189. おいひいれふよっ?


 綿菓子一つでは年頃の女の子の腹具合は満たされないご様子で、改めてちょうどいい食べ物を探しつつ散策を続ける。


 花火のスタート時間が近付き、浴衣姿の若者は更に増える一方。落ち着いて座りながら見れるいい感じのポイントがあれば嬉しいんだけれど。立ち見は疲れるし。



 先ほどの会話を境に、二人の間には妙な距離感というか、たどたどしさが漂う。改めて、二人きりで祭りを楽しむ行為がデート以外の何物でもないことを実感してしまったというか。


 何度か他愛無い話を振ってはみるものの、揃ってオーバーリアクションで返されてしまうものだから発展性が無い。いよいよ俺が無理やり連れ回しているみたいで、やり辛さが天井に届く勢いである。


 見た目の釣り合いも取れていないから尚更。

 通報も間近か。


 それでも変わらずにしっかり握られている左手の温かみが、辛うじて俺の存在を認めてくれているようで。放しさえすれば多少は彼女も楽になるだろうに。



「どうする? あの辺り、食いモン並んでるけど」

「ならっ、あの……一つ、試してみたいものが」

「試す?」

「バナナチョコ、食べてみたいですっ」


 ちょうど立ち並んでいる屋台の真ん中あたりに、お目当ての店が立っている。試してみたい、ということは彼女も食べたことが無いのだろうか。無論、俺も無いが。



「なんでまた」

「エリちゃんに言われたこと、思い出したんです。廣瀬さんの前で、食べてみなって。理由は良く分からないんですけどっ」


 なるほど。自分自身の意思でアクションを起こすのにも労力を使うからと、友達からのお達しに頼るわけだな。上手い身のこなしだ。


 だが、俺の前で食べろとはどういうことだろう。今までのインタビューで、バナナチョコを食べる女の子がタイプですなんて言った覚えは無いぞ。そんな性癖この世に存在しねえだろ。



 他の屋台と比べて比較的空いていたこともあり、すぐに品物へあり付くことが出来た。二人揃って同じものを購入し、片手に持ちながら再び散策に戻る。


 まぁ、普通に、バナナにチョコが掛かっているだけの、それだけだと思うんだけど。美味いかどうかは別として、特におかしなところなどは見受けられないが。



「じゃあ、食べますねっ?」

「おう……どうぞ」

「はむっ」


 小さな口で先端部分を咥える有希。

 結構サイズあるからな。食べるの大変だろう。



「…はむっ、むむ、んぐっ………っ」

「…………美味い?」

「おいひいれふよっ? あまふてっ、ほっへも」


 口いっぱいに頬張るせいでイマイチなんて言っているか分からんけど、多分美味しいんだろう。まぁバナナとチョコだし。不味くなる要素が無い。



 しかし…………この食べ方、妙に違和感。バナナってもっとこう、噛り付くものじゃないのか。


 なんでそう、ぴちゃぴちゃと舐め回すように……唾液を絡ませながら、口元で何度も何度も出し入れするその様子は、見覚えが無いようで、ちょっとだけあるアレを想起させる。



「……食い方間違ってねえか?」

「ふぇうれふかっ? エリちゃんは、ほうひろって」


 ならもう故意犯だろエリちゃん。

 仮にも友達になにやらせてんだよ。



「あっ……ちょこが溶けちゃいますっ……」


 うわぁ。エロぉ。


 ごめんエリちゃん。嘘だよ。

 ありがとう。本当にありがとう。



「……なあ、それじゃチョコだけ舐め取ってて意味無いだろ。バナナと一緒に食わねえと。カレールーとご飯別々で食ってるみたいなもんだぞ」

「……確かに、そうれふねっ」


 流石に周りの目が気になって来たので、この辺りで自制するものとする。今度、家に行ったときアイスでも同じことして貰おう。他意は無い。欲望に従うのみである。


 良い友達を持ったな、有希。


 ああ、ヤバイ。暑さでどうかして来てる。ここまで想定しているとしたら、大物になるよエリちゃん。


 でも、一つだけ勘違いしている。このサイズを基準にしていたら、将来ガッカリするから。ホンマに。いや、分からんな。それはそれでアリか。



「廣瀬さん、食べないんですかっ?」

「いや……共食いしてる気分でな」

「またですかっ!?」



 ちょっとしたハプニングを機に、再び会話が弾み出す。こんなことがキッカケになるなら、俺の人生もっとスムーズに過ごせて来た筈だろうが、モラルの問題である。云うならば飛び道具。


 そろそろ花火の打ち上げが始まる時間だ。

 行列の進み具合も牛歩のそれに等しい。


 やはり、若い女性が多いな。相対的に、だけど。ところで、アイツらもここには来ているはずだが。どのあたりに居るんだろう。今の今まで全然気にしてなかったけど。



「誰かお探しですか?」

「いや、アイツらも来てるんかなって」

「……もしかして、皆さんにも誘われて?」

「有希と約束した次の日にな。断ったけど」

「……なんだか、申し訳ないかもです」

「気にすんなよ。あれはあれで楽しんどるわ」


 各々と一対一ならともかく、五人で行動するとなると、意外とアイツら俺のことほったらかしだからな。そりゃ女子四人のなかに俺一人混ざったら、そうなるのも当然っちゃ当然だろうが。


 恐らく浴衣姿を揃えてお祭りを堪能しているのだろう。柄の悪い連中に目を付けられたりしてなきゃええけど。美人ばっかやし。



「多分、アイツらと一緒じゃ、落ち着いて見れねえからな。この場合は有希と一緒の方が安心や。だから心配すんな」

「……なら、良かったですっ」

「……そろそろ花火観る場所も確保しねえとな」

「それだったらっ、良いところがありますよっ」


 彼女に手を引かれ、人混みを縫い合わせるように進んでいく。


 何か、新しい動力源でも見つけたような足取りの軽さだが、理由までは聞かないでおこう。




*     *     *     *




【ふっとさるぶじょしかい(4)】



○楠美琴音

「見ましたか、さっきの」


○くらはたひなです

「見たよ」


○楠美琴音

「綿菓子を両側から咥えて」


○くらはたひなです

「ニヤニヤしてたねえ」


○Airi Nagase

「なにそれ! キモッ!!」


○くらはたひなです

「やっぱり陽翔くん、わたしたちと話すときと全然態度違うよねえ。明らかに油断しっぱなしっていうか」


○Airi Nagase

「……年下好きなのかな」


○楠美琴音

「どちらかと言えば、庇護欲を掻き立てられる存在なのではないでしょうか。なんにせよ気持ち悪いですが」


○くらはたひなです

「あれーー? 琴音ちゃん妬いてるのーー?」


○Airi Nagase

「分からないでもないけどさー……」


○楠美琴音

「違います。怒りますよ」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「ただいま生還!!」


○くらはたひなです

「おつかれさまー」


○Airi Nagase

「暫く反応無かったけど、なにしてたの?」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「DQNに絡まれたから撃退してきた」


○楠美琴音

「大丈夫だったんですか?」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「よゆーよゆー」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「良いトコ連れてってあげるって誘導して、そのまま運営テントまで持ってってあげた。中にポリスメンも居たから完璧だったわ」


○くらはたひなです

「わー。さすが瑞希ちゃん」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「みんなそのへん大丈夫なん?」


○Airi Nagase

「何度か声掛けられたけど、無視」


○楠美琴音

「同じくです」


○くらはたひなです

「マスクとサングラスしてるから大丈夫だよー」


○楠美琴音

「それはそれで怪しいのでは」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「つーかハルどこにいんの? あたし見失ったわ」


○くらはたひなです

「今ねー、海岸から離れて行ってるところだよー」


○Airi Nagase

「あ、見付けたかも」


○楠美琴音

「どこへ行くのでしょうか? 花火を観るならこの辺りですよね?」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「あたし、行くところ分かったかも」


○くらはたひなです

「じゃあそっち行こっか」


○Airi Nagase

「それはいいんだけど、そろそろ合流しない?」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「うん。ていうかみんな近くにいるでしょ」


○Airi Nagase

「琴音ちゃん、りんご飴持ってる?」


○楠美琴音

「持ってますよ」


○くらはたひなです

「水風船バンバンしながら歩いてるの、愛莉ちゃん?」


○Airi Nagase

「それ!」


○楠美琴音

「比奈も見つけました。なに持ってるんですか?」


○くらはたひなです

「さっきおみくじで当てたモデルガンだよー」


○Airi Nagase

「その恰好でモデルガンはヤバイ」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「めっちゃ楽しんでねみんな」


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