188. 強いて挙げるならそれが理由
有希のお目当ては、この手の類では定番だという綿菓子であった。こういうときにしか食べられないから、毎年来たときは必ず買ってるんです、とのこと。
例に漏れず食べたことない。
教養としては持っているが、まるで縁が無い代物だ。
綿菓子を全く知らない人間にいきなり見せたら、毛糸の集合体とか思うのだろうか。あの不規則に絡まった奇妙さといい、ボリューム感といい、俺の髪型と結構似ている気がしないでもない。
いや、そんな、あそこまで変じゃないとは思ってるけど。ただエゲつない癖っ毛だから、朝は必ず水に付けないと、割とあんな感じだ。
フットサル部の4人は皆揃って綺麗なストレートの髪の毛だから、少しだけ羨ましかったりもする。かといって矯正する気も無いけど。
なんなら切るのも億劫だし。
拘りが無さ過ぎる。
一つ手に取って屋台から戻って来る有希。
なるほど。やっぱり似ているかも分からん。
僅かに湧き起こるシンパシー。
「買わなくて良かったんですか?」
「一口貰えばええかなって」
「なるほどっ。では、どうぞっ」
そのまま綿菓子をこちらに寄せて来る。
一旦渡すという選択肢は無かったのだろうか。多分それ、俗にいう「あーん」だと思うんだけど。
その辺り理解しておいでだろうか。無自覚なんだろうな。そして、後で気付いて一人で悶絶するまでが彼女のお決まりのパターンである。
「…………あまっ」
「美味しいですよねっ」
「共食いしとる気分やな」
「ええッ!?」
それは冗談として。
「有希、写真撮ってやるよ」
「ふぇっ? どうしてですかっ?」
「理由は無い。強いて挙げるならそれが理由」
「なんですかそれぇ……まあ、いいですけどねっ」
大したことじゃない。あちこち飛び交う眩しいライトに照らされた浴衣姿の彼女と、お面の存在感と、手元の綿菓子がやたら絵になっているものだから。
あとで有希ママにでも送ってやろうかなという、それだけである。それに、仮にも俺みたいな人間がお祭りデートを楽しんだという細やかな証拠にもなり得るだろうし。
「ほら、綿菓子咥えて。そうそう」
「ふぉうれふかっ?」
「ん、ええ感じや」
滅多に写真の増えないスマートフォンのアルバムに、久しぶりに新たな一枚が加わる。直前の写真が琴音とコラボカフェ行ったときのやつだからな。どんだけ前なんだよと。
女の子の写真ばっかり増えていくな。アルバムだけ見られたら、余計な印象持たれかねないわ。
無論、そんなつもりないけど。
付き合わされてるのこっちやし。圧倒的に。
「せっかくなら、廣瀬さんも映りましょうよっ」
「え、俺は別にええて」
「私もお母さんに写真送りたいのでっ!」
「……まぁ、ええけど」
スマホを取り出し、斜め上に掲げる。
手付きが慣れ過ぎである。
この辺り俺と違うやっぱり。
「廣瀬さんもパクってしてくださいっ!」
「ええっ」
「いいからっ、ほらっ! 撮りますよっ!」
綿菓子を両サイドから咥える俺と有希、というよう分からん構図が発生する。何度かのシャッター音とフラッシュを重ね、彼女は満足そうに画面を見返し微笑んだ。
「証拠、ゲットしちゃいましたっ」
「証拠?」
「廣瀬さんとお祭りに行った、証拠ですっ」
「お母さんに見せるんじゃねえのかよ」
「…………お友達に見せちゃ、だめですかっ?」
「やめとけって。趣味疑われるから」
「そんなことないですよっ」
やること自体は可愛いものだけれど、果たして自慢する対象が俺でいいのだろうか。有希の評判に関わるぞ。本当に。
「えへへっ……実を言うとですねっ。わたし、お友達に廣瀬さんのこと、結構お話してるんですよっ? 昔の、サッカーされてた頃の写真とか、見せたりしてるんですっ」
「んなもん見してどうするんだよ」
「みんな、色々と聞いてくるので……っ」
となると、彼女の友人の間では、結構有名人だったりするのだろうか。まぁ一部の界隈ではどうしても名前が挙がってしまう存在であるのは致し方ないとして。
どうしよう。陰で笑われてたりしたら。JCに馬鹿にされるってメンタル的に辛いものがある。そんなこと気にしてもしゃあないけど。
「そもそもなんで俺の話なんで出て来るんだよ」
「家庭教師をして貰ってたこと、みんなに話しちゃったんです。あと、高校生の男の人っていうのも……そしたらみんな、興味津々で」
「で、写真見せたらガッカリされたと」
「いえいえ、むしろっ、逆ですよっ! みんなカッコいいって言ってます!」
ほんとにぃ?
気ィ遣ってなぁい?
「廣瀬さん、自分の容姿のこととか馬鹿にしたりすること多いですけど……本当に、そんなことないですよっ? いま、お友達のなかで人気急上昇中なんですからっ」
んなこと言われてもどう反応しろと。
「お友達の、エリちゃんっていう子がいるんですけどっ。本当に廣瀬さんのこと気に入ってるみたいで……当時の試合の動画とか、インタビューの記事とか集めたりしてるんです。クールでちょっと裏がありそうなところが、悪役の王子様みたいだって言ってました」
その例えはクソほどもピンと来ない。
「……でも、私も不思議なんです。本当に女の子からモテたりしなかったんですか? 私の中学でも、サッカー部の人ってだけで人気になったりしますし」
「……いや、無いけど。なんも」
「へぇー……そういうこともあるんですねぇ」
身に覚えが無いというわけでもないのだが。
有希の言う、サッカーやってる人間が無条件でモテるっていう概説は、案外当て嵌まったりする。
当時プレーしていたチームは、トップチームがイケメンと呼ばれる選手も多く、女性ファンもかなり居て。なかには個人の応援団みたいな連中が、練習にまで押し掛けていたり。
その影響もあって、下部組織の俺たちにも妙にスポットが当てられていたというか。チームの一員というだけで、地元では結構なステータスになってしまうのだ。
所謂、黄色い声援というものを浴びたことも、無いこともない。ほとんどの年代を飛び級していたから、必然的に注目はされていたし。
でも、通っていた学校で女子から告白されたり、ワイワイ言われるようなことは無かったな。プレーとのギャップに失望したか、普段の俺の行いが悪かったのかのどっちかだろ。
…………あー、でも、そうか。
一人だけいたなぁ。やたら面倒な追っかけが。
地元が同じで小中が一緒の、一つ年下の女。
今となっちゃなにしてるかも分からないけど。
多分、他の奴に切り替えてソイツの追っかけでもやってるんだろう。俺がチームを辞めたときも、高校を転校するときも、なんのリアクションも無かったし。
そうで、あって欲しい。
「まあ、その、そういうわけでですねっ……今日の花火大会のことも、みんなに話しちゃって。特にエリちゃんから、絶対に写真撮って来てねって言われちゃったんです」
「余計なことしなきゃ良かったわ」
「あっ、でも! 私も写真、撮りたかったので、それは良いんですっ! もう一枚撮りましょうっ!」
「何故そうなる」
再びスマホを取り出し、今度は普通にピース。
俺も普通に反応するなよな。
「これでっ、おっけーです!」
「……なぁ、有希」
「はいっ? なんですかっ?」
「有希もそう思ってんの?」
「…………廣瀬さんは、カッコいいですよっ」
「……まぁ、ありがと」
くすぐったそうに口元を歪めた彼女と視線が重なる。すぐに逸らされてしまう辺り、いつもと変わりは無いが。
俯いた先のコンクリートの地面になにか書かれているのだとしたら、それが答えなのだと、彼女が口を開くまでもないことを分かっていた。
代わりに名も知らぬライダーが、こちらを見つめている。取りあえず取っといてよかった。ホントに助かる。
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