203. タイミングわっる


 愛莉から少し遅れてB組の扉を潜る。既にほとんどのクラスメイトが集結しているようだが、珍しく定刻通りに教室へ現れた俺に一瞬の関心こそ寄せれど、すぐに視線を外す一同であった。



 もう何度目の説明になるかも分からないが、俺はクラスで浮いている。浮きまくっている。浮遊している。終いにはそのままどっか飛び出す勢い。


 基礎的な人間関係が構築されてしまった今現在において、クラスで俺の話し相手になってくれるのはフットサル部の二人しかいない。それ以外の人間を避けている自分に一切の責任があるのはひとまず置いておいて。



 夏までは、まだ良かったのだ。本当に空気も同然の存在だったし、それを良しとしている自分もいたのだから。


 ただ、愛莉、比奈と関係を持ち始めた辺りから、少しずつ俺を見る目が変わり始めているのにも気付いていた。主に男子生徒から。


 なんてったって、愛莉はクラスはおろか学年単位でも注目を浴びる美少女なわけで。そんな彼女が、居るのか居ないのかも不明瞭な俺とつるみ始めたのだから、不用意に注視されるのも致し方ない。


 比奈にしたって、元々のお淑やかな性格に加え愛莉に負けず劣らずの容姿を兼ね備えているのだから、似たようなものだ。眼鏡と委員長要素が強くて、かつてはそれほどでもなかったが。



「めっちゃ似合ってる~! いいな~!」

「そうかな~? ありがとー」

「なになに!? 彼氏の影響とか!?」

「もう~、そんなんじゃないよお」


 ……俺の席にほど近いところ、というかゴリゴリに隣の席で、名も知らぬ女子生徒たちとお喋りをしている比奈。


 愛莉との決定的な差はここだ。ちゃんとフットサル部関係以外の友達が居る。大きな差だ。本当に。


 予想通り、髪色を変え眼鏡を外すという大胆なイメージチェンジに出た比奈には、男女問わず大きな注目が集まっていた。


 周囲の男子生徒も、比奈をチラチラと見ながら何やら秘密裏に言葉を弾ませる。


 俺だって、やろうとしたし。イメチェン。

 でも髪の毛すぐ伸びるし。

 染めれば良かったんか? 俺が悪いのか?



「えぇ~!? でもなにかあったんでしょ~?」

「うーん……まぁ、ちょっとねー」

「なにー!? 教えてよぉー!」

「えー? どうしよっかなー」


 会話の最中、彼女は俺に向けてほんの少しだけ視線を寄越すと、僅かばかり口角を吊り上げ、悪戯に微笑む。俺にしか見えない角度で、一瞬だけ。


 思わず顔ごと視線を逸らしてしまう自分が、尚のこと情けなくて腹が立った。クソ、ズルい女だ。あの頃の純粋無垢と思われた比奈はもう帰ってこない。バイバイありがとうさよなら、愛しい恋人よ。



 チャイムが鳴り響き、遅れて担任教師が現れる。

 HRが始まった。やはり、聞く気にはなれない。


 手に顎を乗せ、俺と似たような格好で退屈そうな一つ前の席に座る愛莉を眺めていると、どうにも安心してしまうのは気のせいだろうか。




*     *     *     *




 HRのあとは始業式。例に漏れず退屈な時間を過ごし、教室に戻ってからもほとんどの授業が夏季休暇の宿題の答え合わせに終始。それらしい授業は行われなかった。


 あっという間に昼休みの時間になり、弛み切った身体をグッと天井に向け伸ばすと、前の席から愛莉が立ち上がって、こちらへ振り向く。



「ハルト、行こっ」


 昼食をフットサル部の連中と共にするのは夏休み前から変わらないのだけれど、これがまた良くなかった。もう、男子生徒からの視線が凄い。めっちゃ見られてる。怖い。


 幸い、愛莉も愛莉で教室では比較的浮いている方というか、男女拘わらず高嶺の花みたいな存在ではあるし、俺たちの関係性を声高々に指摘する者が現れないだけマシではあるのだが。


 にしたって気分は悪い。そのまま黙って見てろ。俺は愛莉の弁当を食べるんだ。手作りだぞ。羨ましいだろ。こっち見んな死ね。

 


「わたしも行くー。中庭でいいよね?」

「あっ……う、うん。そうね」


 何の気なしに比奈も賛同するのだが、愛莉は返答に少しばかり躊躇いを見せた。なんだ、夏休み前はたいてい三人で食ってただろ。



「それとも、二人きりが良かった?」

「そっ、そういうのじゃないし……っ!」

「もうっ、ごめんって。いじけないでっ」

「いじけてもないしっ!」


 二人してコソコソ話している。

 その間、俺はぼっちなんだぞ。やめて。



「ねー比奈さー。最近? っていうか、その二人とめっちゃ仲いいけど、なんかあったの?」


 すると、見知らぬ女子生徒が比奈に向けてそんなことを言い出す。確か、HRの前に彼女とお喋りをしていた連中の一人だ。


 面倒やな。スッと行かせろよ。まず気にするなそんなこと。俺を話題に巻き込むな。なるだけ視界から消せ。そして忘れろ。



「んー? 部活一緒だから、仲良しだよ?」

「部活? 比奈なんかやってたっけ」

「あれでしょ? フットサル部だっけ?」


 もう一人の女子生徒が補足を入れる。

 広げないで。その辺にして。



「フットサル部なんてあったっけ?」

「最近出来たらしーよ。詳しくないけどさ」

「なんか、サッカー部に勝ったって噂あったよね」

「あっ、それマジだよ。わたし試合観てたし」

「まじで? サッカー部って男子相手でしょ?」

「へー! 比奈ちゃんそういうのやるんだー意外ー」


 口々に話を広げる女子生徒たち。

 もう誰が誰とか分からん。覚える気もねえ。



「え、サッカー部負けたってマジなの?」

「あー、らしいな。練習試合で学校居なかったから見てねえけど。キャプテンも言ってたし。なんか新館裏のコート使わなくなったし、マジなんじゃね?」


 サッカー部と思わしき男子生徒に先の女子生徒が話し掛け、裏を取る。この一連の会話で、フットサル部の存在とサッカー部戦について一気に情報が伝わってしまった。


 まぁ、いつかは知れ渡ってしまうことだと分かってはいたが……朝に愛莉が後輩から話し掛けられていたように、運動部を中心にやったら知名度が上がってしまっているようだ。


 いや、それは良いんだよ。別に。何が問題って、そのなかに男子が俺しかいないっていうのが知れ渡るのが辛すぎる。いよいよ苛められそう。全員ブッ飛ばしてやるけど。自信は皆無。



「フットサル部ってなんかアカウントあったよな」

「あ、俺も動画見た。金澤ちゃんだろ? A組の」

「マジ!? あの子もフットサル部なん!?」

「ヤバくねフットサル部。可愛い子ばっかじゃん」


 話題の流れが男子生徒にも波及していく。


 動画というと、瑞希とシーワールドで撮ったあのおふざけ動画のことだろうか。当人は真面目に宣伝のつもりだったらしいが……なんでコイツらがそんなこと知ってるんだろう。たかが高校の部活動のアカウントを、そこまで正確に把握しているものか?



「そういうわけなんだよ~。ねー陽翔くん?」


『『『『陽翔くん!?』』』』



 綺麗にシンクロするB組一同であった。

 なんなんお前ら。仲良すぎかよ。



「……いや、ここでそれはやめろって」

「えー? なんで? 照れてるの?」

「空気読めって言いたいのお分かり?」

「ここは読まないのが正解かもよー?」


 悪びれもせずニコニコと笑う比奈。

 それ故に、ムカつく。コイツホントマジで。


 意図は分かるのだ。比奈は女子生徒の間でも人気のある奴だし、俺のためを思って、クラスに馴染めるよう敢えて関係性を露呈した方が今後のためになると、彼女なりに考えてくれているのだと思う。


 しかし、この状況では逆効果のような。ただでさえ男子からは、愛莉との関係を疎まれているというのに。いよいよ男子全員敵に回す勢いだぞ。


 これに瑞希や琴音まで絡んで来たら……。



「ハルっ!! ちょっと来いやッ!!」

「タイミングわっるッ!!」


 と、いきなり教室の扉を豪快にブチ開けられ、一番来てほしくない二人が現れる。そのまま俺の腕を掴んで、教室の外へと連れ出そうと強引に引っ張る瑞希。



「マジでヤバイ! ヤバいから!」

「なになになになにちょっ、やめ」

「二人も早く! ついでにご飯食べよ!!」

「……すみません、お騒がせします」


 教室の外に連れ出され、愛莉と比奈もそれに続く。琴音がクラスメイトたちに丁寧に頭を下げ、戸を閉めた。


 突如としてB組で巻き起こった台風は、更に巨大な暴風の登場により、それこそ嵐が過ぎ去った後のような静けさで溢れていたという。


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