175. 勝算は幾らでもある
【前半終了
フットサル部0-0Herencia】
真っ直ぐゴールへ向かう一撃は、ゴレイロの左肩に直撃。
そのままラインを割るかと思われたが……。
「ああっっ!!」
悲鳴の発生源は、愛莉か瑞希か。
どちらとも言えぬ甲高い声からさほど時間を要さず、ボールは11番の男性選手の懸命のクリアによって間一髪、救出されてしまう。
サイドラインを割ったところで、主審のホイッスル。試合は0対0、スコアレスのまま前半を終えることとなる。コートの周囲のみならず、その中からも一斉にため息が溢れた。
(……これでも駄目か……)
比奈の放ったヘディングシュートは、それはもう完璧な当たりだった。むしろ完璧すぎて、馬鹿正直にボールの中央を叩いてしまったのが悪かったのか。
市川ノノに激しく身体を寄せられたあの状態では、コースを狙うような余裕も無かっただろうが……しかしこればかりは比奈を責めるわけにもいかない。
セカンドボールに反応出来なかった、或いはゴール前に詰め切ることが出来なかった自分たちの問題だ。極論、誰が悪いというわけでもない。
「おっと! すみませ~ん乗り掛かっちゃって☆」
「あっ……ううんっ、大丈夫だよっ」
勢いのまま交錯してしまった市川ノノがそんな一言と共に身体を起こす。接触の際に怪我などはしていなさそうだ。
ここでも、コイツか。
ロングボールが出たとき、まだこちらの陣地でゆったりと歩いていただろうに。とんでもない反応速度だ……それもボールが零れて来る比奈に向かって、一直線に飛んで来たのだから。
改めて市川ノノの機を読む力を見せ付けられる結果となる。彼女の寄せがなければ、比奈も落ち着いてトラップしてシュートを撃つだけの余裕もあっただろうに。
「……ごめん、わたしのミスだよね……っ」
「アホ言うな。誰のせいでもねえよ」
「そうそうっ。後半もチャンスあるって!」
珍しく落ち込む比奈を瑞希が元気づける。
チャンスを逃したのは事実だが、仕方ないことだ。
それに、ようやくシュートまで持ち込めるだけの大きなチャンスを作ったのだから、まるで意味が無かったというわけでもない。突破口は少しずつ開きつつある。
「お疲れさまですっ! お水どうぞっ!」
「ありがと、有希」
コートサイドまで来ていた有希と峯岸が各々にボトルを手渡す。みんな一気に飲み干さんとする勢いだ。陽の影響は少しずつ減っているが、やはり疲弊は激しい。
「……難しいわね。スペース無さ過ぎっ」
「ちょこちょこウザイんだよな~」
反対サイドで休息を取る市川ノノを遠目に眺めながら、愛莉と瑞希が恨めしそうに呟いた。二人も市川ノノの読めない動き出しに苦労させられているようだ。
だが最も煽りを受けているのは。
「……狙われるな、倉畑」
「あー……やっぱり、そうですかっ……」
「自然な流れではあるけどな」
少し言いづらいところではあったが、そんな心境を察知してくれたのか、峯岸が代弁する。比奈も薄々気付いてはいるようだ。自身がボールの取り処にされていることに。
市川ノノの持つ技術に、比奈とさほど大きな差は無い。だがそれ故に、狙いが絞りやすくなっている節もある。事実、比奈以外はシンプルなボディーコンタクトで彼女からボールを奪われていない。
対峙するサイドが同じということもあるだろうが、比奈のコントロールミスからいくつかピンチが生まれたのは、否定しようのない事実だ。
「……ごめんなさいっ、私がしっかりしてれば……」
「ひーにゃんは悪くないって。なっ、長瀬」
「ええ。あれだけ執拗に当たられたら、仕方ないわ」
「フォローし切れない陽翔さんが悪いと思います」
「うっせえな」
言っていることは間違ってないのだけれど。
お前は比奈を擁護したいだけだろ。黙っとれ。
「……ともかく、アイツの動きをどうにか制限しないことは始まらねえ。今のロングボールを入れる形が、最善ではあるけど……愛莉、どうだ?」
「まぁ、あれくらいなんてことないけど……でも、2-2のまま行くつもり? また男にマーク付かれたら、正直分からないわよ」
「エライ弱気やな」
「客観的に見てるだけっ」
このように彼女がハッキリと言うのも、恐らく理由があるのだろう。そして、なにを言いたいのかも。実際のところ、自分も本当は分かっている。
「琴音。後ろから見てどうだった?」
「どう、とは」
「システムを変えてから、俺たちの距離感は」
「……そう、ですね。少し遠く感じました」
2-2の変則的なシステムは、それほど多く練習を費やしているわけではない。云うならば付け焼刃だ。最後のワンチャンス以外、効果的な手を打てていないのが何よりの証拠である。
Herenciaのベンチサイドでは、先ほど交代した3番が再びビブスを脱いでいる。やはり、愛莉のポストプレーと抜け出しを警戒して対策を打って来るようだ。
琴音の話したように、俺たちの2-2システムは前線で基準点を作りやすい一方、自陣でのポゼッションに時間と手間を掛けられないという欠点がある。
愛莉がポスト役として今一つハマっていない現状を考慮すると、同様の手段はそう何度も使えないだろう。となれば、やはりスタートと同じ、1-2-1のシステムに回帰するべきで。
「…………比奈。一つ、仕事やるよ」
「うん、なあに?」
「俺と代わって、フィクソに入れ」
「……わ、わたしが……っ?」
「サッカー部戦でも少し試したろ、あれや」
前半、俺たちの攻撃が停滞したのは、ボールを回すことに固執し過ぎて、縦への意識が弱まってしまったことが原因にある。連動した崩しだけでは、Herenciaの守備網をこじ開けることはできなかった。
そして、愛莉に依存したロングカウンターも、決して成功率が高いとは言えない。ともすれば、局面ごとで対峙する相手を少しずつ上回ることが必要になって来る。
「瑞希が左サイドで、俺が右。ええな」
「おー、それはいーけど……大丈夫なん?」
「いつかは通らなアカン道のりや」
俺がポジションを上げることで、縦への圧力は一気に増すだろう。個々の守備力がそれほど高くないことは前半でも立証済み。突破する自信も、方法もある。
無論、俺が守備へのリスクヘッジを減らすことで、その負荷は最後尾の比奈へ重く掛かって来る。
ただでさえ前半もギリギリのところで防いだ場面も少なくなかったのだから、リスキーな選択肢であることは言うまでも無いだろう。
しかし、思い返せば。
サッカー部戦も同じような展開だった。
自然な流れで生まれた形だったとはいえ、比奈をフィクソに配置して俺が前線に出たことで、オフェンスは大いに活気付き、チャンスを生み出した。
これを意図的に再現できれば、チームはもう一歩上のランクに進むことが出来る。否、再現し、進まなければならない。
これまで通りの連動したパスワークに加え、俺と瑞希のサイドからの仕掛け。愛莉のポストワーク。
そして、比奈がフィクソとして。ボールプレーヤーとして開眼すれば、Herencia相手でも十分にやり合える。いや、圧倒的に凌駕することも不可能ではない。
失敗する未来が、見えないわけでもない。
それでも良いのだ。仮に駄目だって。
彼女を。彼女たちを信頼し、大事な一部分を預けたという、この事実が何よりも重く、大切。あの試合から、ずっと変わらない。このチームは、五人のチームだ。
勿論、勝算は幾らでもあるんだぜ。
これくらいのピンチ、乗り越えられるに決まってんだろ。
「……わたしを信用して、ってことだよね?」
「おう。やれんだろ」
「……もちろんっ! 任せてっ!」
「比奈なら出来ます、必ずですっ」
「うんっ、見ててね、琴音ちゃんっ!」
頼もしい声援に笑顔で答えた彼女は、大粒の汗を垂らしながら高らかに宣言する。残る二人も、顔を見合わせて頼もしく頷いた。
「勝つぞッ!」
掛け声に合わせ、5人の声が共鳴する。
そんな俺たちの姿を、やはり市川ノノは太々しい笑顔で見つめていたのだけれど。気付かないフリをした。それが俺たちの答えだと、言葉にせずともきっと伝わっている。
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