173. ムカつく可愛い顔


(この時間に点はやれねえッ!!)


 抜け出した13番。辛うじてシュートコースだけは蓋をするが、ゴールまでの角度と距離感を考えれば一人での対応は難しいだろう。


 ボールを奪った3番に続いて、4番の女性もこちらの陣地へ走り込んで来る。一方、フットサル一同はそれからやや遅れての帰陣となる。単純に、人数が足りないのだ。


 そろそろ前半終了のホイッスルが鳴ってもおかしくは無い。この膠着状態、ビハインドで折り返しは避けなければ。



 ドリブルでの侵入と、ミドルレンジからの一撃に備えながら、中のスペースをケアする。いくら俺が俺だからって、三つも同時に仕事は出来ねえよ! まぁ、やってやるけどなッ!



「やらせるかよッ!」


 13番は最終的に、中への折り返し。

 ショートパスを選択した。


 ボールを受けた4番の女性へ猛然とプレスを仕掛ける。相手が女だろうと関係ない。このコートの上では。


 一気に体を寄せたことで、流石にその女性も慌ててしまったのか、コントロールを失いボールを手放す。しかし、後方から3番がタイミング良くフォローに入った。


 結果的に、スムーズなボールスイッチとなる。

 いくらなんでも、無理だ。

 この位置からはタックルには行けない。


 フリーの3番がシュートモーションに移る!



「だりゃっっ!!」

「おっしゃナイス愛莉っ!!」


 間一髪、敵陣から戻った愛莉がシュートコースに入り、左脚付け根でブロックに成功。再びボールが零れる。


 ペナルティーエリアに僅か数センチ入った辺りを転々としている。機転を利かせた琴音がそのまま掴み取ろうと一気に前進するが。



 影が、芝生を横切った。

 雲の流れにしては、あまりに早過ぎる。



「琴音ッ、下がれ!!」


 絶叫にも似た声に彼女が目を見開いた。

 次の瞬間。


 それまで一度もこの攻撃に関与しなかった奴が。

 まるで幻のように、忽然と姿を現した。



「なっ……チップキック!?」


 驚いた様子の愛莉が発した通り。

 一瞬にしてそこに現れた市川ノノは。


 右足つま先を地面とボールの間に掬い上げるように差し込み、琴音の上空を綺麗に通過するループ気味のシュートを放ったのだ。


 チームのなかでも一際小柄な琴音。フットサルゴールの大きさを考慮すれば身長の低さはさほどウィークポイントにはならないが、ゴールから離れてしまっていてはその旨味もそれほど意味を成さない。



 悠然と宙を舞うボール。

 懸命に伸ばした右手も届かず。

 吸い込まれるようにゴールへ――――






「――――あっっっっぶなァァァァ!!!!」

「瑞希ッッ!!」


 本当に、ギリギリのところだった。


 なんとかゴール前へ戻った瑞希が、ラインスレスレのところをヘディングでサイドに掻き出す。勢い余りそのまま突き破るほどの勢いでネットに身体を絡ませた。



「ちょっ、大丈夫、瑞希っ!?」

「いってええーーッッ!! めっちゃ肘打った!!」

「おい、怪我とかしてな……」

「んなもん唾付けときゃ治るわッ!!」


 少しわざとらしいくらいに白い歯を見せ付け、ニヤリと笑う瑞希。どうやら試合に影響の出る負傷などはしていない様子だ。良かった。


 少し腫れた右腕の肘を、なんともないと宣言するかのように突き上げる。三人は軽やかなハイタッチを交わし、再びボールを捉えた。


 怪我さえも顧みない、なんて勇敢なプレー。

 今日は随分とコイツに助けられる。



「瑞希ちゃんっ、すごい! ごめんねわたしがミスしちゃったから……っ! 琴音ちゃんもっ」

「はいっ……助かりました、瑞希さんっ」

「良いって良いって! それより、次つぎっ!」


 前半はまだ終わっていない。

 ゴール付近。

 右サイドで相手のキックインから再開。



「お邪魔しま~す♪」

「っ……!! テメェ……ッ」

「流石に決まったと思ったんですけどね~」


 会心の一撃を見せた市川ノノが隣に立つ。


 表情はまさに、余裕綽々。

 いつでも決められると言わんばかり。



「よっと!」


 パスを受け、そのまま後方へとロングレンジのバックパス。3番がパスを受け、Herenciaは自陣でのボール回しを始める。


 立ち位置が変わった。

 13番が比奈のサイドに移り、市川ノノがそのまま最前線に残る。



「なんかっ、思ってたよりって感じですねえ。確かに女性陣皆さんとっても上手ですし、陽翔センパイも中々なんですけれど……これでCチームに勝ったって本当ですかあっ?」


 ヘラヘラした笑顔を崩さず、話し掛けてくる彼女。気が散るとまではいかないが、気分が良いことは無い。



「ていうかあ、ホンキ。出してないですよねっ?」

「……さあな」

「んもぉぉん連れないですねぇっ。まぁそんなクールなところもノノ、嫌いじゃないですよっ♪ ふむふむ、やっぱり、Cチームには惜しいですねぇ。Bからスタートできないか、ノノ相談してみますっ」

「余計なお世話やッ」


 お喋りの多い奴だ。


 調子に乗りやがって。癪に障る。

 嫌いなんだよ、試合中にベラベラ喋る奴。


 ボールが再びラインを割ったところで、Herenciaは選手の交代。4番の女性が下がり、6番の女性選手が。3番の男性に変わって、11番が入る。ゴレイロも代わったようだ。


 フットサルでは自由な交代が認められている。サッカーよりも交代している時間によって得られる休息は格段に少ないが、束の間の緩やかな空間だ。



「それとも、ノノがこのチームに入るのもアリですねっ。どうですか? あんなテクニカルかつ正確なシュートを撃てる可愛い女の子、欲しくないですかっ?」

「……Herenciaはどうすんだよ」

「辞めますよ。まじめに上手い人、13番の方しか居ませんからっ。この地域じゃ結構強い方だって聞いたから入ってみたは良かったんですけれど、ノノのお眼鏡に適う方は中々っ」


 今一つ要領を得ない会話だ。

 上手い奴を目当てにチームを変えているとでも?



「ノノはですね。別にプレーするのが好きでも、応援するの好きでも、どっちでもないんですっ。上手い人、ノノの存在を隠している人が好きなんですよっ。サッカー部のマネージャーも元々は、ノノを魅了してくれるスゴイ人がいないかなーって、そういう理由で始めたんですからっ」

「……あ、そう……」

「まあ、駄目ですねっ! 期待以下ですっ! 林センパイは流石にプロ注目なだけあって上手いですけど、もう真面目過ぎて駄目ですっ! 男としてビミョーですねっ! 菊池センパイもまぁまぁですが、生理的に受け付けませんっ!」


 品定めするような上から目線だ。


 コイツ……さっきからなに言ってるんだろう。上手い奴を見つけるため? 男として微妙? まるでミーハーのファンが、推しの選手を探しているような口振りじゃないか。



「ミーハーですよ、ノノはっ。でも、いいじゃないですかっ。ノノはサッカーが上手くてカッコいい人がタイプっていう、それだけですからっ! 別に悪く言われようと気にはしませんっ!」


「あっ。陽翔センパイは、中々ですよっ! お顔も結構良いですし、プレーも飄々としててクールでカッコいいですっ!」


「でもっ、あと一歩、あと一歩なにかが足りないんですよねえ。例えて言うなら、ここぞってところで試合を決めるような、猛々しさ? オーラが無いんですよっ」


 ……はじめて言われたな。オーラが無いとか。

 いや、日常生活では茶飯事だけど。

 なんならアイツらに言われ慣れてる。


 しかし、芝生の上でオーラが無いと言われたのは、生まれてこの方初めてな気がする。むしろサッカー誌などからは「オーラの塊」とまで言われていた記憶さえあるのに。



 それだけ、埋没しているということか。

 このチームの、歯車の一つとして。


 悪いことじゃない。それどころか、俺たちの狙いがハッキリと成功している証左でもある。この大会のために準備してきたものを、しっかり体現できていると。


 でも、それでは勝てない。

 そういうことなんだろ。分かってるよ。



 分かってるけどな。


 尚更、意地を張りたくなってきたわ。

 お前のその、ムカつく可愛い顔を見てたらな!



「――――期待してますよ、センパイっ♪」



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