170. ちょっと甘かったですかね
「宜しくお願いしますねっ☆」
「……おー。よろしく」
センターサークルに両チームのスターターが並び、主審のホイッスルと同時に一礼。周囲からは大小拘わらず声援と拍手が送られる。
1メートル先に飄々と立ち塞がる、背番号8番。
市川ノノが、ウインク交じりに声を弾ませた。
プレッシャー諸共、溢れ出る高揚に変換していると言えば聞こえは良いのだが。どうにもヘラヘラしたその態度は決勝戦に挑む選手のそれとはまるで似つかない。
隣の選手たちもこちらと同様に、緊張を孕んだ真面目な顔をしているのだから、彼女の存在はどうしたってこのコートはおろか大会においても異様に浮いていた。
「立ち上がり、集中しろよ」
「分かってる。比奈ちゃん、マーク宜しくね」
「うん、任せてっ」
比奈の自信に満ちた言葉に満足そうに頷いた愛莉は、コイントスのため主審と相手主将が残るセンターサークルへ歩み寄る。
陣地は変わらず。キックオフはこちらから。
前半は逆光側か。少し警戒しないとな。
フットサル部の陣形は、先の二試合から変わらず。ゴレイロに琴音。愛莉を頂点に、サイドに瑞希と比奈。フィクソに俺を配置する1-2-1のシステム。
対するHerenciaは、似たような形を取っているが両サイドが若干引き気味に配置された、3-1のシステムを取っている。
彼らの得点源である、俺より少し背が高い13番の男性選手を前線に残して、撤退戦の構え。話題の市川ノノは、こちらの左サイドの比奈とマッチアップする、右サイド後方からのスタートとなる。
主審のホイッスルが鳴り響き、試合開始。
コート中央から愛莉がボールを折り返す。
そのままダイレクトで右サイドの瑞希へ。
まずはゆったりとボールを保持しながら、相手陣形の様子を窺う。特にシステムやポジションの変更は無さそうだ。あちらも基本的にはゾーンで守るスタイルか。
いや、どうだろう。相手ゴール付近に陣取る最前線の愛莉には、男性選手、3番のマークが付いている。
向こうもこちらのに試合を観て、対策を立てて来たようだ。少し動きづらそうに3番のポジショニングを確認しながら動いている。
瑞希にボールを集めつつ、全体的に右サイドに寄った位置取り。逆サイドの比奈も中央に近付いて、近距離でのポゼッションが暫く続く。
Herenciaの最前線、13番は俺にプレッシャーを掛けて来るようで、それほど距離を縮めて来ない。あくまでコースを限定するだけの、見せ掛けのフォアチェックだ。
なら、早めに仕掛けるのが得策か。
点の取り合いにはなりそうに無いし。
どちらのチームも、ここまでの試合で必ず先制点を挙げている。ともすれば、先に奪ったゴールが試合の行く末を左右するのは明白。
比奈からのリターンパスを受けた俺は、右サイド斜め前方に向かってボールを運ぶ。だが、次の受け手は瑞希ではない。どうやら二人とも意図をくみ取ったようだ。
「愛莉ッ!」
これまでの緩やかなボール回しとは一線を画す、鋭い縦パス。右サイド、コーナーフラッグ付近に陣取る愛莉へラインが開通した。
それと同時に、瑞希がゴール前へダイアゴナルラン。瞬間的にポジションを入れ替え、相手守備とのギャップを生み出す。
上手いこと決まった。愛莉がダイレクトで中央へ折り返し、そのままボールは瑞希の足元へ。相手のチェックはやや遅れている。シュートチャンスだ!
「っとぉっ!!」
と、思われたが。
思わぬ邪魔が入った。
間一髪、瑞希の鋭いグラウンダー性のシュートは、ゴール前まで戻っていた市川ノノの左脚ブロックで防がれてしまう。
転々と転がるボールを、相手のもう一人の女性選手、4番がスコップし、一気に前線の13番へロングパス。一転してカウンターのピンチを迎えた。
「ふんっ……ッ!」
ペナルティーエリアの少し前で13番に収まるが、身体をぶつけ前を向かせない。俺より少しガタイは良いけど、フィジカル的には五分五分だな。
肩を当てると、彼は少し苦しそうに息を漏らした。問題無い。これなら互角以上にやり合える。
大会を通して見ても、この13番のフィジカルの強さ。そしてポストプレーの精度はやや抜けたものがあり、これを抑えれるかで試合の展開は大きく異なって来るだろう。
俺がしっかりブロック出来れば、殊更に都合は良い。若干不明瞭なところはあったけれど、この調子なら大丈夫だ。俺がトチらなければ、な。
「こっちでーす!」
ボールキープに苦心する13番は、サイドを駆け上がっていた市川ノノへ斜め後方へのバックパス。しかし、他のフットサル部面々も既に自陣へ帰還している。
一気にゴール前まで運ばれる心配は無いかと思われた。
思っていた、のだけれど。
「あっ!?」
「げぇっ! マジでッ!?」
比奈が思わず漏らした痛恨の一言に、瑞希も反応する。
マークに付いていた比奈を、市川ノノはその風貌からは想像も出来ない鋭いキックフェイントで巧みに切り返し、自由の身を得ることとなる。
中央に戻そうとして左脚を振り被ったことで、比奈の意識もそちらに向いていたのだろう。
フェイントと言うにはやや大袈裟な動きだったが、流石にまだまだ経験も浅い比奈。上手いこと引っ掛かってしまい、サイドのスペースを開放してしまう。
そのままサイドを直進する市川ノノ。
不味いな、俺が前に出て潰さないと。
だが、13番へのパスコースを限定し切れるとも言い切れない。これは……。
「来るわよッ!!」
愛莉の焦燥に満ちた声が、鼓膜を駆け巡った。
言葉通り、市川ノノが早くもシュート体勢に移行していたのだ。ゴールとの距離はそれなりにあるが、この位置から狙って来るというのか?
一応に警戒を強め、彼女との距離を縮めるが。
それよりも先に、シュートは放たれた。
「あっぶなぁ! ナイスくすみんっ!!」
ブロックが間に合わず、市川ノノの放った一撃は琴音の待ち構えるゴールマウスへ真っ直ぐ飛んで行く。フォームも澱み無く、女性とは思えない鋭い一発だった。
幸いにもコースはやや甘く、琴音のほぼ真正面に飛んだことで、両手で確実に弾き出すことに成功する。そのままラインを割りコーナーになったが、一先ずピンチは防いでみせた。
「あっちゃー、ちょっと甘かったですかねぇ~」
舌を出して苦笑いを浮かべる市川ノノ。
前の試合で、ミドルレンジのシュートは一発も無かったし、峯岸もそのようなことは言っていなかった。コイツ、こんな飛び道具持ってやがったのか……!
「ごめん琴音ちゃん、かわされちゃって……!」
「ひーにゃん、しっかり動き見てこっ!」
「うん、りょうかいっ!」
すぐさま瑞希がフォロー。
こういうところはホントに頼りになる。何だかんだ、試合中一番声を出して気を遣ってるのは瑞希なんだよな。俺もちょっと見習わないと。
「ハルトも、ちゃんと寄せなさいよッ!」
「わっ、悪い……琴音、助かった」
「大丈夫です。愛莉さんで慣れてますから」
「そりゃそうかもしらんけど……」
それを言っちゃおしまいだろ。とは口に出さんが。
ともあれ、日頃から愛莉や瑞希のシュート練習に付き合っている琴音。鋭い一撃にもそれなりに対応できるだけのセーブ能力は身に付いているようだ。
無理にキャッチしに行かず、確実にボールを弾き出す技術。そしてその判断力。やはり、このポジションは琴音にとってハマり役なのかもしれない。
(……頼むで、みんな)
前の試合とは比較にならないな、これは。今の琴音や先ほどの比奈のプレーも含め、全員の局面ごとの集中力が必要になって来る筈だ。
「コーナー集中やぞッ! 愛莉がニアで比奈がファーサイド、瑞希はセカンドボール見ろッ! 身体張ってけよッ!」
「ハルもなっ!」
「たりめえやッ!」
クロスボールが上がる。
ターゲットは、13番。俺の仕事だ!
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