183. 汚名返上タイム
その後、全てのチームがコートに集結し大会の表彰式が行われた。快晴の青空の下、各チーム整列して主催者の言葉を待っている。
優勝したフットサル部には、小さなトロフィーと副賞の図書カード一万円分が贈呈されることになった。
トロフィーは片手で収まるほどの本当に小さなものだし、図書カードにしたって数冊でも買い込めばすぐに消えて無くなってしまう代物だ。
あれほどの激闘の末に手に入れた結果がこんなものかと思うと、少しばかり頬も引き攣るところだが。だが、それはあくまで副次的な要素に過ぎない。
この5人が。フットサル部が。
自分たちの力で勝ち取ったという事実。
来たる来夏の全国大会に向け、申し分ない結果と明確な課題を手に入れることが出来たということが、何よりも大切で、重要で。
そして、何よりも喜ばしい。
「良かったな、商品券」
「まっ、知ってて狙ってたんだけどね」
「そういうことかい……」
大会得点王とMVPに輝いた愛莉には、副賞となる3000円分の商品券が二枚渡された。あれだけ得点王に拘っていたのはこれが理由か。
まぁ3000円は俺も嬉しいけど。そこまで喜ぶことじゃないだろ。こんなところでまで愛莉の懐事情を窺い知ることになるとは。
他にも大会のベストファイブが発表され、愛莉と瑞希。更に琴音も受賞することに。確かに、大会通じて1点しか取られて無いからな。決勝戦の活躍も目を見張るものがあったし。
「琴音ちゃんっ、おめでとっ!」
「あ、はいっ……ありがとうございますっ……」
景品のクオカードを受け取った琴音は、少し複雑そうな顔をして賛辞を贈る比奈の隣まで戻って来る。嬉しさ半分、納得いかない点もあるのだろう。
「お二人には、何も無いんですね」
「比奈も受賞してええと思うけどな」
「そんなっ。それこそ陽翔くんだよ」
「いや、今回なんもしとらんし……」
残りの二人は、Herenciaの13番と市川ノノが選出されていた。決勝ゴールを決めた比奈、そして俺には何も無い。その辺り、琴音としては不満なのだろう。
だが、個人賞は今となっちゃどうでもいい。
俺が欲しいものは、全部手に入ったから。
「納得いきません。私はただ点をあまり取られていないというだけで、皆さんよりも活躍したとは言い難いでしょう。特別賞など何かあっても良いのでは」
「……なら、俺がなんかやるわ」
「陽翔くんが?」
「アイスでもなんでも奢ってやるよ」
「わぁっ。やった♪」
嬉しそうにニッコリと微笑む比奈。
俺がしてやれるのはこれくらいだろう。
自分はともかく、確かに比奈はもう少し報われて然るべきだからな。決勝戦、勝てたのは間違いなくコイツのおかげでもあるし。若干痛い出費だが。
「……そっちのほうが……っ」
「え、なんて」
「あっ……い、いえっ。なんでもないですっ」
前に並ぶ琴音は、そのまま会話を打ち切りそっぽを向いてしまう。お前にも何かしらしてやりたいのは、山々なんだけどさ。それをやり出すと、後の二人が煩いもんで。
「えっ、なにっ! ハルなんかくれるのっ!?」
「なんの話? あっ、もしかして打ち上げ全部ハルトの奢りとかっ?」
「いやそんな話はしてなっ」
「それは良いですね。ここは豪勢にサイ○リヤで如何でしょう」
「琴音ちゃーん。そこは焼肉とかコース料理って言うところだよー」
「それだっ! あっちにすたみ○太郎あるからそこにしよーぜっ!」
「えぇー? あそこ安いけど美味しくな……」
「出さへん言うとるがなッ!」
* * * *
表彰式が終わり、有希と峯岸から労りの言葉など受け取りつつ、着替えと撤収準備を終え、残るは施設後にするだけとなる。
峯岸は着替え終わった時点で既に施設から姿を消していた。本当に、ただただ試合観に来ただけだったんだなアイツ。改めて顧問探し直そうかな。
で、有希はお母さんが車で迎えに来てくれるとかで、先に会場を後にした。もう少しこの場に残りたそうな様子ではあったが、母からの連絡を見るや否や、すぐに飛び出して行った。
なにかあったのだろうか。多分、お弁当に関するあれこれだろうな。察する。
さて。主催者である施設の管理人からは「次も10月にやるから是非」とお言葉を戴いたのだが、曖昧な返事をするだけに留まった我々一同である。
確かに、この大会に出場して結果を残したことは、フットサル部にとって大きな起点であり重要なモノとはなった。しかし、次の大会はどうか。
少なくとも予選はほぼ問題無く勝ててしまったわけで。決勝で好勝負を演じたHerenciaにしても、市川ノノが次回もチームに残っているとは限らない手前。
再びチームの強化として十分な効果を発揮すると言えるかは分からなかった。失礼な話であるのは百も承知だが、どちらかと言えばエンジョイ勢の方が割合としては多かったからな、今回の参加チームも。
「高校のチームとも、試合やりたいよね」
「まぁ……目標のダブってる相手の方が、な」
試合形式や、ゲームの強度。
戦術やメンバー構成。
探せばいるはずだ。俺たちに近いチームも。流石に男一人だけの混合チームは珍しいだろうけど。
エナメルバックを肩に引っ提げ、夕陽に照らされながら線路沿いを歩く愛莉。
やはり女性にしてはラフな格好ではあるが、こうして横目に眺めていると、つい先ほどまで豪快なヘディングシュートを叩き込んで雄たけびを上げていた姿とは似ても似つかない。
他の三人にしても同様で。たった数分で、どこにでもいる女子高生に様変わり。雰囲気もなにも変わっていないのは、俺だけか。
楽しそうにくだらないお喋りをする瑞希の話を、比奈がニコニコしながら聞いている。そんな二人の会話に、ボソリと混ざる琴音。瑞希が愛莉を茶化して、彼女も輪に加わった。
俺は基本的に、彼女たちの会話を横で眺めているだけ。話を振られたら、適当に返す。そんな俺を弄り倒す愛莉と瑞希に対し過剰に反応するものだから、残る二人もおかしそうに笑って。
もうすっかり慣れたと思っていたのに。
こんな凸凹で、まったく関わり合いの無さそうな5人が。フットサルというただ一つで繋がっているという現実が、どうにも不思議で、おかしくて。
あれだけ走り回ったというのに、足取りも軽い。
まるでそれぞれが。
互いに手を取り合い、支え合っているような。
「陽翔っ、センパーーイっっ!!!!」
…………良い雰囲気だったのに。
振り返った先から、やはりエナメルバックを引っ提げた市川ノノが全速力で駆け寄って来る。コイツ、少しも疲れてねえなやっぱり。どれだけ無尽蔵な体力してんだか。
「あっぶなーーっ! このまま帰られたらっ、ノノ完全に悪役じゃないですかっ! すみませんっ、皆さん、ちょっとだけ汚名返上タイムくださいっ!」
なにその謎タイム。
突然現れた彼女に、4人は少し複雑な面持ちで顔を見合わせた。それもそうだろう。彼女がフットサル部に入りたい云々の話は、まだ俺しか聞いていないし。
なにより、試合中ちょっとばかり険悪なムードさえあった間柄だ。警戒しないわけにも。
「あのっ、皆さんっ! 今日はホントっ、すみませんでしたっ! 正直に言いますっ! ノノっ、舐めてましたフットサル部っ! でもっ、もうそんなこと思ってないですっ! 敗者は敗者らしく、今日の敗北を受け入れるまでですっ!」
「そ、そう……別に気にしてないし良いけど……」
やや顔を引き攣らせて応対する愛莉。
そういや、まともに喋るのはこれが初めてか。
「まー、過ぎたことだし? あたしも気にしてないよ。ねー、ひーにゃんっ」
「うんっ……市川さんがどういう子なのかは、よく分かったから」
切り替えの早さに定評のある瑞希はともかく。
比奈のその返答、ちょっと怖いんですけど。
「……結局、仲良くなってるんですね」
「えっ」
「別に構いませんけどっ。私には関係無いので」
いや、そんな冷たい視線をぶつけられてもですね琴音さん。あれ、おかしいな。なんでお前が一番不満そうにしてんの?
「……で、お前、何しに来たん」
「それはもうっ、タダの一つですっ! ノノの今世紀最大の目標はっ、フットサル部に入部することだと決まったのですっ!」
「……はっ、はああアアっッ!?」
素っ頓狂な声を上げ後ずさる愛莉。
三人も似たような反応である。
いや、お前。よくこの雰囲気で言い出せたな。
逆にすげえよ。感心するわ。尊敬はしないけど。
「勿論ノノの好感度はいま最底辺も良いところだと、十二分に分かっているのでっ! そこでノノは考えました! 低いなら、上げるしか無いとっ!!」
「陽翔センパイに言われた通りっ、しっかり段階を踏むことにしましたっ! まず明日、サッカー部のマネージャーを辞めますっ! ちなみにHerenciaの皆さんには先ほど事情を説明し、既に退団済みですっ! この迅速な対応っ、ちょっとくらい褒めて頂いても宜しいかとっ!!」
「そしてっ、ノノがフットサル部に入ることで得られる様々な恩恵をっ、これからアピールしまくるのでっ! もう、むしろ逆に入ってくださいと言われるくらいにはっ、ノノ頑張りますからっ!!」
「…………ハルト、どうするのこの子……っ」
「いやっ、俺に聞かれても……」
そこまで言われると、すげえ困る。
あくまでも学校では先輩と後輩という間柄なわけだし、俺たちが、というか彼女たちが二の足を踏んでいることが、なんだか悪いことのように思えてさえ来る。
それすらも、策略か。
だとしたら、心底恐ろしいけど。
「あたしは断れる立場じゃないしなー」
「それはわたしたちも一緒だけど……」
「……部長権限ということで、お任せします」
「えぇっ!? わたしに丸投げなのっ!?」
明らかに困惑した様子の愛莉だが、円らな瞳で真っ直ぐこちらを見据える市川ノノについ気押しされてしまったのか、妙に懐かしいしどろもどろな口ぶりでこう返すのであった。
「……じ、じゃあその、二学期始まってから……」
「入部ですかっッ!?」
「あ、いやそのっ……よ、様子見っていうか……?」
「分っっかりました!! 皆さんに認めてもらえるよう、ノノっ、頑張りますっ!! あれですよっ、もう気に食わなかったら的あての的とかにして貰って構わないんでっ!!」
それはそれで問題あるだろ。
そこまで性根腐ってねえよウチの連中。
「今日はノノ、お邪魔虫だと思うのでっ。この辺りで失礼しますっ! 前向きなご検討をお待ちしてますのでっ! それではっ!!!!」
スキップともランニングとも言い難い軽快な足取りで俺たちを追い越した市川ノノは、そのまま曲がり角を曲がり駅の方角へと消えていく。
残された俺たちは、未だにこの場で起きた出来事を理解するのにも事足りず。ただ、茫然と姿の見えなくなった彼女を眺め続けるのみに終始するのであった。
「…………まぁ、その、悪い奴ちゃうと思うで」
何の気なしに漏れたフォロー。
だが帰って来たのは思っていたものとは違う反応。
「それは、分かるよ? なんとなく……」
「まー、普通に面白い子だと思うけどさっ」
「うん。良い子だと思うよ」
「実力面を考慮しても、悪くないのでは」
`でも、それより……`
四人口先までしっかり揃えて、こちらへ振り返る。まるで事の問題が、全て俺に終着するとでも言いたげで。
その理由を問い質そうにも、どうにも上手く口が回らないのだから、答えが返って来る筈もない。
それどころか、市川ノノの快活な笑い声がいつまでも脳内をループして消えないから、いよいよ困り果ててしまう俺であった。
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