182. 一旦保留な


(…………と、思うやん?)



 約束はちゃんと果たすつもりなんだ。


 まぁ、ちょっと忘れ掛けてたけどな。

 でもギリギリのところで思い出した。


 そりゃあ、そんな完璧なところで待ち構えてたら。

 パス、出したくなるよな。愛莉ッッ!!



「歯ァ食い縛れッッ!!」


 ゴールマウスからやや右寄り。

 少し距離を置いて待ち構える彼女へ。


 それこそシュートと見間違うほどの、弾丸のような浮き球のパス。狙いはパーフェクト、ゴレイロと愛莉の、丁度中間を切り裂くようなボール。


 これを合わせられなかったら、ストライカーじゃねえよ。勿論確証だってある。


 あれだけゴールに飢えたお前が。

 このプレゼントを見逃せる筈がないっ!






「…………強すぎッ! マジで頭痛いんだけどッ!」

「ハッ…………最初の一言がそれかよ」



 沈黙から一転、歓声が爆発する。



 ヘディングで完璧に合わせてみせた愛莉の一撃は、相手ゴレイロに反応さえ許さず、ゴールネットへ叩き込まれたのであった。


 立ち上がり、拳を天高く突き上げる愛莉。

 すぐにみんなも駆け寄って、彼女を祝福した。



「……決まったな」

「……えぇ、決まりましたね」 

 

 後方からトボトボと歩いてくる市川ノノ。流石にこの早い展開では、自陣へ戻り切れなかったようで。



「結局、ノノは見事に釣られてしまったというわけですねっ。この時間帯の無理なオフェンスが命取りになることも。ノノからボールを奪うことで、ゴールから遠ざけること……すべて、計算通りってわけですっ」


 大きなため息とともに、ホイッスルが鳴り響く。


 試合終了だ。俺たちの、フットサル部の勝利。

 そしてこの瞬間、優勝が決まったのだ。



「まぁ、悪いとは思っとるわ」

「えぇっ。とんだヒールですね、センパイっ」

「アホ言うな。勝ったチームが正義なんだよ」

「……それもそうかもしれません」


 芝生に滑り込み、天を見上げる彼女。

 誰に聞かせるわけでもないだろうに、淡々と言葉を並べる。



「ノノはっ、さっきも言いましたけど。プレーするのは、別に好きでも嫌いでもありませんっ。まぁ、なんといいますか……ノノのことをビックリさせてくれる、興奮させてくれる人の隣にいたいっていう、それだけなんですっ」


「だから、正直なところっ、チームのこととか、割とどうでも良かったんですっ。ホントにっ、ノノが楽しければいいっていう、それだけでっ」


「でもっ…………不思議ですねっ。今までっ、ああやって煽られたこと一度も無かったので、知らなかったんだと思いますっ。勝つために本気で走ると、どんな風に感じるのか……負けたときの悔しさとか、色々、ですねっ」


 少し虚ろげな目で、そんな風に話す彼女。


 別に、そこまで追い詰めるつもりは無かったんだけど。ただ、お前のプレーヤーとしての穴を突いて、俺たちが勝ったっていう、それだけの話で。


 だが、どうにもこの少女。

 試合の勝ち負け以上に、何か思うところがあったらしい。



「あーーっ…………なんなんでしょうっ、すごい、変な気分ですっ……自分でも全然っ、全然分かんないんですよっ。でも確かなのはっ、ノノは今、この試合をもう一度最初からやり直したいって、すっごい思ってますっ」

「……そりゃ無茶な相談や」

「分かってます、分かってますけどっ! でもっ、思っちゃったんだから仕方ないじゃないですかっ! なんでかなぁーっ…………どうしてノノはっ、前半から本気で走らなかったのでしょうっ」


 知るか、そんなこと。


 でも、良い薬にはなったのかもな。少なくとも、俺たちを小馬鹿にするようなことは、もうしないだろ。いや、本当にそれだけで十分だ。十分すぎる。



「……それに、どうしてでしょうっ。ノノはっ、初めてお見掛けしたときよりもずっと、陽翔センパイのことが魅力的に見えてしまいますっ」

「……あ、はいっ。さいですか」


「いえっ、そのっ、確かにですねっ? 前の試合を観ていて、上手いなー、とかカッコイイなーとか思ってはいたんですけどっ。でも実際に試合で戦うと、より感じるものがあったというかっ…………そうですねっ。センパイ、なんだか、不思議な魅力持ってますっ」

「なぁ、そろそろ集合せんと」


「それに、それにですねっ! 最後に皆さんがっ、一気に攻め上がるときっ! なんだかこうっ、感じたことのない感動というかっ、エモーショナルな何かをノノはぶつけられた気がしたんですっ! ただのカウンターですよっ、それだけなのにっ! あの昂ぶりはっ、いったいなんなんでしょうっ! すごくっ、凄く気になりますっ!!」

「よう喋るなお前……試合後だろ……」


 頼むから、この先はもう黙っていて欲しい。


 何故かって。知ってるんだよ。

 こういうよう分からん動機でさ。


 このチームに入った奴を、何人か。



「…………あのっ、陽翔センパイっ」

「……あん」

「すっごく、失礼なお願いなんですけどっ」


 ほら、やっぱりこうなる。

 分かってんなら止めりゃいいのに。


 相変わらず、俺も甘いんだよな。

 でも、どうしようもないだろ。



 コイツがもし、フットサル部に入ったら。


 どんな化学反応が起きるか。

 気になって、もう仕方ないんだから。



「ノノはっ……ノノは本気でっ、フットサル部に入りたくなりましたっ。なんでこんな気持ちになるのかっ、どうすればこの昂ぶりが収まるのかっ……このチームに入ればっ、分かる気がしますっ!」


「勿論センパイたちにも頭を下げますっ! いえっ、土下座でもっ、なんでもしますっ! 用具係だって構いませんっ! このチームはっ、ノノの何かを変えてくれるかもしれないんですっ!!!!」



 ……………………



「…………一旦保留な」

「エェッ!? なんでですかぁぁっっ!?」

「いや、サッカー部どうすんねん」

「辞めますっ! 明日っ、いえ今日にでもっ!」

「そういうところが信用できねえんだよ」



 また、変な奴に捕まっちまった。

 でもこんなやり取り、結構嫌いじゃねえなあ。






【試合終了】


倉畑比奈 後半8分16秒

長瀬愛莉 後半9分54秒


【フットサル部2-0Herencia】


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