハルト」
「やだね」
「はいウザ過ぎ。もうお弁当作らないしっ」
「愛してるよ愛莉」
「いっぺん死ね」
「喧嘩はだめだよぉ~」
そんな調子で、五限の数学を僅かな眠気と退屈をお供に乗り越えるB組一同であった。
担当教諭である峯岸は、俺が席に着いていることにまぁまぁ驚いてはいたようだが、終始ご機嫌な様子で教鞭を執る。アイツが授業やってるところ初めて見たかもしれん。本当に教師だったのかアイツ。
特に誰かを指名して問題を答えさせるなどはせず、淡々と問題を与えて答えを解説するだけの授業。余計な世間話などほとんど織り込まず、十分前には授業を終わらせる。
凄い、峯岸ってこんな真面目に授業するんだな。意外過ぎるんだけど。
「いっつもこんなんなのアイツ」
「小テストが無かったら、こんな感じだよ?」
なるほど。早く終わらせるか、授業中に自分が何もしなくていいスタイルのどちらかってわけか。前言撤回、アイツ楽したいだけだ。絶対に。
さていち早く授業が終わったことで、教室は再び止まることの無いお喋りで活気付く。まだ六限目があったはずだけど……この「LHR」ってなにやるんだろう。
「陽翔くん。文化祭の出し物、どれにするか決めた?」
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